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第四百六十二話 混沌と裏切り

 目が覚めてからの俺の体は本当に生まれ変わったようだった。

 死ぬ前は重かった手足が羽になったように軽く、体力も底上げされたようでどこまで走っても疲れを知らなかった。


 体の中を巡る魔力の量も桁違いに多かった。死ぬ前に俺が持っていた魔力と比べても乾いた笑いしか出ないほどの差がある。


 恐らく人間の中でこれほどの魔力を持っているのはリリー王女くらいではないだろうか。彼女は先導者の姿をしているのでそれを差し引けば俺が一番魔力を持っているだろう。


 そして極め付けはこの体が不死身になっていることだ。


 どんな攻撃を受けても体から溢れる黒い血液が傷ついた体を瞬時に修復する。俺を殺した村を襲った時に何度も槍で突かれたが痛みを感じることもなかった。そのお陰で一方的な蹂躙ができた。


 俺を殺した恨みは、村人全員の命を奪うことでどうにか晴らすことはできた。だが、どれだけ殺しても乾いて仕方がない欲求があった。


 俺が生涯で求め続けたリリー王女。彼女を傍らに置いて生きたい。その欲望だけは村人を殺しても埋まらない。他の女を襲っても埋まらなかった。どうにかしてリリーを攫い、自分のものにしたい。ジークに取られる前に俺のものにしたかった。


 だが正面からアトシア神聖王国に行く気はなかった。俺はきっと王国では死んだものとして扱われているだろう。

 俺が死んでから二年も経っているのだから仕方ない。


 生きていると言って帰っても信用されるかは怪しかった。


 俺の死体は間違いなく王都で埋葬された。俺の墓の前で涙ぐむジークを遠目で確認したから間違いない。それに、今の俺は厳密に言えば人間ではない。ハイドの力で復活した死の王。混沌と呼ばれる存在となっている。


 良くて村を襲った重罪人、最悪の場合は人類の敵として処理されてしまうことだろう。だから俺は人里離れたベルネリア山を住処とするしかなかった。


 ハイドが何の目的で俺をこんな存在にしたのかは分からない。だが俺の所に一度だけ現れたハイドは、アイルと戦争を起こすことと、俺はアイルの邪魔をするように立ち回れと指示を残した。


 気に食わない奴だったが、俺はその指示を素直に受けることにした。

 戦争が終わり、無事にアイルを殺すことができれば、俺はリリーを好きにしていいとハイドが言ったからだ。


 リリー王女の生き方をこの卑劣な神が決めるのは心底胸糞悪かったが、リリーが手に入るならと、俺は戦争に第三勢力として参加することにした。


 ハイドの軍を指揮しているのがリリー王女だったのは驚いたが、それに対立する軍の将軍がジークと知った時の衝撃はそれ以上のものだった。


 これでジークを殺せばリリーを手に入れやすくなる。

 彼女を手に入れる計画に満足した俺は、ハイドが置いて行った十二個の卵を媒介にデンベスを生み出した。


 俺の魔力を受け取った獰猛な獣どもは、各地に散ると王国周辺の村を狩り尽くした。反神聖王国派の村を始めとし、俺が生前に守ってきた人々を亡き者にした。


 そこには俺の生まれ故郷の村も含まれていただろう。

 今となっては痛くも痒くもない。ただ欲望のために生きる俺には他人の死など何一つ響かなかった。


 だが俺の思惑を邪魔する奴はいつでも一緒だった。

 アイルから特別な力を与えられたジークは、銀色の槍を駆使して俺が放ったデンベスを逆に狩り始めたのだ。村一つ、街一つを簡単に飲み込むデンベスも、先導者の授けた力の前には無力だった。


 一体、また一体と消される度、俺の胸は何かが引き剥がされるようにチクチクと傷んだ。その痛みが俺の力自体が弱められているのだとと気付いたのは、十体目のデンベスを葬られた時だった。


 しかも、ジークはデンベスの狩り方を完全に身につけたようで、十体目は瞬殺だった。


 恐らく、このままでは十二体目のデンベスが狩られた後、俺は弱ったところをジークに倒されてしまうだろう。


 焦った俺は、全てのデンベスが殺された後、ハイドの住む神殿へと足を運んだ。


 人間達はジストヘール草原で全戦力が激突している。その間に新たに力を授けてもらおうと思ったのだ。


 しかし、隣の神殿にいるアイルを空間魔法で閉じ込め、いざハイドの前に立った俺に待っていたのは用済みの言葉だった。


「今更お前には用はない。リリーはすでにわしの支配下だ。自由の身になることは二度とない。分かったならわしの目の前から今すぐ失せよ」


 神殿の最新部でそう言ったハイドは、俺に興味を失ったように大きな椅子に腰掛けた。天井から降り注ぐ空の光がハイドを照らす。俺を見下したくそじじいは手元にあった盃をあおった。


 言葉を失った俺はハイドを見つめたまま動けなかった。


 見限られた屈辱が怒りと悲しみを生み出し、身体中を駆け巡る。


 混沌として作られた俺は何のためにここまでやって来たのか、分からなくなっていた。

 ハイドの命令で人間を沢山殺してきた。全てはリリーを手に入れるためだった。それなのに、もうすぐ願いが叶うと思った矢先、ハイドは俺を捨てた。いや、初めから裏切っていたのだ。


 目の前の神は、初めから俺を利用する気だったのだ。俺にリリーを渡す気はなかったのだ。命縛法で完全に支配したのがその証拠だ。


 俺の利用価値はただ自らの悪行を隠すため。混沌という人類の敵を作りあげ、アイルがその対応に追われるようにするだけの存在だった。


 それを理解した時、俺の体は無意識のうちに前へと動いていた。呑気に座るハイドの髪を掴んで椅子から引き摺り下ろし、暴れて抵抗する腕をへし折った。


 先導者とは言え、見た目はただの老人。その見た目通り、近接戦の戦いはハイドは全く持っていなかった。

 俺の下でハイドは絶叫を上げた。


「貴様! 何をするつもりだ! わしが復活させてやった恩を仇で返す気か!」


 俺を睨み、声を荒げたハイドは魔法で俺を引き剥がそうとした。


 だが俺に魔法攻撃は通用しない。俺はハイドの構築した魔法を逆に吸収して攻撃を無効化した。


 驚愕に目を見開いたハイドの腕を切り落とす。そして絶叫とともに転がったハイドの胸に俺は黒剣を突き立てた。


「俺を生み出したのがあんたの力なら、それを全て取り込めば俺は無敵になれる。お前は俺の一部となるのだ。光栄に思え」


 痙攣を始めたハイドにそう言って、俺はその首を切り落とした。


 世界中を戦争という混乱に陥れ、多くの人を殺したハイド。その幕引きは意外と呆気ないものだった。初めからこうすればよかったのかもしれない。そうすれば、俺は戦争を未然に防いだ英雄になれたかもしれない。


 僅かに後悔を挟んだ俺は、切り落とした腕を一口喰んだ。その瞬間、生臭い血肉が体に行き渡る。ハイドの力が俺に取り込まれる感覚が鈍く響いた。


「これでお前の力は俺のものだ。この力でリリーを助け、俺のものにする。絶対に誰にも邪魔させん」


 俺は気がつけばハイドの側に立って高笑いしていた。

 全てが俺のものになる。そう直感していた俺の気分は復活して以来の晴れやかさだった。

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