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第四百七十八話 騎士の守り

 体がばらばらになった混沌は元の体に戻れない苛立ちを募らせていた。大きな痛みはなくても自由に手足が動かせないのはそれだけで苦痛だ。しかも再生が始まった瞬間から新たに削られていく。


 できるだけ広範囲に体を分散させようとしても、周囲を駆け回る神獣と少女がそれをことごとく阻止していた。魔核を持たない体の欠けらは神器の攻撃を受ければ消滅する。


 くそっ! こいつら俺の逃げる方に来やがって!


 混沌は切り刻まれるちりちりとした痛みに内心で文句を垂れた。


 神獣だけなら何とか回復が上回っていた。それがいつの間にか邪魔者が一人増えて押され始めたのだ。体の一部が逃げられるだけで復活できる。それがあまりにも遠く、混沌が苛立つのも当然だった。


 新たに飛ばした腕は空中でシーズの雷に貫かれる。塵となる混沌を吹き飛ばしたシーズは新たに逃げ始めた混沌の欠けらを追った。

 その背後を別の欠けらがすり抜け、シーズが飛ばした魔法の刃をぎりぎりのところで回避した。


「そっちにも行ったぞ! リズ」


 逃げ切れたと思った瞬間、混沌の欠けらは別方向から飛んで来たリズの魔法弾で消滅した。シーズより魔力操作が優れていたリズは、自らも神器で攻撃する傍らシーズが漏らした欠けらを狙い撃ちしていたのだ。


 体の一部がなくなる感覚に四つに割れた混沌の顔が歪んだ。


 これだと埒が明かないか。やはり長期戦を狙って疲れたところを狙うしかーー


 風のように舞うリズを見て混沌は彼女が疲れる隙を待とうとした。

 だがそう計画した瞬間、嫌な気配が混沌を襲った。神器の魔力とは違う、確実に命を刈り取ろうとする強い魔力はアイルの力だった。


 神獣が三発目を持っているはずがないと焦った混沌は周囲を見回し魔力の出所を探った。


 それはすぐに見つかった。神獣の後方、戦線を離脱したはずのジークがアイルの魔力を捻出している姿が混沌の目に映った。


 『あの死に損ないか! 自らにかけられた魔法を変換するつもりだな?! そうはさせるか!』


 混沌は怒りに任せて叫んだ。


 あの屍人は消滅する痛みに耐えながら魔力を捻出しているので、速い攻撃は避けることはできない。最後の脅威を排除するため、混沌は狙いを定めると魔核から直接魔法弾を撃った。


 だがジークを狙った混沌の魔法弾は、横から割って入って来たリジーによって阻まれてしまう。


 金色の魔力を携えたリジーはジークと混沌の間に立って剣を構えた。静かに涙を流すリジーは真紅の瞳を細めて混沌を睨んだ。


「私がいる限り、ジークには絶対に触れさせない。あなたはここで死ぬんです!」


 リジーはそう言うと混沌の魔核に向けて魔法弾を浴びせた。金色に輝く魔法弾は混沌の固い守りごと体を吹き飛ばし魔核を露出させる。黒い輝きを放つ魔核が見えるとリジーはさらに弾幕を強めた。


 一瞬たりとも混沌に復活させない。何もさせないままジークの最後の攻撃で終わらせようと、リジーは歯を食いしばって混沌の修復を阻み続けた。


 混沌は怒りに任せてリジーを攻撃するも、リジーの周囲を飛んでいた魔力が守った。攻撃を続けるリジーに防御する余裕はないはずだったが、金色の魔力はまるで別の意思が働いているようだった。


 魔核を直接攻撃され、混沌は頭を鈍器で殴られるような痛みを感じていた。金色の光はアイルの魔力に近しい力を持つ。致命傷にはならなかったが今までにない痛みが混沌をさらに焦らせた。


『このっ! こ娘が!!』


 混沌は外に逃がそうとしていた欠けらを魔核に集め、強制的に体を修復した。強引に体を繋ぐ痛みが体を巡り意識を奪われそうになる。


 それを気力で堪え、剣を片手にリジーに飛びかかった。それを青と金の剣を手にしたリジーが迎え撃つ。


 リジーは混沌の剣を片手で受け流すとその腕をもう一本の剣で切り飛ばす。腕に走る衝撃に混沌は顔を歪めるも、構わずにもう一本の剣を振り下ろした。

 それを重心の移動だけで避けたリジーは混沌の胴体を切り、浮いた上半身を金色の剣で刺し貫いた。


 金色の魔法剣が魔核に刺さり、混沌は声にならない叫びをあげる。だが混沌はリジーを睨み、不気味な笑みを見せた。


 混沌は間髪入れずに魔力をリジーの手に貼り付け接近した。そして、リジーの目の前で魔核を露出させた。


『俺の勝ちだ! 食らいやがれ!』


 そう叫ぶと同時、混沌は魔核から大量の魔力を放出した。それは混沌の持つ膨大な魔力を一気に拡散させる巨大な爆弾。いざと言う時の逃げの手段として用意していたものだった。


 だが混沌が放った爆発は山を吹き飛ばすこともなく、リジー達を塵にすることもなかった。


 リジーが金色の魔力で瞬時に包み、荒れ狂う暴風の魔力を抑えたからだった。額に汗を浮かべたリジーは吹き飛ばされないように両足を魔力で固定し、かざした両手で必死に爆発を抑え込んでいた。


 混沌は最後の手段が失敗に終わって渋い顔をしたが、思わぬ状況に口を歪ませた。


 リジーは今、爆発を制御するだけで手が一杯になって防御する余裕はない。神獣ともう一人の少女は他の欠けらの処理に終われ救出どころではない。今ならどんな攻撃をしてもリジーは避けられない状況だった。


『想定外の出来事だがこれで俺の勝ちだ。安心しろ、お前の仲間達もすぐに同じところに送ってやるからな』


 へらへらと笑った混沌は黒剣を手にリジーに近づき、ゆっくりと剣を振り上げた。


 爆発を抑え込むことに全力を尽くしていたリジーは、その光景を見ていることしかできなかった。爆発をどこか別の場所に転移させるには時間が足りない。かといって攻撃を避ければ爆発を抑えられずに消しとばされる。


 ジークが確実に攻撃を当てるためには覚悟を決めるしかなかった。


 すぐに訪れるその時を迎えるため、リジーはそっと目を閉じた。ジークが全て終わらせてくれることを願って。


 そして混沌の剣が空気を切り裂きリジーに迫り、ぎゅっと目を瞑る力を込める。だが次の瞬間、リジーは大きな手に優しく押されて剣の軌道から逸れた。同時に剣が何かを切る鈍い音と、苦しく息を吐く音がリジーに届く。


「そんな……! いや! ジーク!」


 目を開けたリジーは目の前の光景が信じられず口を震わせた。


 リジーが受けるはずだった攻撃は、いつの間にか目の前に移動していたジークがその背中で受けていた。

 ジークは最後の力を振り絞って守るように手を広げ、リジーに優しい笑みを見せていた。

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