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第三十九話 少女の覚悟

 身体支配の魔法はいくつかあるが、それには束縛の強さで分かれている。


 その中で一番強力なものが命縛法だ。これは相手の魔核に直接干渉し、脳からの指令を書き換えることで対象者の動きを制限する。


 この魔法はどんなに優れた魔法師でも解除ができない。命縛法を行使した者だけが解除する権限を持っているのだ。


 無理やり解除する場合、魔核から術者の魔力を排除しなければならない。


 しかし、一度混ざってしまった魔力の分離は不可能に近い。それは色の違う絵の具を混ぜて、そこから元に戻すのと同じことだ。


 もし干渉に失敗した場合、魔核は容量を超えた魔力を注がれることになって本来の機能を失う。


 つまり、魔核から魔力供給がされなくなるのだ。魔力がなくなった人間は極度の魔力不足に陥り、最終的に死に至る。




 命縛法がシェリーにかけられている。その事実に、心臓を鷲掴みにされたような感じがした。


 シェリーが一体何をしたというの?

 彼女は生きようとしているだけなのに、どうして私の大切な人達が狙われるの?


 答えの無い問いが高速で駆け巡る。

 暗い感情を抱えたまま私は殿下を睨みつけた。


 そんな殿下はこの場を楽しむかのように私を見ていた。


「最低限の犠牲で国を守れるなら、この手が汚れようと構わないさ。それに、彼女は後でちゃんと解放してあげるよ? 君が、私の命令に従ってくれればの話だがね」


 最低限の犠牲、それはシェリーのことを言っているの?


 殿下のその余裕を崩さない態度を見ていると、腹の底から抱いてはいけない感情が溢れそうになった。


 私が動けないでいると、ローチェ将軍が口を開いた。



「殿下、貴方は何をしておいでか、お分かりなのですか? 身体支配の魔法は王国法で禁じられております。例え、王族であってもそれは同じ。到底許される行為ではありません。今すぐ彼女を解放してください」


 将軍は殿下に首を垂れ、諭すように、そして罪を認めるよう語りかけた。


「それに、このことはいずれ陛下にも知られるところとなる。この私が、黙っているはずがないでしょう」



 ローチェ将軍の説得に殿下は高笑いをした。今まで聞いたことがないほど冷たく、背筋が凍りそうだった。


「あははははは! ローチェ将軍、それははっきり言って無駄な労力だよ!」

「どういうことですかな?」


 こめかみをピクピク動かしながら将軍は問い返した。



「お父上は病床に伏せられてね、今は公務ができない状態なんだよ。これから戦争が始まる大事な場面だと言うのに、全くもって間が悪いよね!」


 キンレーン殿下は何が嬉しいのか、満面の笑みで笑っている。



「陛下が倒れられた? 昨日まではご健在だったはず……何故誰にも知らされていないのですか!」


「今朝、急に倒れたんだよ。だから、まだ誰にも知らせは出ていない。ま、死にはしないから大丈夫さ」


 殿下は親が倒れているのに心配するそぶりすら見せなかった。周りの貴族達も驚く様子がない。

 王が倒れているのに、この人達は狂っている……。


 その異様な光景にローチェ将軍も言葉を失っていた。


「それと、父上が倒れた以上、誰かが変わりに指揮をとらないといけない。今の私は国王の代理だ。君たちもあまり下手なことを言ってはいけないよ?」



 殿下は手のひらを軽く挙げた。


 それを合図に講堂脇で控えていた衛兵たちが私達を取り囲む。

 皆何かに取り憑かれたように、ギラついた目つきで槍や剣を構えていた。


「ローチェ将軍もお年を召された。故に保守的な考えに囚われ、今の、この国の逼迫した状況を理解されていない。少しの間、静かなところでゆっくりされてはどうだろう? そうすれば手荒な真似はしない」

「やめてください殿下! これでは独裁者そのものです!」



 殿下は声を荒げる将軍を無視し、私の方に向き直った。彼の口角が釣り上がっている。

 私が逆らえば逆らうほど、関係のない人に危害が加わることになる。そう言いたげな表情をしていた。


 シェリーや陛下だけじゃない。下手をすれば街の人も犠牲にするかもしれない。どうやら悩む時間はあまり残されていないようだ。


 私は一歩前に出て殿下を睨みつけた。私の威嚇に全く動じない殿下は鼻歌を歌いそうな笑みで見つめ返してきた。



「二つ、条件があります。その条件を飲んでいただけるなら、私は貴方の命令に従います」


 殿下は頷いて先を促した。


「一つ、シェリーには一切手を出さず、これまで通りの生活を与えてください。二つ、この戦争が終わったら、シェリーを解放してください」


 私の出した条件に殿下は腕を組んで言った。


「一つ目の条件は飲んでやらんこともないが、二つ目の条件は無理だろうね。君は多くを望み過ぎている。交渉するならもう少し上手くやりなさい」



 殿下は私を試すように言った。


 大切な友人を人質に取られ、命令を聞かなければ助けることはできない。その状況でも私は冷静だった。


 この程度の脅しで従えられたのは、私が魔法学院にいた時までだ。今は違う。

 例え、殿下が私の条件を無視しても、私は自分の守りたいものは自分の力で守る、そう決めていた。



 私は静かに魔力を高め、部屋で休んでいるシーズとジークを呼び寄せた。転移魔法を使えば離れた仲間も簡単に連れてこれるのだ。


「これは……リジー様、戦闘ですか?」

「血の気が多い連中だな、やるのかい?」


 シーズとジークは私の尋常じゃない気配を察知し、すぐに臨戦態勢に入った。


「シーズ、私の許可なくシェリーに触れる者がいれば殺してください。容赦はいりません。ジークは、シェリーに自傷行為があったら止めてください」



 シェリーが命縛法で支配されていることを知ると、シーズは怒りを露わにした。いつもの小型獣ではなく、本来の神獣の姿へと戻った。


「それは聞き捨てならないな。弱者を盾にするとは上に立つ者のすることではないぞ! ストルクの末裔として恥を知れ!」



 シーズは咆哮とともに威嚇した。


 それによってこの場にいた多くの貴族は恐れ慄きその場で縮こまる。そんな中、殿下だけは涼しい顔をしていた。



「私の条件を呑めないのであれば、この場であなた方を殺します」


 脅してくる相手に交渉なんてしてられない。脅しには脅しで対抗するまでだ。


 例え、生まれ育った国であっても関係ない。私の大切な人達を進んで傷つけるような国で生きる気は無い。


 私は魔力を最大限に高めて威圧した。

 衛兵達は私の魔力を前に後ずさりを始める。腐っても兵隊。実力を計り間違えるようなことはしないようだ。



「講堂内の人間は衛兵含めて三百人程度……。神獣もいる、君の実力ならほぼ一瞬で皆殺しにされる、か。しかし、君もいい度胸しているね、たった一人のために国を滅ぼすつもりかい?」


 友を捨てるか国を捨てるか、その問いは今の私には滑稽な内容だった。戦う理由はただ一つ。


「私は、シェリーの命の方が大事です。そのためなら……この国だって滅ぼして見せます」



 私の答えに殿下は値踏みするような鋭い目つきで見てきた。負けじと私も睨み返す。

 講堂内は静寂に包まれ、全員が私達の動向を見守っていた。


 どれくらい時間が経ったか、殿下は再び笑い始めた。


「わかった。君の条件を呑むとしよう。君が戦争に勝利した暁には、シェリーの束縛も解除するよ」


 殿下は衛兵達に下がるよう手で指揮をした。


「だが、戦争が終わるまでは私の命令に従ってもらう。もちろん、作戦の方も貴族会の出す方針に従ってもらう。それでいいね?」


 言い終わると殿下は指をパチンと鳴らした。


 その直後、シェリーは糸が切れた人形のように倒れた。

 慌てて抱き起こして確認すると、シェリーの魔力が正常に戻ってくるのを感じた。



「彼女の支配は一時的に緩めた。今は反動で気を失ってるだろうが、じきに目を覚ますよ」



 私が何か言うよりも先に殿下は講堂を後にした。他の貴族たちもそれに倣って退室を始める。

 ただ、私の近くを通るのが怖いのか、壁際の通路を通っていった。




「……私の部屋に戻りましょう。ジークはシェリーを運んでください。ローチェ将軍も付いてきてくれますか?」



 ジークは頷くと倒れているシェリーをお姫様抱っこして歩き始めた。シーズもそれについて行く。

 ローチェ将軍はそれを眺めていたが、徐に口を開いた。さっきまで怒りを見せていた彼とは打って変わって冷静な口調だった。



「同行に異論はないが、これからどうするつもりかね? 今の殿下が約束を守る保証はない。それどころか、戦争が終わっても君を脅し続けるぞ?」



 彼の心配も最もだ。私は殿下の命令通りに動くつもりはない。次の一手はこちらが打たねば搾取されて終わりだからだ。


 他の貴族に聞こえないよう小声で「私に考えがあります」と伝えて出口に向かった。


 ローチェ将軍はそれで何か察したようで、何も聞かずに私の後ろをついて歩き始めた。

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