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第三十二話 騎士の過去

 開け放たれた窓から朝日が差し込んできた。周囲の建物より圧倒的に高い場所であるため、遮られることなく朝日が入ってくる。


 ここは二日前から私が住むことになった部屋だ。


 城には四つ塔が建てられているが、この部屋はその一塔の最上階にあたる。


 他の塔には国王陛下や王族の三兄妹達が住んでおり、今の私は王族の方と同じ扱いを受けているのだ。


 私は建国以来誰も継承しなかった「星の雫」を手にいれたのだ。この好待遇は不思議と納得できた。


 しかし、住む環境が変わっても、私の生活は今まで通りだ。

 日の出とともに目が覚めた私は訓練の準備に取り掛かる。朝一の訓練は私の日課だ。ストニアに訓練してもらった時からかれこれ三年以上続けている。


 ベッドの上ではシーズが腹を見せながら眠りこけていた。


 城に来てわずか二日しか経っていないと言うのに、この雷獣は自由気ままな生活を送っている。シーズの腹を優しく撫でると深い寝息が返ってきた。


 普段からこれくらい大人しかったらいいのに、と私は軽くため息を吐いた。


 シーズは予想通り戦いが好きな神獣だった。王都に帰ってすぐ、力比べと称して私に挑んで来たくらいだ。

 しかし、問題はシーズとの戦闘で、王都外周にある訓練場が一つ吹き飛んでしまったことだ。お陰で、訓練場を直す羽目になった。


 雷獣の使い所を誤ると、王都が消し飛ぶのは間違いない。気をつけよう。


 それに対して、ジークはしっかりと従者をしていた。エメリナとジェットと協力して私の身の回りの世話をしてくれた。


 昔は一国の姫に仕えていたと言うこともあって、その手際の良さにエメリナ達も舌を巻いていた。



「あら、もう起きているのね? 朝食の準備は訓練が終わる頃でいいのかしら?」


 服を着替えたところで、小気味いいノックと共にエメリナが入ってきた。


 栗色の髪がふわりと肩にかかる優しい女性だ。王都に来た当初からずっと世話になっていて、その包容力はストニアとはまた違った安心感を与えてくれる。


 昨日付けで私の世話役に任命された彼女は、どこから聞いたのか、私のスケジュールを完全に把握していた。起床する時間、訓練の時間なども把握している彼女は絶妙なタイミングでサポートしてくれるのだ。


「はい、ありがとうございます。訓練は昨日と同じ時刻に切り上げます」


 青雷を収めた腰ベルトを装着していると、エメリナが私の髪を結ってくれた。肩まで伸びた黒髪は丁寧に後ろで一括りにされていた。


「はい、これで終わりよ! それにしても、あのシェリーって子、あなたのことよく見てるわね。その髪留め似合ってるわよ」


 エメリナは私を見ながら満足げに頷いていた。

 昨日シェリーから貰ったばかりの髪留めを早速つけてくれたようだった。赤い宝石のついたそれは、鏡ごしに煌めいていた。


 神殿で助けてくれたお礼としてくれたものだった。


 これはただの髪留めではなく、宝石部分に魔法陣を組み込める魔法具としても使える。


 それも純度の高い宝石なので高度な魔法陣も組める高級品。貴族の中でも特に上層の者たちしか手にすることのできない代物だった。


 最初はこんなにいいものを貰っていいのかと思ったが、「友情の証」と照れ隠しに言われたら受け取るしかなかった。その代わり、シェリーにも特製の魔法具を渡すことにした。


 机の上には昨日の夜作った魔法具が置かれていた。イヤリング型の通信具だ。


 二つあるこれは、装着した者同士の声を送り合うことができる。これを耳につけていれば、離れていても会話ができるようになるのだ。



「これが通信具だなんて開発部が見たら卒倒しそうね」


 エメリナは新しい通信具を見ながら言った。現在、軍で試験中の通信具はこれよりもずっと大きい。


 基本理論は完成しているため、後はどれだけ小さくできるか、技術者の腕が試される。開発部の方達も優秀で、すでに一回り小さいサイズの通信具を作っていた。


「私の場合は保有魔力の桁が違いますから、魔法具の圧縮も簡単なんです」


 星の雫を継承した私は、大地の魔力を自由に扱える。その魔力を使えば魔道具の圧縮は簡単だった。


 何回か失敗はしたが、コツを掴んでからはすぐに作ることができた。



「さすがは英雄の力といったところなのかしら? でも、その力を戦い以外に使うところがリジーらしいわね」


 エメリナはそう言うといつの間にか交換したベッドのシーツをたたみ始めた。これから部屋の掃除をするようなので、私は彼女に礼を言って訓練場に向かった。



 王都の外縁には民家が立ち並ぶが、その中に軍の訓練場がいくつかある。今日はそのうちの一つ、私とシーズが吹き飛ばした場所で訓練することになっていた。今はジークが整備をしてくれているはずだ。


 訓練場が近づくと、所々小さなクレーターも見えて来た。その中心でジークが穴埋めの作業をしているのが見えた。


「リジー様、おはようございます。少しお待ちください」


 私の到着に気付いたジークは、挨拶をすると私の返事を待たずに作業を再開した。


 彼は魔法を使って地面を均しているが、その手際の良さは見ていて飽きなかった。あっという間に整備を終えたジークは汗一つかいていない爽やかな顔で戻ってきた。


「お待たせしました。リジー様が来られるまでに終わらせようと思っていたのですが、久しぶりの魔法なので勘が鈍っていましたね」



 さっきの魔法はかなり洗練されているように見えたが、彼からするとまだまだらしい。多分、私よりも魔法の扱いが優れている、そう直感できた。



「ありがとう、ジーク。それじゃ、早速始めましょう。今日の訓練は魔力の出力制御が目的です。ジークは私の攻撃がどの程度なのか客観的に見て欲しいです」


 私は訓練の流れを説明し、模擬戦を始めた。

 シーズから聞いた通り、ジークの戦闘の腕は確かだった。私の虚をつく攻撃も全て紙一重で躱していたのだ。


「今の攻撃は……当たれば人が灰になりますよ」


 私は青雷を握って訓練していた。一昨日初めて使ってみたが、内蔵魔力が多すぎるため、制御が非常に難しかったのだ。


 今後、いつ必要となるか分からないため、慣れないといけなかった。



「それなら、これはどうですか?」


 剣の出力を極限に抑えた突きを放った。ジークはそれを魔力強化した手で弾いた。私は弾かれた勢いのまま横に跳んでジークの反撃を避けた。


「今のは切りつけられた部分は焼き切られますが、当たりどころによっては死なない一撃、ですね」


 この剣はただ振るだけでも人を焼き切る威力を残す。城下の見回りで犯罪者と対峙する際は下手をすると殺してしまうので使用に向いていない。


 この剣は、戦争において最大の効果を発揮する。それがジークの評価だった。


 帰りの馬車で一応聞いてはいたが、実戦で試してようやく納得した。


 戦争の詳細の日取りや場所は近日中に知らされるが、少なくとも私は戦争に参加することになる。


 しかし、私は戦争のことを考えると気が滅入った。それは戦いに行くことへの嫌悪ではなく、敵兵を殺すことに対して戸惑いがあったからだ。


 彼らにも帰る家がある。愛する人、家族だっているはずだ。そんな人達を殺すのだ。考えない訳にはいかなかった。




「国を、民を守るために覚悟を決めなければならない時があります。ですが、それまでは憂いていてもいいのではないでしょうか」


 私の顔をじっくり観察していたジークは、攻撃を躱しながら突然語り出した。まるで私の心が読めているかのような的確さだった。


「私が人間だった時も戦争がありました。当時の私は隊を率いる立場でした。時に殺戮することに悩み、苦しみました。本当にこれが最善の行動なのか、別の選択をしておけばよかったのでは、と」


 横薙ぎの攻撃を弾いてそのまま蹴りを入れてくる。それを避けた私は一度距離を取った。



「それでも私が戦い抜いた理由は簡単です。そこに守りたいものがあったからです。姫様、親友、隊の仲間達。私は彼女達を守りたかった。勝てば平穏な時に戻れる、そう信じて戦いました」



 結果、ジークは戦争には勝利したものの、幾度の戦いで守るべき姫も仲間達も全てを失ったのだった。


 私は攻撃の手を休めてジークを真っ直ぐ見据えた。彼は昔を懐かしむように目を瞑っていた。


 その瞼の裏にはかつての仲間達でも映っているのだろうか。ジークは直立したまま動かなかった。


「この話は私のつまらない過去。リジー様が気になさることはありません」


  目を開けた彼はいつもの無表情に戻っていた。幾千年の間で彼は多くのものを失ったのかもしれない。



「貴女に覚えておいて欲しいのは、戦争には何が正しいか、という答えはないということ。自分の信じる道を選んだら、最後まで走り続けなければなりません。それが例え、多くの屍を築くことになってもです」


 私が何のために戦うのか考えて欲しい。そう言っているように聞こえた。

 私の戦う理由は彼と同じになるのは分かっているはずだ。

 それでも敢えて言葉にして伝えたのは、覚悟が決まっていない私への叱咤。彼の優しさだったのかもしれない。



「ありがとう、ジーク。私は……まだ覚悟が決まってなかったみたいですね」


  そう言って、私は再び剣を構え、ジークに向かって行った。



 ベネスにいるストニア達や王都のみんなを守りたい。この時の私は、そのことを思い浮かべていたのだった。

いつも読んで下さりありがとうございます!



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