第四十九話 将軍の空
作戦は順調だった。自分でも驚くほど順調に彼女を追い込んでいった。
私の無理難題を知識と経験で補填してくれた技術部や、作戦を漏れなく兵達に伝達した隊長達、そして全てを完璧にこなした兵達の頑張りがあってこそだ。
お陰で戦争はこちらの思惑通りにことが運んだ。
誘導型魔法弾でリジーを地上へと追い詰め、着地したところを地面ごと爆破する。
地面の魔力に気を取られないよう、前方に注意を向けるための派手な号令も陣形の変更も効果はあった。
リジーの特大の攻撃を受けて被害は出たが、ここは戦場だ。犠牲が出ない方がおかしい。
だがその策に嵌まり、爆心地にいたリジーを吹き飛ばすことに成功した。
例え無傷であっても衝撃で身動きが取れず、そのまま地面に落ちるはず。そこを追撃すれば、勝負がつく。
しかし、ここで想定外のことが起こった。吹きとばされたリジーはそのまま落ちるはずが、土煙に紛れて姿を消したのだ。
どうやったのか、次の瞬間には遥か上空に移動していた。その速度は観測班も一瞬見失ったほどだ。
浮遊魔法で飛ぶには早すぎる。まさか、まだ何か別の魔法を隠していたのか?
部隊長たちの号令を遠くで聞きながら、小さい点となったリジーを見つめていた。背中を嫌な汗が伝い落ちる。
さっきの攻撃が最後のチャンスだったかのような錯覚に陥った。だが、私は頭を振って意識を切り替える。心配性の私のいつもの悪い癖だと、自分に言い聞かせた。
私は全軍に魔法弾の攻撃を再開するように号令を出した。先の被害で陣形が乱れているところもあったが、部隊長たちの指揮の元、魔法弾が再び打ち上げられていった。
私はそれを祈るように見上げていた。
まだ勝機は残っている筈だ。現にリジーは今は防戦一方じゃないか。さっきの爆破で調子が悪くなったのだとしたら、今が攻めるチャンスなのだ。
それを裏付けるように、しばらくすると魔法弾がリジーに当たりだした。爆発の衝撃で身動きが取れなくなったのか、彼女はそこから動くことなく攻撃を受け続けた。
防御魔法を展開して凌いでいるようだが、それも時間の問題だ。あれさえ砕いてしまえば終わる。
しかし、我々の勝利が目前に迫った所で再び異変が起きた。
彼女は魔法弾の集中攻撃を受けていたはずが、また別の場所に現れたのだ。それも、姿が確認できないはるか上空へと。
飛んで移動した形跡はない。やはり一瞬で移動したとしか考えられない。
気を取り直して、魔法弾により再び攻め込もうとした。だが、リジーはかなりの高所にいるため、我々の攻撃が届くことはなかった。
地上から距離が離れ過ぎると誘導弾の精度は悪くなるから仕方がない。
しかし、攻撃圏外に逃げられたのは非常にまずかった。彼女が超射程の攻撃手段を持っていれば最悪だ。こちらは何もできずにやられてしまう。
そんな私の心配を嘲笑うかのように、リジーの魔法弾が大量に降り注いできた。
だが、どう言う訳か、彼女の攻撃は防御魔法には当たらなかった。
爆音と共に落ちてきた魔法弾は、我々の防御魔法の外周を覆うように着弾して土煙を上げていく。
それを見て危険信号が頭の中で飛び交った。
何かしてくる。それも、桁違いの何かを。
だが、それに気付いた時には既に遅かった。軍を二手に分け、攻撃を分散させようと緑の魔法弾を打ち上げた直後にそれは起こった。
突如上空に巨大な魔法陣が出現し、次の瞬間には眩い光の中に閉じ込められてしまった。突然の光に私は顔を腕で覆った。
光が収まり腕を除けると、遥か上空にあるはずの雲が間近にあった。
雲が不気味に揺れ動く光景がよく見える。それにさっきまでなかった風も強く吹きつけてきた。
状況を把握しきれないでいると、今度は雷鳴と共に光の筋が幾本も軍を直撃した。
防御魔法を貫通したことに疑問と焦りを感じたが、その答えにたどり着く前に絶望がやってきた。
地面が割れると我々は上空にいたのだ。遥か下には大きく抉られた地面が見える。
どうやったのか分からない。ただ、セレシオン軍が地面ごと空中に飛ばされたことだけは理解した。同時に、これから死ぬであろうことも。
高所から落ちた人間がどうなるかは知っている。
地面と激突した衝撃で、体は耐えきれず肉塊となって死ぬ。
私は心臓をキュッと掴まれる感覚と、死への恐怖を感じながらただ落ちるしかなかった。こんなことをされたらなす術はなかった。
「みんな、すまない……我々はここまでのようだ……」
小声で呟く声は落下する風音に掻き消される。
そして、地面が近づき、全てが暗闇に呑まれていった。




