第四十一話 白騎の誓い
キンレイス陛下は南地区の旅人用の宿で発見された。そのことにエイン王女を含め捜索に当たった人は安堵のため息を吐いた。
だが、安心するのはまだ早かった。
発見された国王は極度の魔力欠乏に陥っていて、死の一歩手前だった。私の探知魔法で見つけられなければ、そのまま死んでいた可能性が高い。
さらには強力な昏睡魔法もかけられており、彼を目覚めさせることはおろか、命を繋ぐのがやっとの状態だった。
王族専属の医療班は皆自信を失いかけている。それもそのはず。国王にかけられた一つの魔法が、十人がかりでも解除できなかったのだ。
今は国王の魔力を下げないよう維持しつつ、解決の糸口を探している状態だ。陛下が見つかってからすでに七日も経過している。
王の居室には医療班の人で溢れかえり、時折交代しつつ生命維持を続けていた。エイン王女とローチェ将軍は部屋の隅でその光景を見守っていた。
「エイン様、少しは休まれてはいかがでしょう。一昨日から寝ておられないのではないですか?」
エイン王女は目の下にクマを作っていた。隣にいるローチェ将軍もクマが酷いようだ。この数日で何歳も老けたように見える。
「父上が死にそうになっているのに私が寝ていられるか」
エイン王女は頭を振りながら答えた。
「それより、リズはどうだ? エメリナから何かあったか?」
「リズ様はまだお部屋に篭もられています。お食事の方はエメリナ様が隣にいてようやく口にされたそうです」
「……そうか」
エイン王女は短く返事を返して視線を戻した。妹のことが心配なのだろう。先ほどよりも疲れているように見える。
無理にでも休憩を取ってもらおうかと考え始めた時、部屋の扉が開く音が聞こえた。
「皆さん、私の部屋に集まってどうしましたか?」
扉の方を見るとそこには気怠げにしているリジー様が立っていた。
「リジー? 軍図書にいたんじゃないのか? それにここは父上の居室で、リジーの塔は隣だぞ?」
エイン王女が珍しく驚いていた。リジー様が部屋を間違えることなど今までなかったからだろう。
「ある程度作戦も練れましたから部屋で休もうと思ったんですが、間違えたみたいですね」
あたりを見回していた彼女は、納得したように頷いた。
どうやら寝ぼけているようで、帰る場所を間違えたようだった。無理もない。貴族会が終わってからは、碌に寝ないで軍図書に篭っていたはずだ。
エイン王女もリジー様も限界だろう。二人を休ませようと立ったところで、リジー様は徐に国王の元へと歩き始めた。動向を見守っていた医療班の人達を押しのけて国王の脇に滑り込む。
「リジー様? 何をなさるおつもりですか?」
「昏睡魔法を除去して魔力欠乏を治します。とりあえず、陛下の魔力が下がらないよう注意してください」
彼女はそう言うと、医療班の反応を待たずに陛下の額に手を重ねる。
それと同時に、彼女の魔力が極限まで高まってこの空間を満たしていった。それは暖かい日に当てられているような光景だった。微かに光る彼女の手は、国王を蝕む呪詛を全て破壊していく。
「リジー様……貴女は一体……」
ふとそんな言葉が漏れる。
これはどこかで見たことがある光景。確か呪いで倒れた仲間に対し、姫様が施された光、あの時の光景にそっくりだ。
その結論に至ったところで頭を振って否定する。
それはありえない……あれは失われたはずだ。リジー様が持っているはずがない。
私が思案する間にリジー様の発光が収まって行った。治療が終わったのだろう。
その証拠に、医療班の人達があれだけ苦労していた昏睡魔法が解除されていた。
「ま、まさか! 陛下の昏睡魔法が消えている? リジー様、一体どうやって?」
陛下の魔力を維持していた一人が感嘆の声をあげた。
「細かいことは後です。今から陛下の魔力欠乏を治します」
リジー様は再び陛下の額に手を重ね、彼に魔力供給を始めた。
自身の魔力を変換して相手に送り込む作業。その滑らかな動きに見惚れてしまった。彼女は間違いなく私より魔力操作に長けている。
そして、普通の人間なら手間取ってしまう作業を軽くこなした彼女は大きく伸びをした。
脇で眠る国王の魔力はすっかり元に戻っていた。
「ふぅ……とりあえず終わりですね。後は陛下が目を覚ますのを待つだけですから、皆さんに任せますね」
リジー様はそう言うと、ふらつく足で私の元まで歩き、そのまま私に顔をうずめられた。
余程疲れていたのか、立ったまま寝始めてしまわれた。微かな寝息が聞こえてくる。
私は彼女の華奢な体を抱き上げる。すると、リジー様は無意識に私の頬に触れた。その手に力はなかったが、確かな温もりを感じた。
私達の周囲は歓声が取り巻いている。医療班達が嬉し涙を流しながら抱き合っていた。
エイン王女とローチェ将軍も握手をして喜びを分かち合っていた。
「ジーク……私の寝室まで運んでくれますか?」
リジー様の眠そうな声が聞こえた。
彼女を抱く腕に力が入る。
「承知しました。ゆっくりお休みください」
従僕として、私は彼女の望みを叶える。どんな些細なことでも完璧に対応するのだ。例え彼女が何者であっても構わない。彼女に付き従いたい。初めてそう感じた。
うっすら目を開けた彼女と目が合う。燃えるような赤い瞳には、真っ白な私が映り込んでいた。
「私が寝てる間に試して欲しいことがあるの。私の執務室に資料は置いてあるから、お願い……」
そう言ってリジー様は完全に意識を手放した。決して笑うことのない主人は、安心しきった顔で眠っていた。その顔は年相応の少女と変わらない。
国王のことはエイン王女に任せて、私はリジー様を寝室へと運ぶことにした。
彼女を優しくベッドに下ろし、新しく準備されていた布団をかける。寝返りをうつ彼女からは深い寝息が聞こえた。
「リジー様、ありがとうございます。やはり、貴女について来てよかった」
私の過去の過ちは消えない。だが、リジー様は私に新たな役目を与えてくれる。それだけで救われたような気がした。
私は神の使い、そしてリジー様の忠実な従僕。彼女の望みを叶える者だ。




