第四百五十二話 師弟の対立
リジーとアニスの戦いは静かに始まった。互いに剣先を軽く打ち合うと立ち止まる。お互いの動きを知り尽くしているリジーとアニスは、隙を窺うように見つめ合った。
彼女達の実力までくると、一瞬の油断が命取りとなる。特に戦いを始める初動は隙を晒しやすく、動き始めたところで一瞬で決着がつく可能性がある。だからこそ最初の一撃は慎重に、相手が動き出すまで待ち続けていたのだ。
一向に動かない相手を前に、リジーもアニスも小さく微笑んだ。
剣を教わったリジーはかつての師が変わらぬ強さでいることを再認識し、剣を教えたアニスはリジーの成長を確認する。
そして、戦場の静けさは剣が衝突する音で終わりを迎えた。
同時に動き出した二人は、一瞬で間合いを詰めて切り結んだ。
交わった剣を挟んで睨み合い、押し合いをするも、すぐに飛び退いて距離をとる。リジーは間髪入れず魔法弾を雨のように降らせ、アニスはその攻撃に同じ魔法弾をぶつけて相殺させた。
その衝撃で爆風が巻き起こるも、リジー達は強風など吹いていないように戦いを続けた。魔法弾で撃ち合いをする中、リジーは迷わず直進しアニスへと迫った。
彼女の動きを瞬時に見抜いたアニスは、魔法弾の大きさを指ほどの大きさに変え、避けきれないようにリジーを取り囲むように発射した。一発の威力は小さいが高速で打ち出されているため、魔力強化していても当たれば痛いでは済まない威力だった。
光の弾丸はリジーの体を貫こうと迫るが、リジーはそれを神器の力を解放して対処した。
彼女の周囲に展開された雷はアニスの魔法弾を全て吸収して無力化させる。
そしてリジーは吸収した魔法弾をアニスの周囲に再展開して同じように攻撃した。一瞬で攻撃を反転され、アニスは苦笑いを貼り付けて上空へ転移した。
直前まで立っていた地面が魔法弾の集中砲火で大きく抉れる。
一瞬でも判断を誤ればすでに決着はついていただろう。そう胸を撫で下ろしたアニスは黒剣に魔法を乗せてリジーの背後に空間転移した。
普通なら死角からの攻撃となるはずだが、リジーが相手となると、空間転移を使った魔法では不意をつくことはできない。
空間転移の兆候を瞬時に感じ取ったリジーは、アニスの移動に合わせて神器を振り抜いた。空間転移した瞬間はアニスも身動きが取れない。リジーは完璧な反撃でアニスの胴体を切り裂いた。
だが彼女が切り裂いたのはアニスではなくただの魔力の塊だった。リジーが空間転移に合わせて攻撃すると読んでいたアニスは、リジーの裏をかいていたのだ。
ニヤリと笑ったアニスの魔力は魔法の爆弾に姿を変えてリジーを飲み込んだ。
巨大な爆弾は強力な衝撃波を生んで空高く土煙を巻き上げた。その光景を遥か上空から見下ろしていたアニスは、リジーの魔力が消えたのを感じ取ってほくそ笑んだ。
それは勝利を確信したものではなく、弟子のリジーの成長を喜んでいた微笑みだった。
実際のところアニスがリジーを育てたわけではない。だが、ストニアの記憶を見たアニスは、すでに次の攻撃に移っているリジーが不思議と愛おしく見えてしまった。
そんなアニスより上空に移動していたリジーは、神器の力を再び解き放つ。そして雷を閉じ込めた魔法弾を無数に作り出し、リジーはアニス目掛けて打ち出した。
光速で飛来するそれらをアニスは黒剣で切り裂き、爆散する衝撃を地面に受け流していく。アニスの最初の爆破で地面を窪ませていたが、新たに降り注いだリジーの攻撃はその形状も変えていった。
新たに巻き起こった土煙の中をアニスが飛び回りリジーの攻撃をかわしていく。
アニスは反撃の隙を伺っていたものの、リジーの一撃の攻撃範囲が広く回避に集中せざるを得なかった。
当然地面に近いところで避け続けることはできるが、リジーに接近しながら反撃することができない。少女が作り出す魔法弾は少しでも触れれば全身が焼かれてしまうからだ。
それにリジーはまだ本気を出していなかった。天教会で見せたリリーの力を使っていないのだ。
リジーに押され始めていることにアニスは面白くないと顔をしかめた。
しかしそれでアニスが手詰まりとなる訳ではなかった。
アニスとてまだ本気を出していない。
ベオから与えられた混沌の力を受け入れれば、体は損傷を受けても死ぬこともなくなる。防御魔法も強化されるので、今の弾幕も無視することができるのだ。
今までは人の身から外れるからと見ないようにしてきた力だった。混沌の従僕ではあるが、体は生身のままで戦いたい。それはストニアを尊重したアニスの矜持のようなものだった。
だがこのままでは確実に負けると悟り、アニスは禁断の力に手を伸ばすことにした。
その瞬間、アニスの周囲で黒い魔力が展開され、リジーの魔法弾を軽く飲み込んでいった。黒い渦は瞬く間にアニスを取り囲んでいく。
黒い魔力に体が蝕まれる感触に身を委ねながら、アニスは少しだけ悔しがった。この力を使うのは最後の手段。リジーが本気を出して追い詰められた時に使おうと思っていたからだった。
しかし、それも今となっては過去のこと。この力でリジーの本気を引き出し、その上で圧倒すればいいだけなのだ。
黒い霧が晴れて視界がはっきりしたアニスは、ニヤリと笑い、上空に浮かぶリジーを見つめた。




