第四百十七話 二つの始まり
ジストヘール荒原に青と白の軌跡が走る。戦場に集まった両軍の間をシーズが風のように駆け、それをエンカが少し後ろから追随する。
時折り飛んでくる炎をシーズは魔法で逸らし、屍人軍に投げ込む。エンカの魔法の威力はシーズの予想を上回り、着弾した場所では大きな土煙を上げた。
ただ命令を遂行するだけの駒となってしまったエンカは、今まで出していなかった本気の攻撃をシーズに向けていたのだ。
一度攻撃が防がれても止まることはない。シーズが炎を逸らす度、エンカは新しい炎を作り出していった。
「ちっ、エンカのやつ、今日は手加減せんようだな……ま、操られていれば無理な話だがの」
背後で膨らむ魔力に舌打ちしたシーズは、これ以上は味方に被害が出ると判断し、進行方向を北西に向けた。
エンカの攻撃を屍人軍に浴びせつつ、人間軍から離れられる方向だ。エンカは自軍の不利になる方向でも迷うことなく攻撃を続けた。
完全に支配されているように無機質な表情のまま攻撃を繰り返す。シーズは何度も後ろを振り返ってはエンカの表情の変化を観察し、無表情の腐れ縁に内心でため息を吐いた。
そして、これが最後の喧嘩になることに不思議と胸が締め付けられていた。
シーズはこれまで何千年と過ごす中で、エンカとは何度も喧嘩をしてきた。
アイルとハイドの対立を象徴するように、あるいは神獣となる前からの腐れ縁を示すように、長く続いてきた喧嘩だった。
その全ては本気の戦いではなかった。時々本気で殺し合おうとした時もあったが、どちらかが致命傷を受ける前に互いに引き上げていた。それはシーズとエンカが互いを思い合っていたからだった。
だがアニスに使役される存在になったエンカに遠慮はない。それはシーズも同じだった。死んでしまった家族をそのままにしておくことは、シーズには許されなかった。
そして、両軍から十分に距離を離したシーズは、ようやく走るのを止め、追ってくるエンカと向かい合った。
エンカはシーズから少し離れたところで様子を伺うように止まる。
「エンカ! わしらの喧嘩も今日で終わりだ! 今から本気で攻撃するからの、覚悟はできておるな!」
シーズの吠え声がジストヘール荒原を揺らす。虚ろなままなエンカは、地面を揺らすシーズの吠え声に表情を曇らせる。
しかしそれに対して反応する代わりに、エンカは周囲に炎を撒き散らした。それに合わせるようにシーズも魔法を展開していく。
そして、数拍の沈黙を破って、二頭の獣は戦いを始めた。
一方、シーズが進んだ反対方向では、白い二人、ジークとヴァーレが移動していた。
ヴァーレはリジーを狙って攻撃しようとしたが、ジークはそれを防ぎ、ヴァーレを固定魔法で拘束しながら別の場所へと移動していたのだ。リジーがアニスと正面から戦えるように邪魔者を排除するのみ。
すでにジークは目の前の障害を壊すことのみに集中していた。
「もう! お兄さんもしつこいよ! リジーお姉ちゃんを殺しに行けないじゃん!」
ヴァーレはジークの拘束魔法を抜け出し、苛立ち紛れに大剣を振り回す。
すぐにヴァーレから距離をとったジークは、空気を唸らせるように走る大剣を見つめた。
神器である赤炎の攻撃を受け止めても、壊れていない大剣。ヴァーレの持つ大剣も神から力が与えられているものである可能性は高い。
「ねえ、もうだんまりなの?! 姫の騎士ってやっぱりお堅い人が多いんだね、ほんと、あいつにそっくりでむかつく!」
むかつく人は優先して殺してあげないと行けないよね。
ヴァーレは返事を返さないジークに怒りを隠さなかった。
今まで気に入らない相手は圧倒的な力で殺して来た。今回も同じように殺せばいい、とジークの魔核に狙いを定める。
その様子をじっと見つめていたジークは、ヴァーレの短絡的な衝動に眉根を寄せていた。
彼はまだ子供だから、そう頭の中で言葉が飛び出したが、それは即座に否定した。
ヴァーレが怒りっぽいのは彼がまだ子供だからではない。ヴァーレ達はそうして生き抜くことしか許されない世界を進んで来たのだ。彼らの生きた時代が、彼らを取り巻く環境がそうさせたのだ。
そして、死んだ後は姿の見えない者に使役される。
ジークはやるせない気持ちとともに短く息を吐き出す。
どれだけ哀れでも敵は敵。リジーに仇なす存在は見逃すわけにはいかない。
槍を構え直したジークはヴァーレに殺気を放った。
「私はお前達には同情しない。私の世界は全てリジー様が基準だ。たとえ、お前達の後ろにギエリスの誰かがいたとしても、お前にはここで消えてもらうぞ!」
ジークはそう言ってヴァーレに槍を繰り出した。
一瞬の間に間合いに踏み込まれたヴァーレは、顔をしかめながらも大剣で受け止め、ジークごと上に弾き返す。ジークは魔力操作で強引に地上に戻り、体勢が崩れている状態のまま再び仕掛けた。
それは捨て身の攻撃とも取れる攻撃だったが、ヴァーレは歯を食いしばって攻撃を受け止めた。
ジークを弾き返した時、背後から魔法弾を当てられてヴァーレも体勢を崩していたのだ。
ヴァーレは確かに強かったが、姿勢が崩れた者同士であれば、勝敗が分かれるのは単純に力の強さだ。
魔力操作で腕を強化していたこともあり、二度目の攻撃はジークの方に軍配が上がった。ヴァーレは大剣でジークの攻撃は受け止められたが、最終的には彼の槍に押し出されてしまったのだった。
「本気出したら意外と強いんだ……これはぼくも本気を出さないと、メローに会う前に消されちゃうよね」
ジークから離れたところに着地したヴァーレは、舌を出して笑った。そして、周囲に大量の魔力を撒き散らし、一つずつ体に纏わせ始めた。
それはリジーが使う防御魔法のように、ヴァーレが集めた魔力は、見えない鎧のようにリジーの小さな体を覆っていく。
ヴァーレは体の動きを確かめるように、手に持った大剣を頭上で振り回す。
だがその力強さは先程の比ではなかった。ジークの目で追えない速度で剣が駆け抜け、まだ戦う前なのに、ジークの警戒は最大にまで引き上げられていった。
「申し訳ありません。リジー様、しばらく加勢に行けそうにありません……」
戦いが長引きそうだと感じたジークはリジーに詫び、膨れ上がるヴァーレの魔力にさらに警戒を強めた。




