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第三話 真実は口から

 朝日が部屋の中に入り込んできた。カーテンは開けっぱなしのため、白い壁に朝日が反射し、病室全体が明るくなってくる。


 病院で目覚めてから一節経過していた。両親の死からはまだ完全に立ち直れてないけれど、ストニア達と触れ合って少しずつ元気になってきていた。


 魔力を取り込んだことによる拒絶反応はしばらく続いたが、体が順応して少しずつ動けるようになってきていた。ストニアが言うには、あと一節あれば退院できるらしい。


 とは言え、外に出て遊ぶ体力は戻っていないので、部屋で過ごすように言われていた。


 ストニアと話す時間は日に何度かあるが、彼女も病院の仕事もあるため、付きっきりという訳にはいかず、一人でいる時間の方が長かった。



 ただ、幸いにストニアさんが魔法書を持っていたので、数冊借りて暇な時間はそれを読むことにした。最初は驚かれたが、以前から母の魔法書を引っ張り出してはこっそり読んでいたことを説明すると快く貸してくれた。


 彼女が持っている本は病理や生理のことに関した魔法書が多かった。最初は分からないことが多かったけど、読み進めるうち、いつの間にか理解ができるようになっていた。


 今日も日が昇る前に目が覚めた私は、魔法で作った照明を頼りに魔法書を読みふけっていた。



「リジー! おはよう!」


 メリルの元気な声が今日も扉の向こうから聞こえてきた。わたしは読みかけの本を閉じて出迎えに行った。



「おはようございます。メリルさん」


 扉を開けて挨拶を返した。扉の前にいたメリルは、ベッドのシーツを抱え、手には庭で摘んできた花があった。わたしが退屈しないようにと毎日摘んできた花だ。


 メリルは孤児院の中では年長者らしく、他の子達の面倒を見たり、病院の手伝いをこなしていた。朝はわたしに会う口実を作るためにシーツ交換の役を引き受けていた。


「今日は白い花が綺麗だったから入れ替えしとくね」


 シーツを机の上に置きながら言い、そのまま窓辺の花瓶の花を交換に向かった。


 わたしは礼を言いながらベッドのシーツを交換した。魔法が使えたら楽なんだけど、しばらく安静にするように言われたため手作業で進める。


 起きて動けるようになってからはシーツ交換は自分ですると申し出た。ストニアもリハビリになるからと了承してくれた。最初の頃は慣れなくて時間がかかったけど、最近は素早く交換できるようになってきていた。


「シーツ交換早くなってきたね! もう少ししたら私より早くなるかな?」


 そう言ってメリルはテーブルに腰掛けた。栗色の髪が朝日を反射してキラキラしてる。


 ベッドに腰掛けながら相槌を打ちしばらく談笑した。どうやら孤児院の誰かがおねしょをしたらしい。朝から大変だったと愚痴を言っていた。


 朝の鐘が鳴るとメリルは孤児院の方へと戻っていった。今日も魔法学院に行って勉強があるようだった。


 魔法学院はこの街に一つだけある魔法師を育てるためのところだ。そこの卒業生達は優秀な魔法師となって各地で活躍する。ストニアもそこの卒業生だったらしい。


 十二歳から入学し、十六歳で成人するまでの四年間通い続ける。卒業条件は厳しく、入学した人の半分しか卒業できない。だからこそ、卒業後は活躍できるのだろう。


 メリルは今年十三歳で二年生だと言っていた。この間も試験があったらしく、その試験前日には、わたしの部屋に押しかけて魔法の練習をしていたくらいだった。


「リジーも試験受けてみたら?」


 魔法学院の話をしている時にそうやって持ちかけられたこともあった。あと一年経ったら十二歳になるので受験資格が得られる。


 ストニアが言うには、わたしの魔力量は普通の人達と桁が違っていて、努力すれば優れた魔法師になれると言われた。しかし、今はまだ学院に入学する意思は持てなかった。


 両親の死からは立ち直りつつあったけど、未だに引っかかることがあった。父が母を殺したこと、それと、あの時壊れた魔法具だ。


 初めて見る物だったし、魔法陣の複雑さからしても高度な技術で作られたものに違いない。


 ストニアから借りた本を読むうちに生体に関する魔法も理解しつつあった。そこで仕入れた知識を照らし合わすと、あの魔法陣は人体に何らかの作用をするためのものだということにも気づけた。それに、あれが壊れた後に流れ込んできた魔力からは母の気配を感じられた。


 そのことに気づいてからは、どうしても魔法具の存在と母の死を結びつけて考えてしまっていた。

 あの魔法具は母の魔力を奪い、溜め込む入れ物のようなもので、魔力を奪うための条件は人を殺すことでは?

 あまりに恐ろしい考えに行き着いて身震いした。


 まだそうと決まった訳ではないけど落ち着かなくなった私は、あの時の魔法陣を検証してみることにした。もしかしたら思い違いかもしれないし……。


 魔法陣の詳細は鮮明に思い出せた。わたしは大きめの紙に魔法陣を書き写した。そこから魔法陣の内容を読み解いていくことにした。



 ……やっぱりこの魔法陣は魔力を貯めるためのものだった。魔力の経路は魔核から始まり入れ物へ直接納める方式で無駄のない構造になっている。


 魔核は人間の心臓に存在し、体内から魔力を出し入れする役割を担っている。この魔核からの流れが速いほど一度に使える魔力が多くなる。ただ、保有魔力が少ないと扱える量も少ないので、たくさん魔力を保有している方がいいとされている。


 魔法陣の中には魔核に関する記載がまだあった。読み解いていくと嫌な予感は的中した。この機構は魔核ごと人を殺すことで、殺した人の体内魔力を一度に全て放出させる機構だった。


 父は、母から魔力を奪うために、そのためだけに殺したというの……?

 いつもわたしの魔法を褒めてくれていたお父さんがそんなことしたなんて、信じられない気持ちだった。



「っ! やっぱり……気づいてしまったのね」


 唐突に声をかけられて顔を上げた。そこには悲しそうな表情をしたストニアが立っていた。「気づいてしまった」ということは、あなたはこのことを知っていたの?


 わたしが無言で訴えていることを知ってかしらずか、ストニアはわたしの描いた魔法陣から目を離さず椅子に腰掛けた。


「貴女が退院してから、真実を打ち明けようと思っていたのだけれど、貴女は自力でたどり着いてしまったわね」


 そう言って、あの日、父が何故、母を殺したのか話して聞かせてくれた。


 それはわたしの予想通りで、母から魔力を奪うために刺し殺したというものだった。しかも奪った魔力は闇市で売りさばき、自らの借金返済に充てるためだった。


「それに、貴女のお父さんは貴女も殺して魔力を奪うつもりだったのよ」


 淡々と話していたストニアは手に持っていた袋から見覚えのある赤い宝石を取り出した。忘れるはずもない、母の命を奪ったあの魔法具と全く同じものだ。


「これは貴女の魔力を取り込むために用意されていたものよ」


 今、目の前にあるそれは、父の鞄の中から見つかり、一緒に取引の契約書もあったそうだ。


 ストニアの話を聞きながら、あの日の光景を思い出していた。そういえば父は泣いてたっけ。あれは、母を殺した罪悪感だったのかな。



 分からない。分からないけど、凝り固まってた物がなくなっていく感覚だった。初めてあの出来事に向き合えた。納得できたわけではないし、許せない。それでも、前に進めると思えた。


「あの、二つ聞きたいことがあります」


 ストニアをまっすぐ見ながら質問した。彼女は微笑みながら見つめ返していた。


「あら、二つでいいの?」

 いくらでも質問していいのよ?と言う表情をしていた。わたしは最初の質問を投げかけてみた。


「この魔法具はどこの組織から出回っていますか?」


 答えはすぐには帰ってこなかった。


「最初の質問にしてはいきなり核心的な部分をついてきたようだけど、何か理由があるの?」


「単独でやるには無理があると思います」


 わたしは自分なりに考えていたことを話した。今まで感じたことのない感情が胸の中で激しく暴れていたが、わたしの思考は不思議と聡明だった。


 まず、この魔法具、かなり高度な技術で作られているのは間違いない。これを作るには必ず数人、もしかしたらもっと人が必要になるはず。それに、集めた魔力は高値で取引されている。これは、財力のある組織、あるいは貴族とかがいないとできないと考えるのが妥当だ。


 わたしは一度区切ってストニアさんの出方を伺った。


「つまり、個人というより組織的活動と捉えるのが妥当と考えたわけね?」


 うなずいたわたしを見てまたも嬉しそうに見つめ返してきた。やっぱりお母さんみたいな人だ。娘が頑張ってる姿を見守るような視線で見つめてくる。



「貴女の考えている通りよ。この魔法具を作り出しているのは『灰』という組織よ。国軍の部隊も調査をしているのだけど、中々足取りが掴めていないのが現状。だから、これ以上の情報はないの。ごめんなさいね」


 ストニアは申し訳なさそうに答えたが、わたしは内心喜んでいた。怒りをぶつける相手が明確にいて安堵したのだ。この組織がいなければ、父も母も死なずに済んだのだから。




 次の質問は何かしら? とストニアさんは促してきた。頭の中で敵を消しとばす想像をしていたわたしは、現実に連れ戻される。


わたしは流れるように、どうしてこの事件に詳しいんですか、と純粋な興味から湧いた疑問を出した。



「私は病院で先生をしてるからね、少なくとも魔道具の被害にあった人達を沢山見てきたのよ。国軍の活動にも時々参加してるから大体の情報は知ってるわ」


「ストニアさんは軍人?」と思わず聞いてしまった。彼女は笑っていた。どうやら軍から依頼されて、期限付きで協力しているようだった。


 その後は軍医の話や魔法学院時代の話に移っていった。

 ストニアさんは優秀だったらしく、四年間通うはずの学院をたった二年で卒業したらしい。早く卒業する人でも3年はかかるそうなので相当すごいことだろう。


 貴女もそれくらいで出られるんじゃないかしら、などと冗談混じりに言われたけどそんなすぐに出来ることでもない気がする。


 単に学院の入学を推薦されたんだろうけど、答えは保留することにした。退院した後どうなるか知らなかったからだ。


 実は、あの日、父は家も全て売り払った後、母を殺したそうだ。ついでという形で前に教えてもらった時はストニアさんを恨みそうになった。

 だから帰る家も家族もない。


 そういう不安を伝えると、わたしを孤児院に迎え入れる予定だと話してくれた。わたしが眠りから覚めた後、すぐに手続きをしてくれていた。


 嬉しくてまた泣いてしまった。もう泣かないと決めてたけど、独りにならないと思えると自然と暖かい気持ちになった。

 どうやらメリルにはまだ伝えていないそうなので、今夜教えてあげようと計画した。これからが大変だけど、暖かい人達が側にいるから頑張って生きてみよう。



 わたしの気持ちを映したかのように、窓から見える空は晴れ渡っていた。


 その後、しばらくして退院したわたしは、隣にある孤児院で暮らし始めることになった。

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