第三十話 星の飛翔
人なら空を見上げ、一度は考えたことがあるはず。いつか自由に空を飛んでみたい、と。
しかし、そんな夢物語は小さな手足、非力な人間の力では到底できるものではない。
魔法という理不尽な力があっても実現できないことはある。それこそ山のようにだ。理論はあるがそれを実現する魔力が足りない、そもそも理論すらない絵空事だってある。
「いやあぁぁぁぁぁ!!」
「はっはー! こりゃいいぞ! もっとだもっと!」
風をきる音に紛れてシェリーとシーズの叫び声が聞こえてくる。私たちは今、継承の間から神器が静置されていた場所へ移動していた。もちろん飛んで。
かなり深いところにいたのか、目前で灯している明かりでも先は見えない。それでも、着実に出口に近づいているのがわかった。
「リジーの嘘つきーー! これのどこが楽しいんですのーー!!」
「そうですか? 風と一つになったみたいで楽しいですよ?」
私たちの反応は真逆だ。
シェリーはこの体が宙に浮く感覚が苦手なようだった。彼女が全力で握る手が痛い。軽く触れてるだけでいいと言ったのに忘れているようだ
私も空を飛ぶのは初めての体験だったが、ここまで楽しいとは思わなかった。思わず速度を上げてしまう程には気持ちいい。服が押しのける空気に煽られてパタパタと出す音も心地よかった。
風に身を任せながら少し前のことを思い出す。
私は二人が戯れている間にここから出る方法を考えることにした。空間転移で一気に移動したいところだが、ここは虚数空間。現実の空間ではないため、転移魔法は使えない。
虚数空間を行き来できるようにするには新たに理論を組み直し、実際に使えるか検証をする必要があった。転移魔法の理論から検証に数節もかかったのだ、ここで新たに組み終える前に餓死してしまう。
「壁をよじ登るか、足場を高くしていくか、いくつか方法はありそうですね」
その他には、魔力操作で純粋に浮く方法があったが、魔力消費が激しく、ほとんど浮き上がれないのが欠点で見送った。
いくつか口に出して考えていると、最近構築した理論でまだ検証中の魔法があったのを思い出した。空間魔法の一つ、浮遊魔法だ。
転移魔法は二つの空間の間を瞬間的に繋いで入れ替える魔法だ。理論の構築自体は難しいが一度構築してしまえば、移動は一瞬のため比較的簡単に使えるようになっていた。
それに対し、浮遊魔法は周囲の磁力を操作して浮き上がる魔法だ。
理論上は浮き続けている間に磁力操作を行使すれば飛んで移動することが可能になる。ただこの魔法は磁力操作自体に相当の魔力を消費するため、浮き続けることができなかったのが問題になっていた。
しかし、星の雫を継承した今、永続的に魔力を引き出せる魔核があるので使えそうだと気づいたのだ。
思い立ったら即実行の精神で浮遊魔法の構築を始める。そして、初めて星の雫から魔力を引き出した。
自分以外の魔力を操作するのは訓練しないと難しいが、私の魔核と融合しているそれは自前の魔力と同じ感覚で扱うことができた。
「予想してた通り、一度飛んでしまえば後は簡単ですね」
完全に磁力を支配した浮遊魔法は容易に私を空中に浮き上がらせた。バランスを取るのが少し難しいが、慣れれば自在に飛べるようになるだろう。
シェリーの頭くらいの高さでふわふわ漂っていると、私が浮いているのに気づいたシェリー達が騒ぎ始めた。
「リ、リジーが飛んでますの!? な、何の魔法ですの?」
「まさか浮き上がるとは! 今回の主人には驚かされるばかりだな!」
シェリーは口をあんぐり開けて驚いていたが、シーズは興奮して瞳孔が開いていた。二人の前に浮きながら近づいた。
「浮遊魔法を試したんですが、うまくいきそうです。少し練習したらここから出ましょう」
さすがにすぐに移動を始めるのはリスクが高すぎるので、検証前に残っている懸念事項を確認することにした。上下の移動や左右の移動、そのほか細かい動作の確認を進めた。
「……急停止する時に負荷がかかるのは今は仕方ないですね。とりあえず、上に飛んでいくだけなら今の方法でも問題なさそうです」
一通り確認が終わったのでシェリー達に移動することを伝えた。シェリーは少し困惑していたが、他に方法もないので了承した。
「わしはリジーに乗るぞ。小さくなるからそう心配するな」
そう言うと、シーズはみるみる小さくなっていった。
あっという間に掌サイズにまで小さくなったシーズは軽々と私の頭の上に跳びのった。確かに重さを感じさせないが、神獣の威厳が無いように思えてくる。
「いきなり雷獣が王都に現れたら国民の皆様が混乱どころかパニックになりますわ。必要以上に騒がれないと言う意味では、私はそのお姿の方が宜しいと思いますわ」
すっかり慣れた様子のシェリーは私の頭に乗っているシーズを撫でた。
心なしか彼女の目がキラキラしているのは気にしないでおこう。シーズも抵抗することなく満足げに唸っていた。
「それじゃ行きましょう。シェリーは私の手を握ってください。私に触れていれば浮遊魔法が適用されますから大丈夫です」
シェリーは恐る恐る私の手をとった。宙に浮く未知の体験をするのだ、怖くなるのは無理もない。
「わ、分かりましたわ……そ、その、落とさないでくださってね?」
「大丈夫ですよ。慣れれば楽しいですから」
おずおずと聞いてきたシェリを安心させるため力強く頷いて返した。それを受けてシェリーは決心したように目を閉じた。
視線を上に向けるとさっきまで遠く感じた出口が見えた。
私が英雄の力を継承するなんて思いもよらなかった。
これから先、私の存在は常に注目されることになる。初代国王以来、初めて継承したのだから間違いない。
エイン王女のことだから私に息苦しい生活をさせることはないのだろうけど、今までの生活に戻れないことは明らかだった。
ただ、この力は悪いことばかりではない。
理論は構築できていたが実現できなかった魔法がいくつもある。それらを検証するには十分な魔力を引き出せるようになった。
魔法技術の発展にさらに貢献できるのはいいことだ。
それに、私が追い続けている『灰』を探るのにも役立てられる。
これから忙しくなるかな、そう先のことを考えながら浮遊魔法の構築を始めたのだった。




