第三十三話 光の剣
ストルク王国の城は神殿を除けば国内で一番巨大な建造物だ。それは、街のどの方角からでも特徴的な四つの塔が目に入るほどだ。
そして、四つの塔の中心には箱型の建物があり、その中では城勤めの貴族達や文官たちで溢れかえっている。
この建物の中心には謁見の間がある。そこでは式典を開いたり、他国の使者を迎える場所として日々多くの人が出入りしていた。
しかし、現在この謁見の間にいるのは、ストルク王国の現国王キンレイス陛下とダンストール宰相、それと私だけだ。
キンレイス陛下の見た目はキンレーン殿下とは正反対で厳つい顔をした初老の男性だ。
どちらかと言えばエイン王女を男性にして老けさせたような人だ。ところどころ白くなった髪が栗色の髪と混ざっている。
何故私がここにいるのかと言うと、戦争について、陛下から直接伝達があったからだ。
ちょうどジークとの訓練を終えて部屋に戻るところをフィオに連れてこられたのだった。
私を呼びに来たフィオが退出したところで陛下が切り出した。
「急に呼び立ててすまんな。今日は三つ伝えることがあって呼んだんじゃよ」
見た目の厳つさとは正反対に陛下は柔和な態度だった。式典の時は国王の威厳を放っているが、そのギャップに少し戸惑ってしまう。
実は、陛下とこうして対面するのは二度目になるが、初めて会った時も少し砕けた話し方をされていた。公式の場でない時はいつもこうなのかもしれない。
「まず一つ目じゃが、セレシオン王国との戦場が決まった。今日より二十日後の払暁、日が昇り始めた時が開戦の合図となる。ダンストール、地図を広げてくれ」
陛下に指示された宰相は台の上に地図を広げた。そこには戦地やその地形に合わせた戦術が細かく記載されていた。
「戦場はストルクとセレシオンの国境、北辺境地のジストヘール荒原です。軍の規模から考えて、出発は十六日後、リジー殿には主戦力となって戦ってもらいます」
「敵兵の規模はまだ分からんが、恐らく万を超える兵を準備している可能性が高い。我が国も急いで軍備を進めさせておるが、後手に回っている分、相手の兵力を上回ることはできないだろう」
陛下と宰相の話を聞いて私は内心でため息を吐いた。予想してたが、この戦い、ストルク王国が圧倒的に不利だ。
まず準備期間が短すぎる。この期間では十分な物資も兵も集まらないだろう。作戦を立てたとしても上手く伝わり連携が取れる保証もない。
それに、この荒原は辺りを遮る草木が全くない広い平原だ。正攻法で行くなら相手の戦力を上回らないと勝つのは難しい。
そこで、英雄の力を使いたいということだった。陛下の示した作戦はこうだ。
まず、私が前衛として戦場に立ち、英雄の力を最大限に放って敵の意表を突く。そして、敵兵の陣形が乱れ、分散したところに後衛部隊をぶつけてかき乱す作戦だ。
「確かに敵の位置が丸わかりな状況ですから一点突破でいくのは有効ですね」
ただ、敵軍が別の陣形で来た時の対策が練られていない。そこは戦地に行く者が考える必要が出てくる。
「危なくなったら撤退しますが、出来る限り尽力致します。それで、後衛を率いる方は何方になりますか?」
この場で戦術の修正を話し合っても意味はない。陛下は決定権こそあれど戦術は専門外だ。そこは、より詳しい人、編成された軍の大将に相談する必要があった。
「ローチェ将軍だ。彼は我が国でも随一の知将だ。明日の朝に彼と会議する場を設けているから、作戦の修正は彼と進めてくれ」
そこまで準備されているなら不満はなかった。
戦争に参加しないと言うのが一番だが、今の私は国を左右する程の力を持ってしまっている。自分一人で決められる状況ではない。
「よし、では二つ目の伝達だが、戦争に先立ち、そなたに騎士の位を授けることとなった。昨日の貴族院で正式に決定された。本来は盛大に式典を開くべきだが、有事故、これより簡略式で執り行う」
私が地図を丸めた所で陛下の言葉が続いた。前もってキンレーン殿下からある程度聞いていたので既に覚悟は決まっていた。
私は立ち上がって礼をした。それを見た宰相は、青い生地でできた肩掛けを私の右肩に流すようにかけてくれた。
中心には剣が交差した騎士の紋章が施されている。ゆったりとしたデザインで、肘に掛かっていても動きに制約を感じさせなかった。
私が肩掛けの位置を調整したのを見届けた陛下は、威厳のある顔つきで宣言を始めた。陛下の声が広間に響く。
「これより、貴族位の授与を執り行う。王国軍魔法剣士隊、八番隊副隊長リジーに『騎士』の位を授ける。そして、貴族位と共に新たに『スクロウ』の名を授けよう。『星の雫』を継承した次代の騎士よ、益々の活躍を期待する」
スクロウ、かつてストニアが受けた名と同じだった。
それは古代語で「光の剣」を意味し、騎士の中でも最高位の名だ。それだけの期待が込められていた。
私はそんな期待に応えられるだろうか。ほんの少し不安は感じたが、やれるだけやってみようと思い直した。
「その命、謹んでお受けいたします」
私は再び陛下に向かって礼をした。
こうして私は貴族の仲間入りを果たした。実感は全くないが、与えられた名はずっしりと重たい印象を与えてくれる。
顔を上げると陛下は既に柔和な顔に戻っていた。
「知っているだろうが、その名はかつてストニアが受けていた名だ。彼女は退役する際に返上してしまったがな。そなたは彼女の元で育ったのだから、その名を継ぐに相応しいだろう」
彼女はどん底に落ちた私を救い、ここまで育ててくれた恩人だ。それに、ずっと憧れの目で見ていた彼女に少し近づけたようで嬉しかった。
それを正直に伝えると陛下は満足そうに笑っていた。
「気に入ってくれたようでよかったわい。その名は明日の昼には公開される。しばらくは祝いにくる貴族がくるだろうが無理して対応する必要もあるまい。まあ、エメリナが監視しておるところで横暴する者もおらんだろうがな……」
エメリナはどれだけ警戒、というか恐れられているのだろうか。彼女は陛下も口ごもる程恐ろしい人のようだ。
「さて、次で最後の通達になるが、新たな英雄誕生を記念したパレードを執り行う事となった。開催は急で悪いが三日後の朝執り行う」
宰相が台に王都の地図を広げた。そこには当日の進行ルートが記載されていた。
パレードの進行は城から始まり、城下の西中央にある星教会本殿までまっすぐ突き進むだけのものだった。
ただ、急遽取り決めたにしては驚くほど統率が取れているようだった。普段だったらまだ貴族達で話し合いをしている段階のはずだ。
「この国は良くも悪くも実力主義。わしの下で働く者たちは優秀な人材だけだからな。貴族たちだけで決めさせていれば、こうすぐには決まらなかっただろう」
陛下は当然と言った風に部下たちを褒めていた。宰相も左様ですと言いながら頷いていた。
そう言えば、この人も元は商人の家に生まれ、文官から実力で上り詰めた人だと聞いたことがある。こういう人が多いところでは汚い利権争いは少ないと聞く。
そう考えていると、一つ心配なことが出てきた。それは服だ。今までお洒落から程遠かった私は華やかな衣装を一着も持っていない。
「そう言えば、パレードの準備は私は何もしなくてもよいのですか? 式典用の軍服は持ってますが、その他の服は持ってません」
私が心配していると宰相が首を傾げた。
「リジー殿の衣装でしたら、レイ隊長殿が快く引き受けてくださいましたよ? 『合法的に衣装をプレゼントできるわ』、と嬉しそうにされておりましたが……その様子ですと、まだ話しておられないようですね」
城下一の服屋に依頼をかけ、明日には完成すると既に報告が入っているらしい。
レイ隊長、軍の仕事より迅速に動いてるのは明らかだ。好きなことになるといつもより積極的に動けるいい例だ。
私に服を着せたがっていたからこれ幸い、と嬉しそうにしている隊長の顔が浮かんだ。いや、それよりも彼女は何故私の体格を把握しているのだろうか……。
とは言え、必要なものをすぐに用意してくれるところは後で感謝しておかなければ。私はそう心に誓うのだった。




