第三十八話 貴族会の闇
貴族会、それはこのストルク王国において政治の中枢を担っている集会だ。城の大講堂内で定期的に会議している。
国の代表として任命された貴族達が、国王の政策について議論し、実際に活動に落とし込むことをしている。
勿論、議論した結果、陛下の方に代替案を持ち込むこともできる。
しかし、今の貴族達に国王に楯突くほどの勇気を持った者はいない。それは、彼らが今の地位を守るために心血注いでいるからだろう。
上から落ちてきた命令を淡々と進めるだけの会合となっている、とジェットも言っていた。だから、彼らが何か気の利いたことをするのは期待していなかった。
ただし、今は戦争前の逼迫した状況にある。最低限の準備を進めてくれているものとばかり思っていた。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
私は今、欲の皮を分厚く着込んだ者達を睨みつけていた。彼らは皆薄ら笑いを浮かべて私の様子をじっくりと観察していた。
シェリーの年代の貴族達は多少は私に親しく接してくれていたが、親の世代ともなるとこうも醜く見えるのか。彼らを見ているだけでひどい吐き気がしてくる。
私の隣に座っていたローチェ将軍も同じで、怒りで顔が真っ赤になっていた。
それもそのはず、ここに集まった貴族達は戦争の準備を何一つ進めていなかったのだ。補給物資の準備や兵の招集など虚偽の報告をしていたのだった。
「どういうことですか? 説明してください、キンレーン様」
私はこの貴族会の総管理を務める殿下に詰問した。
何故、いずれバレて大事になるようなことをしたのか、私はそれが知りたかった。
他に追求しなければいけないこともあるが、出鼻を挫かれては先に進めない。
私の質問に、殿下はその爽やかな笑みを崩すことなく淡々と答えた。
「説明するも何も、国王の下した命令をより被害の少ない作戦に変更しただけのことだよ? ここに集まった貴族達も身銭を叩いて戦争したくないからね。それに、『星の雫』を継承した者の実力に皆期待しているのだ。光栄に思いなさい」
陛下の立てた作戦は確かに私を前線に配置するものだった。だが、後方にもきちんと部隊を配置して戦闘の負担を分割していた。
しかし、彼がたった今述べた作戦は、その後方部隊の配置を無くし、私一人で戦争するというものだった。はっきり言って作戦ではない。
神殿に同行していた同一人物とは思えない。それほどの愚策を出した彼をまじまじと見つめた。
彼が本気で言っているのならこの国に未来はない。それに、こんな不誠実な人達のために命をかけて戦いたくない。
彼を非難したい気持ちにかられたが、それをぐっと我慢して書類を取り出した。
「殿下、私はその作戦とも呼べない作戦には賛同できません、陛下も許可されるはずがありません。数日無駄になりましたが、今からでもできる準備を進めてください。この書類に書かれている物資と部隊編成なら間に合うはずです」
それは、昨夜、ローチェ将軍と擦り合わせた作戦書だった。急な戦争で戦力が十分でないと想定して練り上げたものだ。
だが、書類を受け取った殿下は、それを目に通すことなく破り捨てた。破れた紙は彼の足元に散らばる。
ローチェ将軍はそれを見た途端に怒りに任せて立ち上がったが、私はそれを制した。
彼の行動は非難すべきだが、ここで暴れては意味がない。私たちが動かないのを見て王子は勝ち誇るように言い放った。
「こんな紙切れは必要ない。君の力で敵兵を殲滅せよ。これは依頼ではなく、命令だ。それに、君は絶対に断れないよ」
王子は近くに控えていた貴族に「連れてきなさい」と命令した。指示を受けた貴族は、彼に礼をして大講堂脇の部屋に入って行った。
静まり返る中、戻ってきた貴族はシェリーを引き連れてきた。
「……シェリー?」
しかし、彼女の目は虚ろで、私の前に立っても何の反応も見せなかった。
彼女のこの表情は何度か目にしたことがあった。軍の任務中に同じような目をした方達を保護したことがある。
「知っているだろうが、彼女の名はシェリー・ルードベル。栄えあるルードベル家の次期当主だ。彼女は、そう、私の命令には逆らうことができない。意味はわかるだろう?」
シェリーの肩に手を置いた殿下を私は射殺すつもりで睨みつけた。彼女が身体支配の魔法をかけられているのは間違いない。そう直感すると私の体は動いていた。
ローチェ将軍が声を荒げる前に飛び出し、シェリーと殿下の間に割って入る。
私の威嚇に殿下は数歩下がって身を引いた。
彼は爽やかな笑みを崩さなかったが、他の貴族たちは私のその行動に騒ぎ始めた。
シェリーを連れてきた貴族が私の肩を掴み、シェリーから引き離そうとするが、邪魔なので青雷の鞘を鳩尾に叩き込む。
「貴様、殿下の御前で、っぐえぇ!」
思いっきり腰を浮かされた貴族はと悶絶して床にくの字に折れ曲がった。それを見た数人が剣を抜いて一斉に斬りかかってきた。
「このっ!」
「やりやがったな!」
男達の怒声が響く。
最初に斬りかかってきた人の攻撃を避け、足を引っ掛けて転ばす。
それに一瞬目を奪われた二人に向かって、今度は互いに引き合う魔法をかけて衝突させた。ぶつかった二人は奇妙なうめき声を上げて折り重なるように倒れた。
そして、残りの人には魔法弾を問答無用に撃ち込んで気絶させていく。
剣を抜いた貴族達があっという間に床に沈んだのを見て、騒いでいた貴族達が一斉に静まり返った。
「リジー! 待ちなさい!」
ローチェ将軍はこの短時間で激しい運動でもしたのか、大粒の汗が額に滲んでいた。
「今ここで争ってもシェリー殿は解放されない! 一度冷静になるんだ!」
「……私は冷静です。シェリーの安全確保が先なので、強硬手段に移りました」
キンレーン殿下を見ながらローチェ将軍に返事を返した。
誰も近づいて来ないのを確認してからシェリーの手を取り、彼女にかけられている魔法を確認した。
瞳の動きと魔核の状態をくまなく調べる。
全力で検知したので、シェリーにかけられている魔法が判明するのに時間はかからなかった。
過去に一度だけ見たことがあった魔法だ。こんなの、嘘であって欲しかった。
「これは、命縛法……」
三年前の記憶が呼び起こされ、胸の中が狂ったように騒めき始める。
かつて、魔法学院のクライオ先生がカインに向けて使った魔法だった。




