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第四十六話 将軍の朝

 ついにこの日が来てしまった……。昨日まではどこか余裕を感じられたが、いざ当日になると急に不安になってくるあれだ。


 東の地平線を見ると、朝日が入り始めた空が赤紫色に染まっていた。こういう色は無駄に不安を掻き立てる。


 ……いや、それだけじゃない。もう一つ大きな不安を今は抱えていた。


 昨日、敵軍のキャンプ地に単独で来た黒髪の少女のことが頭から離れなかった。


 彼女が語った内容も気にはなったが、今は如何にして彼女に勝利できるか、それだけが頭の中を駆け巡っていた。



 作戦は既に決行した。技術部隊も提示した作戦を忠実にこなしてくれた。あとは、空から攻めてくる敵を返り討ちにできるのを祈るばかりだ。


 こんな賭けに近い作戦が一番の有効策だなんて、負けて国に帰れば責任を負わされることだろう。



 だが、そんな先のことを考える余裕は今はなかった。今回の戦争、相手は伝説の「星の雫」を継承した超人だ。例え、指揮官であっても死ぬ可能性はあるのだ。



「アレク、今日はもう起きているんだな。いつもはまだ寝ている時間じゃないか」



 軽く茶化しながらドルビーが近づいてきた。

 普段は指揮官と副官の関係だが、制服を脱げば長年の友だ。ドルビーは二人でいる時は元の口調で話す。今は早朝ということもあり、友人口調だ。



「夢見が良くてね、可愛らしい少女が出てくる夢なんだが、続きを聞くかい?」

「素敵な夢なら聞きたいところだが、昨日の今日でそれはないだろう?」



 ドルビーはそう言うと手に持っている木彫りのコップを差し出した。中には木の皮を煮詰めた苦汁が注がれている。


 口に含むと強烈な苦味が鼻を突き抜けた。口を開けた時に臭いも鼻から吸い込んでしまったため、思い切りむせてしまった。


「げほっ、相変わらず、ひどい味だ……」

「それで少しは目が覚めたろう?」


 ドルビーは同じものを啜りながら地面に腰を下ろした。



 あれだけの量を一気によく飲めるな……。そう思いながら苦汁を少しずつ流し込む。口の中に広がる苦味で徐々に頭が覚醒してくる。



「今日の戦い、勝てそうか?」と沈黙を破るようにドルビーは口を開いた。


「今のところ、五分にも持ち込めてないだろうね。だが、打てる策は全て準備した。後は、天だけが答えを知っているさ。それに、向こうも同じ考えだと思うよ。大軍と戦うなんて初めてだろうし」


 そう、リジーだってこの状況に慣れているはずがない。何百、何千と殺さなければならない覚悟、大勢になぶり殺しにされる覚悟。それらを持っていても冷静ではいられないはずだ。


 彼女が戦闘中に戸惑いや畏怖を覚えればこちらが有利になる可能性だって残っている。



 この戦いはまさに賭けそのものだ。相手の心情も賭けの要素に含まれているんだから、指揮官としては失格だろうな。



 だが、部下たちはそんな愚策にもついて来てくれた。参謀たちからも反対はなかった。この戦争がどう言う結果になろうとも、兵達のことは誇りに思いたい。


「蓋を開けないと分からない、か。けど、今日の作戦は今までの中でも最高の出来だと思うぜ? 魔法弾の砲台を地面に作って、周囲に充満する魔力で補うなんて普通思いついてもやらないもんな」


 今回の戦争では空から一方的に攻撃されることが予想される。我々の手の届く高さから攻撃はしないだろう。


 それを逆手にとり、空中を魔法弾で埋め尽くそうと考えたのだ。それも、誘導弾なので確実に狙えるはずだ。



 誘導型の魔法弾は極めて消費が激しい。普通の魔法弾の十倍以上は魔力を消費する。だが、その点は心配ない。このジストヘール荒原には大量の魔力が充満しているからそれを利用する。


 昨日、リジーが教えてくれた魔法陣がヒントとなっていた。



 この魔法弾は、情報伝達用の魔法理論を応用し、新たに開発された最新の魔法だ。

 この理論を出した人物が「リジー」と言うのは偶然の一致なのかは分からないが、運命的なものを感じるな。



 そんなこと感慨深くつぶやいていると、ドルビーは何かがツボにハマったのか笑い出した。


「アレクの口から運命なんて言葉が聞けるなんてな、神なんてついぞ信じてない男がだ」


 ドルビーはようやく落ち着いたらしく、口元についた苦汁を拭った。


「それにそいつは偶然なんかじゃないぜ。あの理論を作ったのは昨日の彼女で間違いない」



 ドルビー曰く、伝達魔法の理論は三年程前、弱冠十二歳の少女が発表した。そして、その者は後に王国軍の魔法剣士隊に入隊し、今では国一番の実力者になっていると言う。



「それに、昨日去り際に自分の年齢を十六だと言っていたよな? 時間経過的に見れば、あの少女がそうだと言うのは想像に難くない」



 そこまで一気に説明したドルビーは深くため息をついた。



「あの娘、淡々としていたが、目の奥に焦りが見えた。お前の聞いた話じゃ、負けられない理由があると言っていたな。王国に何か弱みを握られているんじゃないのか?」



 思わずドルビーの方を向く。彼の口から敵の身を案じる言葉が出るとは思ってもなかったからだ。

 それに、ドルビーの想像は自分の考えていることと完全に同じだった。



「この戦争には不可解なことが多すぎる。両国王族の奇行もそうだが、戦場をジストヘール荒原にしたこと、その戦場に禁忌の魔法陣が描かれていること。それら全てを誰かが企てている、そんな気がしてならない……いや、戦争前にこの話はよそう」



 そう言うとドルビーは頭を振って言葉を切った。しばらく沈黙が続いた。その間に日は完全に昇り、空は明るくなっていた。



「さて、暗い話はここまでにして、そろそろ開戦準備に行こうか」


 大きく伸びをして歩き出そうとしたが、ドルビーによびとめられた。



「アレク、こんな時に言うもんじゃないのは分かってるが、お前の副官でいたこの二十年、楽しかったよ。だから、この戦いも生き抜いてまた一杯やろうぜ?」



 ドルビーはニッと白い歯を見せると、私を追い越して作戦テントの方に歩いていった。



「死ぬなよ……相棒」


 ドルビーは前衛部隊を率いることになるので、この戦いが終わるまでは顔を見ることもない。

 そんな彼の背中を見つめながら、ふとそんな言葉が溢れた。

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