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第四百十一話 揺れる星空

 王都リールで開かれていた開戦前のお祭りは夜がふける時間になっても続いていた。今日という限られた日を謳歌し、明日への憂いをなくすように人々は笑う。広場に集まっての騒ぎはお開きになっていたが、街の至る所では兵士達や王都の民達の談笑で賑わっていた。


 そんな夜の賑わいの中、空色の衣装に身を包んだ少女が一人、北地区の展望塔で街を見回していた。

 魔法で作り出された青い光は夜の街を照らし、星空が落ちてきたようだ。


 しかし、緊張で胸が締め付けられているリズには、煌びやかな街の景色はほとんど目に映っていなかった。


 リジーと別れたリズは、ダンストール宰相に言伝を残してこの展望塔へとやってきた。言伝で呼んだ相手を待つ間、リズは揺れる気持ちをどうにかしようと胸を抑えたり、深呼吸したりを繰り返していた。


「ううっ、緊張する。テナー、早く来ないかな……あ、でも来たら来たでちゃんとお話できるかな」


 大きく息を吐き出したリズは小声で呟き、これから会うテナーのことを考えて一人頬を赤らめる。


 リズはつい先日までテナーのことは普通のどこにでもいる男性だと思っていた。リジーを介してたまたま知り合った家族の殿方。姉エインの親友だった人の弟だが、それもただの偶然と片づけていた。


 だが王都で屍人達と戦い、王城ではストニアとの戦いを通し、彼には何か特別な気持ちを持つようになっていた。


 それが恋なのだと気付いたのはついさっきだった。訓練場の屋上でリジーに言われた言葉がきっかけだった。


 誰かを好きになることは一つの幸せだ。その想いが特別であればあるほど、幸せを噛み締められる。


 そうリジーが言った時、リズが最初に思い浮かべた人物はリジーではなくテナーだった。もちろんリズはリジーのことは大好きだったが、それは憧れや姉に対する愛情に近い。テナーに感じている気持ちとは違った。


 リズはテナーに二度も命を救われた。一回目は王城でストニアと対峙した時、そして二度目は姉のエインを見殺しにした時、自ら傷つけようとするリズ王女をテナーは体を張って止めた。


 その時のテナーの熱い言葉を思い出すだけで胸が締め付けられ、今すぐ会いたいともどかしい気持ちになる。


 リジーと話して得た答え、それを確かめたくなった彼女はいても立っていられなかった。


 落ち着かない気持ちで屋上を歩き回り、その時が来るのを今か今かと期待に胸を弾ませ待ち続ける。それと同時にもしテナーが現れなかったらどうしよう、といいようのない不安を感じていた。


 そんな落ち着かない時間を過ごしていたリズは、不意に聞こえた足音に急いで振り返る。その先は展望塔の屋上へと至る階段。その階下からゆっくりと登る足音が響いていた。


 リズ王女は階段から少し離れていたところで足音の主を待ち、現れた青年に目を輝かせた。


「リズ様、お待たせして申し訳ありません。アレク閣下に捕まっていまして、振り切るのに少し手間取りました」


 屋上へと登ってきたテナーはリズの姿を見つけるとにこやかに挨拶した。


 テナーは先日の戦闘で指揮官としての才能が評価され、今回の戦争では大部隊を率いる者として大抜擢されていた。


 そんな若き猛将をアレク将軍が気にかけないわけがなかった。国という垣根を超えて、アレク将軍はテナーを気遣おうとしていたのだった。


 そのせいで長く緊張する時間が増えてしまった、とリズは心の中でアレク将軍を呪った。


 だが彼はテナーのことを思って行動しただけなので、リズは軽い愚痴を入れるだけにしてテナーと向かい合った。そして、この想いをどう伝えるか僅かに逡巡する。


「急に呼び出してごめんなさい。明日が来る前に……どうしてもテナーと話がしたかったの」


 意を決したリズは衣装の裾を握って言った。

 ただ想いを伝えたいだけなのに、肝心の言葉が口から出て来ない。頭の中では何度も呟いている言葉なのに、面と向かうと言い出せない。


 リジー姉様ったら、この状態でどうやってジークさんに告白したんでしょう。もう少し心の準備をするべきだったのかな……


 そう頭の中で呟いたリズは、自分の不甲斐なさにテナーの足元を見た。


「リズ様からのお声がけなら、いつでもどこでも行きますよ。立ち続けも何ですから、あちらに行きましょうか」

「えっと……うん」


 しかし、テナーはリズの変化に気付かなかったように手を差し出し、屋上に唯一ある長椅子に彼女を促した。リズはテナーの手に引かれるまま長椅子に腰掛けた。その横をテナーが一言断って腰掛ける。


 テナーも焦った時は顔に出やすい性格をしている。それなのに、誰の入れ知恵か、今この時だけは妙に落ち着いていた。


 その横顔を盗み見たリズは平常でいるテナーが羨ましかった。


 変に意識しすぎたせいで、手を繋いだだけでも緊張してしまう。膝の上でキュッと拳を握ったリズは次に話す言葉を探した。


「テ、テナーは明日の戦いに緊張してる?」


 まずは当たり障りのない話から、と口を開いたリズだったが、緊張していたせいで上ずった声が出てしまった。


 それによってリズの緊張がテナーに伝わりそうになったが、テナーは内心ではずっと緊張していたため気づくことはなかった。


「ええ……とても、緊張しています。正直、アレク閣下やリズ様に声をかけてもらえなかったら、どうにかなっていたかもしれないです」


 テナーは自分の緊張に気づかれないように取り繕い、苦笑いを返した。


 彼はついこの前まではただの文官志望の学生だった。

 それが今は魔法剣士隊に所属し、明日には何千人もいる兵を指揮することになる。自分の采配ひとつで何十、何百と人が死んでいく。


 当然のように、指揮官としての重圧が夢にも出るようになっていたのだ。


 出撃前夜なのに、目の下にくまを作っているテナーの顔を見て、リズはなるほどと納得した。


 それと同時に、リズは浮かれていた自分自身を呪った。テナーは今は自分のことで手が一杯で、本当はリズと会話する余裕すらないのだ。下手に告白でもしたらテナーの頭はついに限界を迎えるかもしれない。


 今はそっとしておこうと思い直したリズは、


「ね、アレクさんとはどんなお話をしてきたの?」


 とテナーの不安を拭うように笑いかけて言った。


 テナーへの告白はこの戦いが終わり、落ち着いた時にでもしよう。揺れる想いを胸にしまい、リズはダンストール宰相が探しに来るまでテナーと二人で談笑を続けた。

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