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第四百八十二話 少女の始まり

 混沌との戦いを終えたリジーはシーズとリズの傷を癒して凱旋を果たした。


 ジストヘール荒原に戻ったリジー達は、死者の弔いをしていた軍に大歓声で迎えられた。リジーと握手を交わしたアレク将軍は今までの疲れを吹き飛ばすように笑顔になり、テナーは嬉し涙を流しながらしっかりとリズを抱きしめていた。


 その歓喜は瞬く間に大陸中を駆け巡った。世界の危機は去り、新たな平和が訪れる。世界を救った二人の少女は、いつしか開世の英雄と呼ばれるようになっていた。


 リズはストルク王国に戻ると、すぐにアトシア大陸の復興に乗り出した。

 大陸戦争で協力できたのだ、これからの未来も共に歩めるはずだとリズは王国間会議で国王達に語りかけた。戦争で名実ともに女王となっていたリズの言葉を疑う者はもちろん誰一人といない。全ての国の代表はリズの申し出をすぐに受け入れた。



 大陸全土を巻き込んだ混沌との戦争。その爪痕は各地に深く刻まれ、失った命に人々は悲しんだ。


 しかし、ただ悲しむばかりではない。

 人は脆くも強い生き物だ。辛い過去を経験しても、明日への光を見失わなければ手を取り合って歩いていける。失ったものを取り戻すように、人々は活気を取り戻していった。


 新たな人の時代が動きだす。その変化を肌で感じながら、人々は変わらずにやってくる朝を迎える。




 滑車の荷台に腰掛けていたシェリーは、朝日と共に近づくベネスの街を見渡していた。


 戦争から早三年、壊滅状態になっていたベネスもようやく復興の目処が立ち、街の再建が始まっていた。シェリーは責任者の一人としてベネスの変化をみ続けてきたが、訪れるたびに変わる様子には心を踊らせた。


 街の中央に巨大な慰霊碑が聳え立つ。その中にはベネスで亡くなった人々の名が刻まれている。先の大戦の悲惨さを忘れないために。


 そして、その周囲には広大な広場が青々と広がり、その周囲をぐるりと囲むように建設中の学舎が立ち並ぶ。

 商業の街として栄えたベネスは、魔法を学ぶための巨大な魔法学院としてその姿を変えていた。



 もともと、ベネスは慰霊碑だけを残して封鎖される予定だった。


 混沌の攻撃によって一夜で滅んだ街。元凶である混沌は消滅したが、誰も移り住もうなどと思わないだろうと言われたからだ。


 だが戦争の立役者であったリジーの希望により、ベネスを再建していくことが決まった。


 世界を救った英雄様と神獣様が住むのであれば大丈夫だろう、という安心感もあったのだろう。復興が始まって二年が経つと早くも学生の受け入れが始まっていた。


 ベネス魔法学院は開校してから一年足らずだが、すでに優秀な学生が育ってきていると評判が高かった。


 学が身につけられると知れば、そこに移り住もうとする人も出始める。そして、人が集まればそこには商いが生まれる。ベネスの復興は前途多難だが、そこにはかつての活気を取り戻しつつあった。



「それではまた帰りの時間にお願いします」

「承知しました。お気をつけて、シェリー様」


 滑車の運転士に挨拶をしたシェリーは、荷物の搬入を業者に任せて魔法学院棟へと足を運ぶ。


 しかし、最初は学院長室を目指していたシェリーだったが、途中で方向を変えて慰霊碑の方に進路を変えた。彼女が目指す方向は魔核が教えてくれるのだ。


 そしてシェリーの予想通り、大通りを抜けると慰霊碑の前で目当ての人を見つけた。


 赤のブラウスに黒いスカートを合わせたリジーは慰霊碑の前で目を閉じていた。どれくらいの時間をそうしていたのか、リジーが地面に撒いたであろう水が半分乾き始めていた。


 シェリーは静かにリジーの隣に立つと、空に伸びる黒い山を見上げた。


 黒い鉱石で作られた巨大な慰霊碑は、目の前に立つとその存在感をより強く感じる。自然と畏まったシェリーは、目を瞑って静かに祈りを捧げた。


 この慰霊碑にはシェリーの知っている名前も沢山刻まれている。孤児院の子供達に始まり、事業で関わりのあった人達など両の手では数え切れない。

 そうしてリジーとシェリーは暫くの間、吹く風に思いを乗せた。


「シェリー、忙しいのに付き合ってくれてありがとう」


 慰霊碑を離れたリジーは学院棟に向かう途中で口を開いた。戦争が終わってから三年も経ち、人々は前を向き始めている。それなのに、未だに慰霊碑を見ると祈りたくなってしまうのだとリジーは顔を曇らせた。


 それはリジーの見せる唯一の弱みなのかも知れない。街の復興で忙殺されてはいても、心はまだ三年前に置いてきてしまっているようだった。

 

「祈る時間はまだ必要ですもの。三年では短すぎますの。だから少しずつでいいの、ちょっとずつ前に進みますのよ」


 リジーの弱音を包むようにシェリーは柔らかい笑みを向けた。


 シェリーも戦争で家族を何人も失い深い傷を負った。その傷はまだ癒えていない。故人を忘れたくないという思いと、それでも前を向かなければならないという葛藤に挟まれる。リジーの抱える感情はシェリーも十分に理解していた。


 だからこそ、手を取り合って生きていこうとリジーを元気付けた。生きている限り人は前を向けるのだと、リジーに笑顔を向ける。シェリーのそんな心からの笑顔にリジーも自然と笑みを返した。


「そう言えば、シェリーは私に用事があって来たの? その鞄の中から魔法封筒の気配がするけど」


 魔法学院の門を潜ったリジーはシェリーが持つ肩掛け鞄に目を向けた。


 普段の白い鞄とは他に、王の紋がついた鞄が揺れている。きっと女王から重要書類を預かって来たのだろう。そうあたりをつけているとシェリーは深く頷いて言った。


「そうですの。でも人目のないところじゃないと渡せませんわ」

「そう? それなら学院長室に行きましょうか。今はシーズが寝てるだけだし大丈夫。ちょうどアレクさんからセレシオンの銘菓を頂いたから、シェリーも一緒に食べよ?」


 リジーはそう言うと、シェリーの手を引いて学院長室へと足を早めた。


 あまり見ないリジーの子供っぽい一面に、よほどその銘菓が食べたかったのだろうとシェリーは顔をほころばせる。


 そして、そのままリジーに手を引かれ、二人は学院棟へと姿を消した。



 復讐を終えた少女が得たものは、癒えない心の傷と後悔の数々だった。


 敵はいなくなっても死んだ命は戻らない。救えた命よりも救えなかった命を思い出し、心を痛める日々が続く。それに相反するように、愛する人と過ごした時間が薄れ、それが寂しさを助長する。


 それでも、リジーは前を向き続けた。明日を託して散った人達のため、リジーを守って死んだ人達のため、少女の明日は巡り続ける。

これにて本編完結となります!

ここまでリジー達の物語を読んで下さり本当にありがとうございました!

外伝とおまけをご用意しましたので、引き続きお楽しみくだされば幸いです!

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