第四百二十七話 将軍の義務
足元から這い出してきた屍人兵との攻防は苛烈を極めることになった。
地面から飛び出した魔法弾は、中隊規模の人数が通れるほどの大穴を開けたため、一度に這い出る屍人の数はその分だけ多かった。
当然、攻撃が始まった最初の頃はアレク軍は順調に屍人兵を消していた。大穴が開いているとはいえ、這い出る兵の数が限られているので、周囲を包囲していた彼らの方が有利だった。
だが少しでも撃ち漏らしがあれば、飛び込んでくる屍人兵の対処に追われ、這い出る屍人兵の撃ち漏らしがさらに増えることになる。
そうなれば乱戦が始まるのでアレク達の有利はなくなる。一瞬たりとも失敗が許されない状況に変わりはなかった。
それを示すように、戦闘が始まってしばらくすると、魔法弾の弾幕を掻い潜った屍人兵がちらほらと出てきた。
アレク軍に向かう屍人兵はすぐに魔法弾で貫かれ、光となって消える。
しかし、安堵するのも束の間で、その後すぐに抜け出した屍人兵が一人、二人と徐々に増えていく。そして、アレク将軍が恐れていたことが起きた。
魔法弾で撃ち漏らした屍人兵が一人、アレク軍に到達し、近接戦闘が始まってしまったのだ。
そして、さらに状況を悪化させるように、その屍人は今までの屍人とは戦闘技術が段違いだった。
かつては歴戦の戦士だったのかもしれない。虚ろな顔をした白い兵隊は迎え撃ちに来た兵達を斬り伏せていく。
腕や足を切られても、魔力操作で体勢を維持して構わず剣を振り続ける。魔核が破壊されて消えるまで、機動力が落ちなかったその兵は、数十人の生者を道連れにした。
たった単騎による攻撃だったが、その猛追は最前線を掻き乱し、他の屍人達の侵入を許すことになってしまった。
穴から這い出した屍人兵達が態勢の崩れた側面に雪崩れ込む。アレク軍は味方と敵が入り混じった場所に魔法弾を打つことはできない。
そのため、戦闘は徐々に乱戦に発展していった。
敵味方が入り混じり、怒号と悲鳴が戦場を飛び交う。
屍人を切り倒し、一息つこうとする兵の背後から別の屍人が剣を突き立てる。その屍人を倒そうと別の兵が剣を振りかぶるが、それは新たに現れた屍人の剣で防がれ隙ができた背後から魔法弾に貫かれて生き絶える。
また別の場所では、自らの体を魔法弾に変えた屍人が捨て身の攻撃を仕掛け、生者をまとめて吹き飛ばす。
命という概念を失った屍人達は痛みも恐怖もない。ただ目の前の敵をできるだけ多く殺す。その目的だけに動く彼らをアレク軍は止められなかった。
そんな絶望的な状況になっていても、アレク将軍は諦めていなかった。できるだけ多くの兵を退避させると、殿を務める兵達ごと魔法壁で囲んで敵の侵攻を止めようとした。
だが、その魔法が発動することはなかった。
アレク将軍が味方を退避させる時、乱戦に乗じて味方に変身した屍人が数人混ざり込んでいたのだ。
その屍人達は統率された動きで魔法壁の準備を進める兵達を襲い、アレク将軍の決死の作戦を阻害した。
その一人がキンレーン王子だったことはいうまでもない。アレク将軍の前で変身魔法を解いたキンレーンは、気持ちがいいほどに爽やかな笑みを見せた。
「屍人との戦争は普通の戦争とは違う……アレク将軍、その程度の采配ではこの戦いに勝つことはできませんよ?」
混沌に支配された屍人に死という恐怖はない。そのため、戦争に勝つために捨て身で攻撃してくることも考慮に入れなければならない。
そう言ったキンレーン王子は、自らの言葉を反芻するように、細身の剣をアレク将軍に向けた。
アレク将軍はその剣を警戒心を強めて睨みつけた。キンレーン王子が直接剣を振る場面を彼は見たことはない。実力は高くないと自重気味に言っていたが、果たしてそれは本当のことなのか分からないのだ。
しかし、それでもアレク将軍に焦った様子はなく、キンレーンの剣に応えるように魔力強化した剣を構えた。
「キンレーン殿下、さっきのはいい作戦でした。ここまで踏み込まれたのは、正直、予想外でしたよ。死んでいった仲間達に後で詫びねばなりません」
戦争は終始有利に進められればそれに越したことはない。
だが戦争で動いているのも、動かしているのも、全ては人の意思だ。予想外のことも不利な状況も、あらゆることが起きうるだろう。
そして軍を任された者は、すべからく戦いを勝利に導かなければならない。
どんなに汚名を着せられても、仲間の死に胸が痛んでも、必ず勝たなければならない。将軍にぶら下がっているのは兵達の命だけではない。彼らの帰る場所にいる家族達もいるのだ。
「だから……私は最後には勝たなければならない。明日を生きる者達のために、帰りを待つ者達のために勝つ必要がある。だからこそ、この戦いは私達の勝ちだ!」
アレク将軍がそう言うと、キンレーン王子の後方、ローチェ将軍が居座っている本隊の方で大きな爆発が起こった。この戦争が始まってから起きた一際大きな爆発は、地面を揺らして巨大な土煙を巻き起こした。
予想外の事態が発生し、さすがのキンレーン王子も焦ったように振り返って目を見開いた。
彼の目に映ったのは、後方に残った屍人軍の本隊が空に吹き飛び壊滅している光景だった。
「こ、これは一体……何が、起こっているんだ?!」
白い粒と巻き上げられた地盤の塊が空から降り注ぐ。
普通ならありえない状況にキンレーン王子は言葉を失った。
「リジーが使った魔法を真似させてもらったよ。ファイの部隊がやられ、フロットの部隊だけで遂行することになったから大分時間はかかってしまたがね」
アレク将軍が指示した魔法は、リジーがセレシオン王国との戦争で使用した魔法と同じだった。
地盤ごと敵軍を空中に転移させ、防御魔法が発動できない場所で地盤を爆散させて地面に叩きつける。知っていても発動した瞬間になす術がなくなる最終手段だった。
フロットの中隊はアレク将軍の本隊が攻め込まれている状況を利用し、地中を移動して巨大な魔法の準備を進めていたのだ。
我々の勝ちだ。
そう言って一人取り残されたキンレーンにアレク将軍が踏み込んだ。最後の敵を倒すために。
キンレーン王子は抵抗する様子もなく、アレク将軍に切られるように両腕を広げる。アレク将軍は迷うことなくキンレーン王子を切り裂いた。
一撃で魔核を破壊されたキンレーン王子は、光の粒となって消えていく。
「さっき行った言葉、取り消してもいいかな? アレク将軍、貴方は不利な戦況を一気に覆してみせた……私の知る中でも最も優れた将軍だ」
最後にそう言ったキンレーン王子は、アレク将軍に優しい笑みを見せて消滅した。




