第三十一話 神殿の守護人
飛行の旅は思いの外短かった。すでに出口の光が見え始めている。
名残惜しいけど飛ぶのはいつでもできる。王都に戻ってから存分に楽しもう。
出口が大きくなるにつれ、私は飛行速度を徐々に落としていった。天井が高いといってもかなりの速度で飛んでいるため一歩間違えれば天井に激突してしまう。
その心配が功を奏したのか出口を抜けたところでピタリと静止できた。辺りを見回すと見覚えのある空間に、見覚えのある貴族たちの顔が見えた。
「っと、よかった、どうやら戻ってこれたようですね」
「お、終わったんですのね、ようやく」
下では少しぐったりしたシェリーがブツブツ言っていた。
しかし、彼女に声をかける前にどっと歓声が上がった。
私たちが戻ってきたのを見た貴族達が歓声をあげたのだ。彼らは口々に「新しい英雄の誕生だ!」と讃えていた。
「ジークは下で起きたことを知っているからな、皆にも話して聞かせたんだろうよ」
首を傾げた私にシーズの解説が入った。なるほど、それでこんなお祭り状態なんですね。
私は両手を突き出して喜んだり抱き合う貴族達を見て納得した。視線を真下に向けると、キンレーン殿下とエイン王女が拍手で出迎えてくれていた。
「リジー、よく生きて帰ってきた!」
私が近くに着地するとエイン王女が抱きついてきた。シェリーも一緒になって抱きしめられた。
普段見せない彼女の行動に驚いたが、それだけ嬉しいということが伝わってきた。
顔には出ていなかったが、私に万が一がないか気が気でなかったらしい。抱きつく腕が背中に食い込む。エイン王女は私達に怪我がないのを確認すると胸を撫で下ろした。
「リジー。まずは、『星の雫』の継承おめでとう! 我が国は最強の戦力を手に入れることができた。王族を代表して感謝するよ」
エイン王女の横に並んだ殿下は私に礼をした。
私は殿下達に礼をした後、地下で起こったことを報告した。
継承の儀の内容やジルが死亡したことも。シェリーにも私が来るまでのことを説明してもらった。ジルはシェリーを回復役と壁役で連れ込んだということだった。
二人は顔色ひとつ変えずに私たちの報告を聞いていた。
「ジルさんのご遺体は、回収できる状態ではありませんでした。こちらに入っているのが彼の遺品です」
腰に括り付けていた袋から剣の柄を取り出した。キンレーン殿下はそれを受け取ると柄の紋章を確認した。血を拭うとルードベル家の紋章が現れ、ジルが装備していたものであったことを如実に物語っていた。
「報告感謝する。ルードベルの現当主には私から説明しておこう。いらぬ誤解を招く必要もないだろう。君、シェリー・ルードベルだったね。君には同席してもらいたいのだけど、いいかな?」
「ひゃっ、ひゃい!」
殿下はシェリーに確認のつもりで聞いた。突然話しかけられた彼女は少し高めの声で返事をしていた。王子と面と向かって話すこともないから緊張しているのだろう。
そう言えば、神殿で起きたことは外に出れば忘れるはず。彼はどう説明するつもりなのだろうか。そう考えていると、殿下が再び話し始めた。
「さて、新しい英雄が誕生したんだから今すぐ祝いたいところだけど、まずは王都に戻って父上に報告しなければいけない。リジー、今後の行動については王都で改めて伝えることになる。それまでは疲れを癒しておくといい」
殿下は今後の予定を簡単に説明してくれた。英雄誕生のパレード、貴族位の授与などが大きなイベントとなっていた。セレシオン王国との開戦まで時間的猶予があまりないので全て簡易式で進めるとのことだった。
「パレードは分かりますが、貴族位の授与はどういうことですか?」
貴族位の授与、それは平民が貴族の爵位を受け取り、王国に対して忠誠を誓うというものだ。これは国に対してそれなりの働きをした者に見返りを与えることを意味する。私は確かに「星の雫」を継承したが、まだ何の功も立てていないのだ。
「まだ正式に決まっていないが、君には『騎士』の位が与えられる。この時期に授与するのは、君のこれまでの働きと今の実力を鑑みての評価だ。次も期待しているよ!」
キンレーン王子はそれだけ言うと他の貴族たちの誘導を始めた。地下にいる時間が長かったらしく、すでに撤収の準備が進められていたようだ。気絶していた貴族たちも目を覚ましているようで背を丸くして歩いていた。
「シェリーも心身ともに疲れただろう。暖かい飲み物を用意させているから馬車で飲みなさい」
エイン王女はそう言うとシェリーを出口へと促した。
「は、はい! あの、リジーは?」
私が動かないのに気づいたシェリーは訝しげにこちらを見た。
「私は少し、彼と話をしてから戻ります。シェリーは先に休んでいてください」
シェリーにそれだけ伝えると、私は台座の方へ視線を向けた。神殿の守護人ジークは少し離れたところでじっと私を観察していたのだ。
「……分かりましたわ。馬車で待ってますわね」
私達のただならぬ雰囲気を察知したシェリーは潔く身を引いた。エイン王女も私とジークを一瞥したが、何も言わずに出口へと向かった。
「私に何かご用ですか? ジークさん?」
皆がいなくなったのを確認してから彼に問いかけた。彼の顔や髪は光のように白かったが、青い瞳だけは色あせず私を反射していた。
「ジークで構いません。貴女にお願いがございます」
彼は私の前まで進み片膝をついた。
「私を、貴女の側においてください。貴女の守護人として、お仕えします」
ジークの声か辺りに響いた。
私は面食らって動けなかった。星の雫や神器のことでも教えてくれるものと思っていたからだ。
「おいジーク。お前、神殿の守護人だろう? 守護人が神殿を離れてどうするんだ?」
元のサイズに戻ったシーズが噛み付いた。怒っているのか低い唸り声で威嚇している。
「守護人は何も神殿を守っているわけではない。神殿にある神器と『星の雫』を守るための存在だ」
ジークは顔色ひとつ変えずに私と剣を交互に見て言った。
「そのどちらもが継承されたとなれば、継承者を守護するのが私の責務となる」
「ふんっ。お前はアイルの意に背き、今までの継承者には従わなかったじゃないか。今更何を変えようって言うんだ?」
シーズは彼が今まで神の命令に従っていなかったことを怒っていた。神の命令は継承者が現れるまで神器を守り、新たな継承者が見つかればその者に仕えると言うものだった
しかし、ジークは何千年もの間、継承者が現れても従うことはなく神殿に留まったと言う。
ならば何故、彼は私に従う気になったのだろう?
私が尋ねるとジークは目を伏せて言った。
「貴女のそのお姿、私が仕えていた方と瓜二つなのです」
「……どう言うこと?」
私の質問にはシーズの心底呆れたようなため息が返ってきた。だが、シーズは何か言うでもなくジークに先を促した
ジークは観念したように説明してくれた。
彼は元々王国の騎士で、黒髪に赤い瞳の私にそっくりな姫に仕えていたと言う。
彼は常に姫のために働き、彼女の命令には忠実に従う騎士の中の騎士だった。
「ですが、私は最後に彼女の命に背きました。国を、未来を守るために、一生を捧げると誓った主人に背きました」
ジークと目が合う。真剣な青い瞳には小さな私が写り込んでいるのが見える。
「私はそのことを今も悔やんでいます。果たせなかった誓いを果たすまで、継承者たちに従うわけにはいかないのです」
「で、その姫にそっくりなリジーが現れ、罪滅ぼしのつもりで従うと言うことだな?」
未練がましい奴め、とシーズは吐き捨てた。
「ま、連れてくかどうかはリジーが決めることだ。未練タラタラな従僕だが、元騎士だから魔法と槍の腕は確かだよ」
それだけ言うとシーズはまた小さくなって私の頭に飛び乗った。私は腕を組んで跪く白髪の青年を見下ろす。
彼は顔を上げて私と視線を交わした。何を言われても動じない、すでに心を決めた目。数年前、私がストニアに王都に行きたいと言った時と同じ目だ。
あの時とは状況は大きく違う。それでも、不思議と彼に近いものを感じた。それに、戦力になるのなら申し分ない。
私は彼の鼻が触れるところまで顔を近づけて言った。
「私は復讐者です。お姫様と違って非道な命令もします。それでも、私に付いてきてくれますか?」




