第四話 闇への兆し
ストルク王国、それは千年前の英雄リーグ・ストルクが建国した王国で、アトシア大陸の西側半分の領土をもつ大国だ。千年の王国制が続く中で、各地の街や村は安定した生活を手に入れ、そこには確かな文化が根付いていた。
王都リールは千年の繁栄と富が集まり他国との交流が最も多い場所となっている。さらに、王国内にはもう一つ発展した街がある。
ストルク王国で二番目に大きな街ベネス。王都の南部に隣接するこの街は、南では漁業、北では農業が盛んに行われ、それらは全て中心街に集まってくる。王都よりも業者の入りが多いため、商人の街と呼ばれている。
王都から近いということもあり、人の出入りが多い中心街では昼だけでなく、夜も賑わいを見せていた。
この街では国軍兵も多く駐留し、日々見回りが行われている。そのため、治安が悪化することなく安定した暮らしがある程度約束されていたーー
夜もふけてきたころ、ベネスの街外れ、路地裏で動く人影があった。頭からすっぽりフードを被り、顔はシンプルな黒一色の仮面をつけていた。その人物は地面に突き立てた剣を見ながらため息を吐いた。
「思ったより弱かったな。それに保有魔力少ない」
突き立てられた剣の先には女性が転がっていた。顔には恐怖を貼り付け、目は見開かれた状態だった。剣で刺し貫かれた胸からは、流れ出た血が黒く星空を反射していた。
彼女の足元には円板状の宝石が転がっている。殺した相手の魔力を奪うために置かれていたそれは、女性の魔力を吸収し終え、淡い赤い光を放っていた。
フードの人物は、しばらく倒れている女性を眺めていたが、徐に立ち上がり、背負っていた袋の口を広げた。中には同じ円盤の魔法具がいくつもあり、それぞれが淡く光っていた。女性の足元にある魔法具を拾い、袋の中に放り込んだ。
「次を探すか。この光量じゃ全然金にならないしな」
そう呟き、倒れている女性に対して仮面を片手で少しずらす仕草をして暗闇に紛れていった。
孤児院の朝は忙しい、特に朝の炊事担当になった時は大変だ。何せ、このベネスの街でも一番大きい孤児院なので、引き取られた子どもの人数は百人以上になっている。
お手伝いの方もいるけど、朝早く来て全員分の食事を用意したりするのには限界がある。だから、この孤児院では十二歳を過ぎると、自立の訓練も兼ねて炊事担当をすることになっていた。
あれから一年以上経過し、十二歳になった私も朝食作りに駆り出されることになった。今日は私が朝食当番の日だ。
まな板の上では宙に浮いた包丁が三本、色々な具材をカットしていた。魔力操作を兼ねて調理は全て魔力操作で行うことにしていた。魔力暴走をこれ以上起こしたくなかったので、ストニアさんに相談したらこの練習方法を提案してもらったのだ。
最初は一本扱うのに苦労していたが、それもすぐに慣れた。今では大鍋を火の魔法で温めながら三本まで自在に操れるようになっていた。
「カイン、お肉のほうは切れましたか?」
今日のもう一人の料理担当である少年に声をかけた。栗色の髪を短く切りそろえた活発な少年だ。彼は私と同じ歳だけど、背丈が頭一つ分高いので、見上げるとたまに首が痛い。
それに、よく私に魔法勝負を挑んでくる。彼は孤児院の中でも魔法が得意で、将来は魔法師になることを目標にしているし、同じく魔法が得意な私に負けたくないのだろうか。
「も、もう少しで切り終わる! リジーこそどうなんだよ?」
カインも包丁一本で、魔力操作で切っていた。私と一緒に当番する時はいつもこの調子だ。私の操る包丁達はちょうど全ての野菜を切り終え、水盆の水で綺麗にされているところだった。
「ちょうど包丁も洗い終わったところ。あと、お湯も沸いてきたから、切り終わったお肉、入れてくよ?」
カインはすごい勢いで横のまな板に目だけ向けて、驚愕の表情をしていた。
「また負けた! しかもどんどん早くなってくじゃねーか!」
どうなってんだよ、とぶつくさ言いながら切り分けた肉を運んできた。そのまま流れるような作業で野菜たちも投入、味付けしていく。
私は火力調節に集中することにした。味付けに関してはカインの方が美味しいから任せている。孤児院で育ち、よく手伝いをしていたので、その辺りは得意らしい。
カインは生まれてすぐに孤児院に預けられた。娼婦の方が産みはしたけど、仕事に支障が出るからと捨てられたらしい。その親は預けたきり一度も顔を見に来てはいない。
本人は会ったこともない親に思い入れもないので軽く説明してくれたけど、聞いた私は何ともやるせない気分になったのを覚えている。
「そう言えばよ、リジーは何か夢でもあんのか?」
掻き混ぜている鍋から視線を外さずにぶっきらぼうに聞いてきた。
孤児院に来る前は夢があった。母がやっていた魔法薬を作る薬師だ。怪我や病気の治療を治すための薬を作る母に憧れていたものだ。
「私に夢はないよ、やらないといけないことがあるから」
母を死に追いやった元凶を抹殺しなければならない。この一年以上、そのことがずっと頭の中を渦巻いてる。これはまだ誰にも話したことはない。なのに、顔に出ているのか、ストニアさんには復讐はやめなさいと言われるし、メリルには異様に心配される時がある。
私の気晴らしかも知れない。こんなことしても、母も父も喜ばないかも知れない。でも、両親が死んで、その人達が未だ生きていることが許せなかった。
「何でだよ? お前なら偉大な魔法師にもなれるって言われてんのによ。魔法学院で成績はトップだし、優秀な俺から見ても凄い奴って思ってるんだぜ?」
魔法学院はこの街に唯一ある魔法師の養成学校で十二歳から入学できる。ここを卒業した魔法師達は謂わゆるエリート集団で、広く国内で活躍している。
散々悩んだ私は結局入学することにした。目的を果たすにしても自由に動ける身分が必要だ。それに、色々な分野を学ぶことができるので後々に役立つ知識も得られる。
成績はカインの言う通りトップだ。それも、学院始まって以来の成績だった。実は、既に卒業要件を全て満たしていて、入学一年目で卒業が決まっている。
卒業要件はいくつかある。魔法師に必要な技能と知識を見るための技能試験と知能試験がある。加えて、魔法師として活動できるかを見るために論文を一つ以上提出することが求められている。
知能試験は簡単だった。入学する前にストニアさんの持ってる本は読み尽くしていたため、入学時点で知能試験に合格した。技能試験もこの前合格したところだった。
論文については新しい魔法を開発して要件を満たした。今後の活動で必要になりそうな魔法を作っただけだった。それなのに、軽い気持ちで提出した論文が通った時は自分でもびっくりした。
提出した論文は二本。空間転移の魔法理論と実証、それと、情報の空間伝達の魔法理論と実証である。どちらも歴史的な発明だと騒がれた。
私の論文を読んだ先生達は白目を剥いて卒倒してしまった。空間魔法自体があまり開発されてないこともあるが、新しい理論が二つ同時に出てきたからだろう。
そんなこともあり、偉大な魔法師になれると言われるようになった。それはもう会う人には必ず言われている。孤児院内でもそうだし、魔法学院の先生達も口を揃えて言ってくる。
「私は別に偉大になりたいとか有名になりたいとか考えてません。目的さえ果たせれば後は野となれ山となれ、です」
鍋がグツグツ煮える音だけが聞こえていた。
カインはかき混ぜたスープの味見をして頷いていた。いいできらしい。配膳の準備に取りかかった。
「相変わらず変なやつだな。俺なら迷わず偉大になってさらに有名になるのによ」
カインらしい反応が返ってきた。どこから突っ込もうかと思案していると、調理場の扉が開き、お手伝いのキャシーが入ってきた。彼女の後ろには市場で仕入れたパンが積まれている。
「おはよー! 今日もいい匂いねー! 皆んなもうすぐ食堂に来るから運んでしまいましょう!」
スープを入れるための皿はカインが出し終えていたので、私は鍋を運ぶ準備に取り掛かろうとしたが、キャシーさんは思い出したように話しかけてきた。
「そうだ! リジー、ストニアさんが呼んでたからすぐに病院の方に行ってくれる? 緊急らしいのよ」
鍋を滑車に乗せてからキャシーさんの方を見ると、何故かごめんなさいのポーズをとっていた。
「いえ、ありがとうございます。それではこちらの鍋はよろしくお願いしますね」
転移魔法で移動することにした。カインが何か言ってたけどとりあえず無視し、集中するために目を閉じた。転移する場所を慎重に探しながら魔法を構築していく。空間転移なので少しでも障害物があると転移が難しいのだ。
ちょうどストニアの部屋の前の通路に転移できそうだった。座標を指定して魔法を発動した。体がぐんっと前に引っ張られる感覚はいつやっても慣れない。
目を開けるとさっきの調理場ではなく、壁一面、白で統一された見慣れた通路が目に飛び込んできた。ちょうど部屋の前に飛べたようで胸を撫で下ろす。
部屋の中からゴソゴソ物音がする。ストニアは部屋にいるようだ。
扉をノックするとすぐに応答があったので部屋に入った。部屋の両壁は本に埋め尽くされている。奥の窓側にある机には、いつも綺麗に整っているのに、今は大量の書類が積まれていた。
ストニアはと言うと、机から抜き取った書類を鞄に詰めているところだった。
「王都出張の準備ですか?」
呼ばれた理由を聞くべきだだったが、珍しく動き回る彼女を見て別の質問が口をついて出た。
「そうなのよ。例の件で緊急で呼ばれちゃってね。全くこっちの都合なんて考えてないんだから困るわ」
そう言いながら書類の束を鞄に入れていった。その隣には二つ目の鞄と着替えの服などが置かれていたので、手伝うことにした。
「キャシーさんから緊急と聞いてきたんですが、何かあったんですか?」
「王都に行く前に済ませておきたいことがあってね、それを手伝ってほしいのよ」
手を休めずにストニアさんは説明してくれた。
どうやら、また犠牲者が増えたらしい。これで何人目だろうか。最近、ベネスの街中で魔法師達を狙った殺しが頻発している。
犠牲者は皆、胸を刺し貫かれていた。さらに、魔核から魔力が取り出された痕跡も共通しており、魔力売買を目的に殺されているのは明らかだった。
私はストニアに頼み込んで犠牲者達の検査を手伝わせてもらっている。検査の目的は、死体から犯人の痕跡を探し出し、特定することだ。大抵は何らかの痕跡が残っていて、そこから探すことができる。
しかし、この魔法師を狙った殺害は、全くと言っていいほど痕跡が残されていない。恐らく相手は凄腕の魔法師だ。優れた魔法師は自分の魔力を自在に操れる訓練を行なっているので、痕跡を残さず姿を隠すことができる。
荷造りを終えた私達はそのまま死体が安置されている病院地下へ移動した。
今回は男性の魔法師だった。白髪の老人で、街外れで魔法薬を作っている人だった。母と一緒だった頃、何度か会って話したこともあった。
どうしてこんなことができるのか。湧き上がってくるものを押し殺しながら検査を開始した。
「……やっぱり魔力の痕跡は無いわね。よっぽど優れた魔法師なんでしょうね」
ストニアは深いため息をついた。こんな芸当ができるならまともに生きれてもおかしくないはずだ。
それでも殺しているのだから危険な存在であるのは間違いない。街中の魔法師達が警戒しているにもかかわらず、こうして殺されているのだから。
注意深く探したがやはり痕跡は見つからなかった。いつものことながら、見つけられないのは悔しい。骨すらも砕いて貫かれた傷口を見てあることに気がついた。
剣は確かに骨も砕いて貫けるけど、完全に無傷じゃない。例え、魔力強化をしていても何処か刃こぼれを起こす可能性もある。
そこで、魔力探知から物理探知に切り替えてみた。すると、胸の傷口奥にに魔力以外の反応が出た。注意深く取り出す。それは思った通り、ギリギリ目に見える程度の金属のかけらが出てきた。
「これは……欠けた剣の一部かしら?」
ストニアも覗き込んで珍しく興奮していた。初めて魔法師殺しへの糸口を見つけ、ようやく先に進めるようだ。取り出した金属片は小さいながらも不気味なほど光を反射していた。
ーー
「それじゃ、留守の間はみんなのこと任せるわね?」
ストニアは荷物を馬車に詰め込み終えてメリルに向かいあった。危険な魔法師殺しがうろついているので心配なのだ。
「大丈夫よ! リジーもカインもいるし、変な人が来てもとっ捕まえてあげるわ!」
メリルは任せなさいと言わんばかりに胸を張っていた。彼女も魔法学院で卒業要件を満たし、魔法師として認められたばかりだ。
「そう? それならいいんだけど、無茶だけはダメよ?」
「リジー、あなたもよ?」と最後に念押しされてストニアを乗せた馬車は出立した。年に数回はこうして王都へ出張する。
馬車を見送った後、メリルは魔法学院に向かった。新しい魔法薬の実験でクライオ先生の所へ行くらしい。
私は報告書をまとめるため、病院に戻った。それに、今朝見つけた欠けらも気になる。ストニアさんはすぐには辿れないと言っていたけど、何か方法があるかも知れない。
戻りながら上を見ると、空は黒い雲で覆われていて一雨来そうだった。カイン達は洗濯物を取り込んでくれてるだろうか。