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第四十二話 少女の推察

 ストルク王国とセレシオン王国の国境沿いにある北辺境地。ジストヘール荒原はかつて二人の神が戦った場所として言い伝えられている。


 この荒原は他の土地よりも魔力が高く、人が住めるうような場所ではない。高濃度の魔力にさらされ続けると、人は魔力暴走が起きやすいからだ。



 有史始まって以降、この地に植物が育たず、生物が寄り付かないのもそのためだ。


 この地の魔力は諸説あるが、高濃度の魔法合戦が行われ、その魔力がこの地に長く定着していると考える学者が多い。


 その理由として、この千年の間に起きた戦地には少なからず魔力の残痕が定着することがわかっているからだ。



 この魔力の定着期間は戦争の規模が大きくなると、より多くの魔力が長期間残ることになる。戦争により人が住めなくなっている土地はいくつも存在する。



 ただ、この荒原と比べれば他の場所の魔力はずっと少ない。ここの魔力が戦争の名残であるならば、それはかなり大規模な戦争だったろうと言うのは想像に難くない。



 実際、この地に訪れてみると、普段感じない濃厚な魔力に妙な胸騒ぎを覚える。



 開戦前日なので気が立っているのも理由の一つかもしれない。


 私は今は敵兵偵察のため、ジストヘール荒原上空を飛んでいた。


 報告にあった通り、セレシオン王国軍の規模は約二万のようだ。眼下に黒い集団が見える。



 明日の開戦に備えて陣地を形成しているようだ。複数の大部隊に分割して拠点を張っていた。後方支援部隊も荒原奥で待機しているのが見える。



 明日はこの人達を殺すことになる……私にできるだろうか。



 心の中で同じ呪文が何度も囁かれる。



 例え殿下の命令通りになっても、シェリーを救うために戦うと決心していた。

 それでも、実際に戦場を目にすると心を落ち着けるのに時間が必要だった。



 目を閉じて呼吸を整える。吹き付ける風が冷たい。


 私一人で戦う覚悟はできている。考えつく策は全て立てた。後は心の準備をするだけ。


 それに、お城の問題は全てエイン王女が、シェリーの面倒はシーズとジークが引き受けてくれた。私はこの国の外敵を排除するだけでいいのだ。



 キンレイス陛下は魔力は元に戻ったものの意識は回復していない。私の治療は成功したが、十日近くも昏睡状態だったのだ。失った体力までは戻らない。


 陛下が目覚めるまでもう少しかかるだろう。



 エイン王女は今は陛下の護衛とキンレーン殿下の見張りをしている。

 私が熟睡している間に兄妹で確執があったらしく、城は今、一触即発状態になっているのだ。


 彼女は貴族会で殿下の糾弾を訴えた。だが、この状況でも、貴族会は糾弾を認めなかった。殿下が謀を巡らせた確たる証拠がないのが理由だ。


「戦時でなければ問答無用で拘束するのだが、今はそれができないのが悔しい」


 昨日彼女と会った時に苦虫を噛み潰したような表情で言っていた。貴族会もキンレーン殿下同様におかしくなっているのだ。下手に動けば逆に拘束される可能性もある。



 だが、この数日悪いことだけが起きた訳ではない。


 シェリーが普段通りの生活に戻れたことだ。


 命縛法で支配されていると知らされた時は、ショックのあまり寝込んでしまっていた。


 だが、私やシーズが元気付けたこともあって徐々に回復し、普段通り過ごせるようになったのだ。


 彼女はまだ支配されているので、手放しで喜べる状況ではない。それでも私は肩の荷が少し降りた気がした。



 そんな多くの憂いから解放された私は、残りの時間を戦術の見直しに充てることにした。


 もちろん、睡眠はきちんと取るようにした。この前のように極限まで疲れていては、いざという時に戦えない。ジークにも釘を刺されたので、そこはしっかりと守った。


 そして、開戦が明日に迫った今日、最後の確認のために一人でジストヘールへやってきたのだった。


 そして、今は新たな問題に頭を悩ませていた。



「……やはりこの戦場、すでに魔法陣が敷かれてますね。死者の魔力を集める構成のようですが、問題は誰が何の目的で仕組んでいるのか」


 軍図書に篭って地図を眺めている時に気づいたことがあった。

 それは、高低差の緩い巨大なクレーターが存在していたことだ。


 過去の戦争で大規模な爆発があった名残とも言われているその窪みは、ちょうど今回の戦争の指定場所だった。




 魔法陣は基本は円を描き、その中に必要な構文を組み込む。そこに必要量の魔力を流し込めば魔法は発動する。


 ただ、街一つ覆うほどの魔法陣を作っても、普通は魔力が足りない。それこそ人間を何万人も投入してようやく発動できるかどうかの規模だ。


 それに巨大になればそれだけ正確な魔法陣を構築するのは困難になる。



 しかし、この地はその二つの条件を満たしていた。


 ジストヘール荒原には巨大な魔法陣を発動させるには十分過ぎる魔力が充満している。

 さらに、巨大なクレーターの外周を使えば魔法陣を簡単に構築できる環境が整っていた。



 地図上の情報だけではそこまでしか分からなかったし、あくまで魔法陣を仕掛けられる可能性もあるという程度しか考えていなかった。


 しかし、実際に上空から眺めると、その心配が現実になって現れたのだ。



 セレシオン軍が駐留する場所より少し離れた場所。明日の戦う場所を囲うように大規模な魔法陣が形成されていた。


 敵国といえど、死んだ仲間の魔力を集めるような無粋なことはしないはず。可能性があるとするならキンレーン殿下や第三者の仕業だろう。



 この魔法陣はすでに完成し、今も発動していた。これは魔法陣の中で死んだ者の魔力を吸収する蓄積型の魔法のようだ。


 戦争を利用して魔力を集めようとしているのか、それとも、魔力を集めるために戦争を引き起こしたのかは分からない。

 いずれにせよ、人の命を軽んじる行為に強い訝りを感じた。



 人を魔力としてしか見ていない非人道性、人を殺して魔力を吸い取る魔法陣。

 それは、魔核を殺して魔力を吸収する魔法具を彷彿とさせる。


 私から全てを奪った『灰』という組織が、この戦争を仕組んだのかもしれない。そう嫌でも想像してしまった。だが確証は何一つない。情報が足りない。



「まずは、セレシオン軍に直接聞いてみるのも悪くない手段ですね。開戦前ですから応じてくれるかもしれません」



 私は意識を切り替えようと頭を振り、敵軍に向かって降りていった。

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