第四百八十九話 王都の再会
フォセットに魔法学院のことを任せると、リジーはすぐに王都リールに移動した。ベネスから王都までは常人なら半日かかるが、転移魔法が使えるリジーには一瞬だった。
王都の南の展望塔に転移したリジーは、一年ぶりに感じる王都の風に目を細めた。
戦争が終わっても王都の様子は全く変わっていない。戦いで壊された建物もあったが、三年の内に建て替わったようで、以前と同じように活気溢れる街が眼下に広がっていた。
「ここも懐かしい。建て替わっちゃったけど、ここでジークに告白したんだっけ」
リジーは空を仰ぎふうっと息を吐き出した。王都はリジーにとってジークと共に過ごした思い出の地だ。目を閉じて風に身を委ねれば、忘れるはずもない記憶がまざまざと蘇る。
ジークと並んで歩いた街、一緒に生活した王城に、一緒に切磋琢磨した訓練場。どれも鮮明に蘇ってはリジーの胸をじんわりと暖かくした。
そうしてしばらくの間、リジーは目を閉じたまま王都の暮らしを思い出し、一際強く吹いた風に押されてようやく王城に向かった。
王城へと続く大通りを抜けると空に伸びる四つの塔が大きくなってくる。三年前に血の海となった王城は見違えるほど綺麗になっていた。所々に戦いの爪痕は残っているが、その多くも修繕され、戦争が起きる前と同じ状態になっていた。
大きな違いと言えば、王城の門を通った奥にある庭園に大きな石碑が建てられたところだろう。
ベネスと同じように王城での戦いや、ジストヘールの戦いで亡くなった者達の名前が刻まれていた。その中にはリジーと関わりが深い人の名も多く刻まれている。
『一年振りですね、私は変わらずベネスで元気にしてます。ここ最近は学院長の仕事で忙しかったのですが、皆さんに助けていただけてなんとかやってます』
リジーは石碑の近くに花を添えると近況の報告を始めた。
ベネスの石碑でも同じようなことをずっと続けているが、王都に刻まれている人の名前は違う。それにリズ女王との謁見までもうしばらく時間がある。リジーは積もった話を一つずつ伝えていったーー
「あれ? リジー様?」
リジーがちょうどベネスの近況を話していたところ、庭園を通り過ぎていたテナーがリジーの姿に素っ頓狂な声をあげた。
リジーを出迎える役を任されていたテナーは、まさか彼女がすでに王城についているとは思わなかったのだ。合流まではまだ少し時間があるからと、空いた時間を資料室に行こうと思っていたのだ。
「もうお着きになられていたのですね。呼んでくださればご案内しましたのに」
慌てて駆け寄ったテナーは風を起こす勢いで頭を下げた。リジーは小さく首を振ると、元部下のテナーを困ったような顔で見下ろした。
「花を添えてる間待たせちゃうだろうから、あえて言わなかったの。ごめんなさい」
そう言ってリジーはテナーの頭を上げさせた。
二年前、テナーはリズと婚姻して王族となった。魔法学院長のリジーよりも身分は高いはずなのに、魔法剣士隊の時の癖が抜けないのかテナーの姿勢は低いままだ。
王族になったのだからもっと堂々としたらいいと、以前リジーはテナーに言ったことがあった。
だがテナーは今までお世話になった人達にはまだ頭が上がらないと言い、謙虚さを忘れない王配を目指すと言っていた。
それが一年前のことだったが、未だに王族としての威厳は出ていない。そればかりか、テナーの謙虚さはさらに磨きがかかっているようだった。
「そうだ、お荷物をお持ちします! リジー様にお荷物を持たせる訳にはいきませんよ」
テナーはリジーからの指摘を忘れているのか、彼女の持っている鞄を受け取ると甲斐甲斐しく案内を始めた。
その様子を見ながら、王配が自ら荷物を持つなどあっていいのだろうか、とリジーは少し頭を悩ませる。謙虚な姿勢がテナーの美徳ではあるが、それは時によっては弱みともなる。
誰の荷物でも持つわけではないだろうが、そろそろ威厳も持って欲しいと苦笑いするリジーだった。
だがそう思っているのはリジーだけではなかった。
「テナー様には威厳が足りないと言っているではありませんか。もう少し王としての自覚を持っていただけませんと、下に示しがつきませんよ?」
「うっ、すみません」
王城に入ったところでダンストール宰相に見つかったテナーは、くどくどと王とは何かを説明されてしゅんとしていた。
本人は直そうとしているようだがどうも無自覚のうちに腰を低くしているようだった。
ダンストール宰相はテナーのことをよく知っている。彼が優しく誠実な人間であること、そして大事な場面では人一倍の強さを見せることも知っていた。だからこそ一刻も早く威厳を身につけて欲しいと力が入っていた。
「まあ性格上難しいのは承知していますから、今回はリジー様のお荷物なので大目に見ます。ですが、セレシオンのアレク様がお出でになられた時は頼みますよ?」
リジーと苦笑いを交わしたダンストール宰相は、最後にテナーに一礼して去って行った。今日は大事な会議が控えているらしく、あっという間に二人の前から姿を消した。
「と、とりあえず王室へ案内しますね。アレクさんが到着されるまでは寛いでいてください」
気を取り直したテナーはそう言うと、リズがいる部屋にリジーを案内することにした。
リジーは彼の小さな背中を見て、テナーの謙虚な行動はしばらく変わりそうにないと温かい笑みを見せた。
彼はこの後、もちろんアレクの荷物を持つことになる。そしてそれを見たダンストールに別室で注意を受けることになるのだが、そのことをテナーは知らなかった。




