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第四百六十話 友の決別

 姫の窮地に王国の騎士が一人で立ち向かい、敵を滅ぼした。その騎士は王国随一の実力で、容姿もよくまさに騎士の中の騎士だった。


 リリー王女の救出劇と騎士の話は瞬く間に神聖王国を巡った。情報の伝播が早くなかったこの時代でも人々の口伝は驚くほど早い。

 一節も経つ頃には、王都での一件は周辺の村々にまで行き渡っていた。


 ジークが王国一の騎士と言うのは噂の中で作られていった称号だったが、彼の戦いを見た者達はそれもあながち間違いではないだろうと言った。


 当人のジークは君主の姫を守ると言う仕事を全うしたにすぎなかった。だがそれで終わりにしようとするジークを周りは許さなかった。

 特に、助けられたリリー王女本人は、ジークを手元に置きたがった。


 リリー王女はジークを騎士団から引き抜き、王女付きの護衛騎士に任命した。


 もともとリリー王女は一人の行動を好んでいた。城を抜け出し街へ一人で歩いていたのもそれが理由でもある。


 だが今回の一件は、自分一人の身勝手な行動で、国も騎士団も、そして民達までもが危険に晒されることになった。


 大事に至らなかったが、国王に厳重注意され、危機感を意識したリリーは護衛をつけて行動することを約束した。その護衛役としてリリー王女が希望したのがジークだったのだ。


 彼女がジークを選んだのは、単に助けに来てくれた恩赦や実力を評価してのことではなかった。


 颯爽と現れて周囲の敵を瞬殺した。敵の返り血を浴びて汚れているのにも関わらず、彼はそれを気にすることなく手を差し伸べてくれた。それも、息が一瞬詰まりそうになるくらいの優しい微笑みと一緒に。


 ジークはリリーを安心させるためにリリーに無意識に微笑んだだけだった。リリーに護衛騎士に任命された時もそう説明した。


 だがリリーはそれを知っても決定を覆すことはしない。最初の笑みで射抜かれていたリリー王女はジークに夢中だったのだ。


 あの時の笑みをまた近くで見てみたい。今度は職務としての笑みではなく、心から笑ってほしい。そして、側にいる私に振り向いて欲しい。それこそが、リリー王女がジークを手元に置いた理由だった。


 事件から一節後、ジークを正式な護衛騎士に迎えたリリー王女は、彼に太陽のような明るい笑顔を向け続けた。彼の真面目な氷を溶かそうと、髪をいじったり手を握ったり、リリーはあの手この手と仕草を変えた。


 リリーを護衛対象として見ていたジークは、最初は彼女の仕草を気にしていなかった。


 だが彼女は護衛対象なので、彼女と常に行動を共にし、全ての挙動を観察する。彼女が突飛な行動をしないように監視の役目を仰せつかっていたから当然だ。


 だからこそ、毎回少しずつ変わる仕草の変化に気付かないわけがない。真面目にリリーを観察していたからこそジークは気づいてしまった。リリー王女の気持ちを。ジークに向けられる特別な感情を。


 主人と騎士の異性が違えばこうなる可能性は十分にあり得る話だ。それも、リリーはジークに命を救われた身。護衛騎士の人選を、リリー王女がした時点で気づくべきだった。


 護衛の仕事は対象の安全確保が優先だ。そして、それと同じくらいに心も守らなければならない。国王の命令を思い出し、ジークは新たな悩みの種を一つ抱えることになった。


 ジークはリリーの気持ちを知ってなお、彼女との距離は保ち続けた。村出身の騎士など一国の王女には相応しくない。そう振り切ってリリーに仕えた。


 しかしその状態はいつまでも続かなかった。リリーの護衛を続ける間、ジークは自らの気持ちにも気づいてしまったのだ。

 リリー王女の純真な行動や、偽りのない眼差しはジークの思いすらも紐解いてしまっていた。


 悩んだジークはアイルの神殿に赴いた。

 そこで幼女アイルに諭され、リリーの気持ちと向き合うため、最強の騎士を目指すことになった。全てを守れる騎士になってから彼女の元に行こうとようやく決意したのだ。


 それから二年を経て晴れて王国一の騎士となったジークはリリーと婚約を交わすことになった。

 二人の婚約はまたも国中を駆け巡り、祝福の色で埋め尽くされていった。もともと二人の婚約を期待していた国民達はその知らせに歓声をあげた。


 だが浮かれ気分の国民に混じり、影を落とす男もいた。


 ベオはジークに強い憎しみを抱いていた。彼の欲しかったものは全てジークが掻っ攫っていった。惚れていた王女を取られ、王国一の騎士の称号も、国民からの熱い信頼も全て。


 ジークの立つところには本当は自分が立つはずだった、と逆恨みの感情をベオは募らせる。


 それが態度となって現れ、ジークがいつものように話しかけてもベオは取り合うことはなかった。無視されたジークはベオの気持ちを察し、彼が抱いている感情が逆恨みだと知っていても話しかけることはやめなかった。


 同じ村で生まれ、一緒に育ってきた。ジークはベオのことは兄弟のように思っていたのだ。そんな家族のような存在を見捨てるわけにはいかない。他に生きる道は沢山あるとジークはベオを支えようとした。


 お前と俺はもう友でも家族でもない。お前は王女様と仲良くしていればいいだろう。これ以上挑発するなら絶交だ。


 だがジークに返ってきたのは辛辣な言葉と敵対心、強い拒絶だった。


 目の前から去る友の背を、ジークは見送ることしか出来なかった。昔のように肩を並べて語り合いたい。その希望が既になくなってしまっていたのだと、ベオの肩を止める手が伸びなかった。


 だがそれからしばらくして、あの時に無理矢理にでも止めておけばよかったと、ジークは後悔することになった。


 彼の元に届いた知らせは、国の端の小競り合いでベオが命を落としたと言う内容だった。

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