第四百六十五話 暗闇で待つ
俺はハイドの神殿でアイルによって消滅させられた。
無意識に伸ばした懇願の手を取ってくれることはなかった。死にたくない。そう願っても、手遅れだと言って、アイルは悲しそうな表情をするだけで俺を助けなかった。
消される瞬間の絶望は耐え難いものだった。光に包まれ、意識が途切れるまで数瞬にも満たない時間だったが、俺は心が幾つにも引き裂かれた気分だった。
だがそれが今の俺の始まりだったのかもしれない。
アイルに消されたはずの俺は、数年後に目覚めた。それも別の人間の意識の中で。
体が消滅する時に引き裂かれた心が魔力を持って離れ、適合する人間に無理やり宿ったようだった。助かった安堵も束の間、これからどうするのか俺は頭を悩ませることになった。
俺を殺したアイルに復讐したかったが、目覚めた時点でアイルはこの地から姿を消していた。ハイドとアイルの長きに渡る戦争は終焉を迎え、これからは人々の時代だと公言して旅立ったらしい。
その後アトシア神聖王国は解体され、国内でも大きな街だったところが新たに王国として樹立していた。
乗り移った男はただの農民だったので、いくら記憶を弄ってもそれ以上の情報は引き出せなかった。心が引きちぎられると同時に俺の力も分断されたようで、思うように魔力も扱えなかったせいもあった。
悩んだ末に俺は旅に出て情報を集めることにした。当面の目標はアイルを探し出して殺すこと、そして本来の力を取り戻す方法を探すことだ。
だが前の男の記憶があるせいですぐに村を発つことはできなかった。
男は村長の一人息子だった。しかも数年後には村長の座を受け取り村をまとめる役目も背負おうとしているようだった。村をすぐに出たい一心で俺は今の村長を説得し、代わりの人間を探すことになった。
最終的には精神支配の魔法を使うことになったが、村はずれの人間に代役を押し付けることにした。
二度と村に戻って来ないのでそこまでする必要はなかっただろう。だが俺に体を明け渡した男の未練のような感情が残っていたので、綺麗さっぱり忘れるために必要だった。
そうしてあてのない旅に出た俺は各地を巡った。アイルを探すため、そして自分の力を探すため。
幸いにも、散り散りになった俺の力はすぐに見つかった。
もともと同じ心だったというのもあるだろう。俺と同じく別の人間に乗り移っていた俺達は、引き寄せられるように同じ場所に集まった。
見た目も年齢も、性別も全員がばらばらだ。それなのに中には俺の意識が宿っているのがはっきりと分かる。集まった面々を見て俺は不思議な感覚を味わった。
ここで全員の意思を統合して一つにすれば俺は復活できるはずだったが、俺はあえて元に戻すことをやめた。
体を失っている今、本来の力を取り戻すと今の体では多すぎる魔力に耐えられない。力が暴走して消滅するなどの不足の事態が起きる可能性もある。
それに、アイルや側にいた厳格な青年に勘付かれればまた俺を狙いに来るだろう。逆を言えば、今の状態では個々人の力は弱まっているので水面下で行動しやすい。
だから全ての準備が整うまで、俺は身を隠すことにした。
アイルに気づかれないように俺本来の体を取り戻し、力を統合する。そして、邪魔者を排除して俺とリリーだけの世界を作るのだ。
混沌の力の影響で俺は不死になっている。時間は腐るほどある。意識の乗り換えが可能なことを確認し、俺達は再び散り散りになった。
ある俺は元の体を探しに大陸中を渡り歩き、ある俺は魔法を学びに優秀な魔法師の元へ行き、またある俺はリリーの墓を暴きに旧神聖王国の王都に赴いた。
その他にもアイルに関する情報を探しに旅に出たり、優秀な人間を操るために街に潜伏したりもした。
何人もいた俺は一人一役を請け負い、時には協力して目標に向かった。俺の計画は順調だった。もちろん頭が悪かった俺は魔法を満足に扱えるようになるまでに、何百年と時間がかかった。
だが何世代にも渡って知識を取り入れ発展させたことで、不可能と言われていた肉体の復活を成し遂げることに成功した。
数千年ぶりに入った俺の体はよく馴染んだ。ようやく家に帰ってきたような、例えようのない感慨深さがあった。
体を取り戻した俺は最後の仕上げに取り掛かった。リリーを生き返らせる実験を進める傍、俺は全ての力を統合させる準備を進めた。
各地に散った俺の意識を魔法具に閉じ込め、天の魔核を媒介にして混沌として完全復活を果たす。その計画は数十年とかかったが、手に入れた駒の助けもあってようやく達成することができた。
しかし、全て思い通りに行っていても一つだけうまくいかないことがあった。
それは俺が求めてやまないリリーを生き返らせること、それだけが唯一果たすことができなかった。リリーとそっくりな意識体を作ることはできても、中身は彼女とは全然違った。
同じ体があれば同じ意識が宿る。そんな期待を寄せたこともあったが、それは俺の幻想だった。そればかりか、リリー達は俺の意思に逆らうように敵対してきた。
最後に作った意識体は特にその傾向が強く、リリーの力とアイルの力を持って俺に立ちはだかった。
その実力は俺の予想をはるかに超えていた。リジーの実力は完全復活を遂げた俺の腕を切り落とし、逃げ切れるほどだった。
それだけではない。リジーどもは俺の分身が作り出したデンベスを全て破壊し、俺の持ち駒さえも全て消滅させてしまった。
そして奴らはまっすぐ俺のいるベルネリア山へと向かっていた。生みの祖である俺を殺すために。
切られた腕はは復活していたが、未だに痛みで疼いている。だがこの数日の苦しみの果てに俺は新たな力にも目覚めていた。この力でリジーを返り討ちにしてリリーの力を回収してやるのだ。
「さあ来い、俺の所に。全ての決着をつけよう」
暗闇の中、リジーの魔力を感じ取った俺はほくそ笑んだ。




