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第四百四十二話 意思ある少女

 タコト村の地下で起きた大爆発は、地上を吹き飛ばして大穴を開けた。ベオが長年かけて作り上げたリリーの複製施設は大半が瓦礫や土砂で埋まってしまった。


 そして、地下の最深部にいたリリー達は、爆発の業火に焼かれ消滅した。


 彼女達はオーヴェルの命令で魔法が使えるようになるのを待っていたのかもしれない。まるで、自分達で命を絶つような破壊魔法だった。


 オーヴェルも、まさか少女達が魔力で爆弾を作るとは思っておらず、死に物狂いで爆発から逃れた。


 彼の持つ剣は魔力吸収に長けたているため、魔力の爆発自体は全て吸収して凌ぐことができた。だが、上から降ってくる瓦礫に対処できる魔法を、オーヴェルは殆ど持ち合わせていなかった。


 予想外のことが起きて焦っていたこともあるだろう。オーヴェルがこの時扱えたのは、せいぜい魔法弾くらいだった。運良く瓦礫の隙間に落ちたオーヴェルは、瓦礫を破壊しながら上に登った。戦争やクライオの戦闘のことなど忘れ、自身の存続のためにひたすらに登った。


「あの子娘どもめ、わしにこんな恥をかかせおって! 次に生まれてきた奴には拷問をくれてやる!」


 地上に這い出し、太陽の光に安堵したオーヴェルは、溜まった怒りを吐き出すように言った。


 所詮、作られた少女達は意思を持たない。

 動く人形のような物なので、拷問してもオーヴェルの気晴らしにしかならない。むしろ地下施設を元通りに直し、新たにリリーを作る方が面倒な作業だった。そう思ったオーヴェルはどっかりと座り込み、瓦礫で埋まった大穴に目をやった。


「あの男は消えてくれたか。それなら、さっきの爆発も悪いことではなかったが……」


 オーヴェルはクライオの顔を思い出して眉間に皺を寄せた。一度操っていた男なので大した戦いにはならないだろう。最初の頃はそう思っていた。


 だが夢幻の腕輪を身につけたクライオの剣は、オーヴェルに届き得るものだった。

 少女達を起こすのがあと一歩でも遅ければ、倒されていたのはオーヴェルの方だったろう。


 ため息を吐いたオーヴェルは、体から力が抜けるのを感じた。ようやく助かった現実に体が気がついたように、皺だらけの顔に影が落ちていった。


 そしてこれからどうするべきか、オーヴェルは疲れた頭で考え始めた。


 実の所、オーヴェルはもともとは勝手に殺されて使役されているだけに過ぎない。与えられた役目と力が彼の望んだものだっただけなのだ。


 このまま姿を隠し第二の人生を歩むのもできると思ったが、オーヴェルはアニスの容赦のない性格を思い出して身震いした。施設を破壊されたまま逃げ出せば、見つかった時は腕を捥がれる以上の苦しみを与えられる。


 それならできる限りの修復をする方が印象は悪くないだろう。

 そう思いなおした時、オーヴェルはふとクライオの右腕を思い出した。


「そうじゃ! 腕輪じゃ! アルスメルテの腕輪さえあれば、ここもすぐに元どおりにすることができるはずじゃ!」


 クライオはさっきの爆発で消滅したが、アルスメルテの腕輪は前文明の神器。そう簡単に壊れるものではないはずだった。


 瓦礫の底に埋まった小さな腕輪を探すのは途方もない作業だが、アニスの拷問に比べればオーヴェルにとって簡単な作業だった。


 重い腰を上げたオーヴェルは神器の魔力を使って瓦礫の除去を始めた。



 そしてちょうどその時、オーヴェルの接近を感じたように、瓦礫の下でクライオが目を覚ました。

 ぼんやりとした視界に瓦礫の天井が間近に見える。


「ここは、どこだ? 瓦礫の中か? ……あの爆発で天井が崩れないわけないかーー」


 そう言って、はっ、としたクライオは、自分の存在が消えていないことに驚いた。


 少女達の魔法爆弾が直撃し、クライオは全身を焼かれたはずだった。当然魔核も破壊され、そのまま消えるのだと、リジーに詫びを入れていたはずだった。


「まさか、あの光景は夢ではなかったのか?」


 あれは一体何だったんだ?


 クライオは直前の記憶を捻り出した。

 爆発の渦を押し返す魔法壁。初めて感じる暖かい魔力は不思議と安心できた。あの場にいた誰かが自分を守ってくれたのだ。


 そう思っても、身に覚えのない魔力にクライオは混乱した。そもそも単身で敵地に乗り込んでいるので味方はいないはず。意思なき少女達が味方するとも思えなかった。


 その時、ふわっとクライオの右手に柔らかい感触が伝わってきた。


 少女の小さな手がクライオの手に重ねられている。その先には、爆発の余波を逃れた一人のリリーがクライオを見つめていた。


 仰向けで瓦礫に挟まれ、口からは血が流れている。あと数瞬もすれば命の鼓動が止まる傷の深さでも、少女はクライオの無事を確認すると微笑み、その手をぎゅっと握った。



 い……て、い……き……て……



 少女の絞り出すような、小さな囁きがクライオの耳に届く。少女に意思はない。だが頭の中に最初から刷り込まれていたように、少女はクライオに囁き続けた。意思ある少女が願うように。


 身を捩ったクライオは少女を瓦礫から取り出そうとした。瓦礫に挟まれたまま死ぬのはあまりにも可哀想だと思っての行動だった。


 だが魔法で少女を動かすと、周囲の瓦礫から軋む音が連鎖的に起こった。少女を動かせばこの空間は押し潰されるようだった。


「もしかして、君が身を挺して止めてくれたのか……この瓦礫に、僕が埋まらないように?」

「い……き……て」


 無意識のうちにクライオは少女に話しかけていた。


 意思の宿っていない少女が、誰かを助けるために行動できるはずがない。頭では分かっていても、少女が自ら行動したのではと思ってしまう。


 死にゆく少女の姿がぼやけ、クライオは口を震わせた。


「僕は、死人だ。生きるべきは君の方だったはずだ……それなのに、僕なんかのために死ぬなんて」


 小さな手を握り返したクライオは静かに涙を流した。彼の頬を最初の一粒が伝う頃、少女の手から力が抜ける。


 虚ろな赤い瞳は、役目を果たしたように静かに幕を閉じた。


 ただ存在していただけの少女の命が消える。今まで沢山人を殺して来たクライオに、彼女の死は重くのし掛かった。


 奪って来た命がどれほど重かったのか、クライオは再認識し激しい後悔に襲われた。

 自分という人格が生まれなければ、人は死ななかったかもしれない。こんな世界にはならなかったのかもしれない。


 だが、たかが一教師が選択を変えたところで、より大きな時の流れは変わらなかっただろう。いずれはここに導かれ、少女に助けられることになっただろう。

 クライオは止めどなく流れる涙と、胸の痛みを噛み締めた。


「ありがとう……君が繋いでくれた命、絶対に無駄にしない。あの男は……オーヴェルだけは、僕が必ず道連れにしてやるよ」


 しばらくして涙を拭ったクライオは、彼女の手を握ったまま腕輪の力を解放した。

 自分に課せられた使命を果たすため、少女達の思いに応えるために。クライオは這い上がった。

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