第四百四話 少女の帰還
部屋に戻ってきたジークは、部屋の変化にすぐに気づいて何があったのか尋ねてきた。
朝はすっきりと片付いていた部屋は本が数冊積まれ、床には魔法具が封入されていた大きな箱が放ったらかしになっている。そして、極め付けは床に空いた大きな穴だ。
言い逃れできないと悟った私は、ストニアさんの部屋でクライオ先生を呼び戻したと白状した。
「なるほど、それでストニア様の手紙に従って屍人魔法を行使した、ということですか……リジー様、それは少し不用心ですね」
ジークは腕を組み白い眉を寄せて私を見下ろした。初めて怒ったジークは無言で私に圧をかけてくる。
敵となったストニアさんの手紙は本心が綴られているのは間違いない。
だが魔法文字で隠されていた伝言は後でアニスが書き加えた可能性もあった。それを疑うことなく従い魔法を起動してしまったのだ。
アニスの罠であった場合は私の命も危なかったかもしれない。辛い毎日で疲弊していたにしても不用心だ、とジークが怒るのも無理はなかった。
「うっ……ご、ごめんなさい」
数年ぶりに怒られた私はすぐに反省してジークに謝った。
「本当に……何かあってからでは遅いのですから、一人で無理なさらないでください」
私の反省にジークはため息ひとつで許し、そっと抱きしめてくれた。ジークの微かな震えが肩を通して伝わってくる。本当に私の心配をしてくれていたのだろう。
怒られた時より申し訳なくなった私は、ジークの背中に手を回して無事を伝えた。
それからしばらく抱き合った私達は、今後の動きを決めるため状況の整理を行った。
今のところベネスでの活動はほぼ完了し、あとは全員の埋葬を進めている状況になっている。慰霊碑の準備はフォセット学院長が進めてくれることになっていたので、私たちができることと言えば野盗の討伐くらいになっていた。
だが今はいつベオ達が攻めてくるとも分からない時だ。王都の方も死者達の埋葬は終わったとは言え、大きく戦力を削がれて守りが薄くなっている。
すぐにでも王都に戻って皆と協力すべきだ、と私とジークの意見は一致した。
「それでは、もう今から移動されますか?」
「うん、今は早ければ早い方が状況は改善するし、それに、私達が戻ればみんなも安心できるはずよ」
私はジークの確認にすぐに頷き、転移魔法の構築を始めた。
もしかしたらこの部屋に戻ってくることはもうなくなるかもしれない。
これが最後、と思った私はストニアさんの部屋を見回した。
ストニアさんと肩を並べて魔法具をいじった古い机に書棚。忙しいストニアさんの代わりに旅の準備をしたこともあった。この部屋にも私とストニアさんの思い出がたくさん詰まっていた。
「ストニアさん、待っていてください。今から助けに行きます」
最後にそう言葉を送った私は、王都リールに向けて転移魔法を発動させた。
二日ぶりの転移魔法は狂うことなく私達を塔の屋根に運んだ。
腰が軽く引っ張られる感覚がなくなると、部屋の古びた空気から外の乾いた空気に包まれた。埋葬の煙が微かに風に乗ってやってくる。
薄っすら目を開けると、いつもより明かりの少ない王都が目に飛び込んできた。
いくつも揺れる灯りが今もなお誰かを送っているのだろう。
「行きましょう。まずはダンストールさんのところです」
今は傷心に浸る暇はない。意識を切り替えた私は、ジークの言葉に従いダンストール宰相を魔力探知で探した。
だが私が彼を見つける前に、シーズが私達の到着に気付いたようで、魔法を発動した瞬間にやってきた。
「リジー! この放浪娘め! 心配かけおって、会いたかったぞ!」
小型獣の姿になったシーズは私の胸に飛び込んで言った。
言葉は私を叱っていたが、にやけ笑いのシーズは全く怒っていなかった。耳を小刻みに動かし、長く垂れた尻尾は左右に大きく揺れている。嬉しさを全身で表現しているようだった。
「ただいまシーズ。国をずっと守ってくれてたんだよね。ありがとう」
私はシーズのふかふかな毛並みを抱きしめた。
数日会っていなかっただけなのにひどく懐かしい気分だった。この短期間で多くのことを体験してきたからだろう。久しぶりのシーズの毛並みは疲れた私の心を癒してくれた。
だがそれから先の言葉は浮かんでこなかった。シーズにとって最も付き合いの長かった神獣のエンカが死んだ。
そのことはジークを通して伝わっていたようだが、改めて会ってどう話しかけたらいいのか分からなかった。
「わしのことは気にするな。エンカとの付き合いはもう長いからの、いつか来る別れも済ませておったよ。その別れが今回の戦いで起きてしまっただけのことだ」
それよりリジーの方がよっぽど辛かったろう……愛する人を殺す決断は看取ることよりもずっと辛いからの。今は自分のことだけを考えるんだの。
そう言うとシーズは大型獣に戻り、私の手に額をこすりつけた。
エンカが死んで辛いはずなのに、シーズは微塵も悲しい表情を見せなかった。そればかりか私のことを気遣ってくれていた。
そんなシーズに私ができることはこの戦いを終わらせることだ。全ての元凶であるベオに勝って、その後一緒に泣けばいいのだ。
そうしてシーズを一通り撫で終えた私は、シーズの案内で地上に降り、リズ王女とダンストール宰相の元へ向かった。
リズ王女達は謁見の間で私達を待っていた。
もちろん二人には私の生存は知らせていたが、実際に私の無事な顔を見ると感極まってしまったのだろう。二人とも私の姿が見えると嬉し涙で顔をぐしゃぐしゃにした。
「リジー姉様、お帰りなさい! 本当に無事でよかったです!」
泣きながら笑ったリズは、小走りで駆け寄り私に飛びついた。
私より身長が大きくなっていたので私がリズに覆われることになってしまった。だがそれでも私に甘えたい彼女は私の肩と頬に顔を押し付けた。
小さく震える背中を優しく撫でると、リズは安心したように私に体重を預けた。
「ただいま、リズ。シーズと一緒に国を守ってくれてたのね。ありがとう」
シーズと同じように労いの言葉を投げると、リズは恥ずかしそうに笑った。
そして二人で再会の喜びを分かち合っていると、後ろに控えていたダンストール宰相が遠慮がちに腰を折った。
「リジー様、よくぞ無事に戻られました。早速で申し訳ありませんが、明日、王国間会議を設けております。リジー様には魔法剣士隊の代表として出席願えますか?」
王国間会議はアトシア大陸の全国の代表が集まり、大陸としての方針を固める。
キンレイス国王がこの二年で強化してきた国の大事な繋がりだった。




