第二百九十九話 夜風の出会い
ヴァーレが戦場から消えると、私はジークに連れられて王城に戻ることになった。
幸いジークがヴァーレの魔法弾を全て弾いたため、街の被害は殆どなく最初の展望塔の爆発だけだった。
その爆発も、シーズが身を呈して庇ったらしく、住人への被害はなかった。
シーズの前脚の骨折は、その時の爆発を直に受けたせいだった。
そして、爆発の騒ぎの中、迷子を連れていたシェリーがアニスに捕まってしまったと言う。
「すまんリジー。シェリーが連れ去られたのはわしの油断が招いたものだ」
治療中にシーズはそう言って謝罪したが、謝らなければならないのはむしろ私の方だった。
突然始まった戦いでもジーク達は最善を尽くしてくれた。それなのに、私はアニスに負け、シェリーを取り戻すことも、ヴァーレを倒すこともできなかった。
しかし、そのことに対して誰かが責めてくることはなかった。
陛下もエイン王女も、よく敵を退けてくれた、と礼を言うだけで私が負けたことには何も言わなかった。
理由は簡単だ。現状、天教会との戦いは私が主戦力であり、生命線である。その私が早々に負けを認めてしまえば、この戦争は戦う前から負けることと同じだ。
それは国王としても認める訳にはいかないのだろう。途中がどうあれ、最後は勝ってしまえばそれでいい。そんな期待を込めた目で私を見ていたような気もした。
シーズ達にも気にするなと、言われて慰められたが私の気分は晴れないままだった。
アニスと名乗った白仮面は間違いなく私よりも強い。
ほんの一瞬の攻防だけだったが、私よりも力が強く、戦いの技術も私より洗練されていることは理解できた。
下手するとジークとシーズと協力しても勝てないかもしれない。
しかも、アニスの戦力には、ヴァーレとメローの双子、リーグの妹のクーチェまでいる。そして、ヴァーレに与えられた混沌の力は他の二人にも備わっていると考えるのが妥当だ。
そんな集団にもう一度対峙した時、本当に勝てるのか、そう問われても私は首を縦に振る自信がなかった。
もちろん負けるつもりはないし、シェリーも救いたい。しかし、そんな思いとは対照的に、集中しきれていない私もいた。
アニスと対面してからどこか足が地につかず、心がふわふわしたような感じが続いている。キンレイス陛下達に見送られ、天教会に向けて出立しても私は落ち着かなかった。
ずっと動揺したままなのか、隣を歩くジークとシーズを見ても何一つ言葉が浮かんでこなかった。
「リジー様、お顔が優れておりませんが、やはりシェリー様のことが心配ですか?」
遠くをぼんやり眺めて歩いていると、心配そうなジークの声が聞こえた。しかし、私はただ「大丈夫」とだけ言って歩く方に集中した。
本当は不安でいっぱいだったし、手を握って欲しかった。
だがこのまま甘えてしまえば、私は戦えなくなってしまうかもしれない。
そう自分を戒め、私はこれからの戦いに思考を巡らせた。
ただ、一人で考えても何か出るはずもなく、気がつけば辺りは暗くなり始め、ジーク達は野宿の準備を始めていた。
ちょうど天教会とストルク王国を挟んで中間の場所のようで、南側には小高い丘が見えていた。周辺にはいくつかの村があり、村の明かりが揺らいで見えていた。
「私、少し風に当たってくるね。近くの村を回ってくるだけだから一人で大丈夫よ」
軽い夕食を済ませた私は、火の魔法を緩めていたジークに言った。
ジークとシーズは互いに見合ったが、何も言うことなく見送ってくれた。今は無性に一人になりたい気分だったので、彼らの気遣いはありがたかった。
それから村の周辺をぶらぶらしていると、星明りに照らされる池が見えてきた。近くに田畑もあるので周辺の村が利用するためのため池なのかもしれない。
風が吹くと水面が静かに揺れて、僅かに反射していた星達が踊っていた。
「何もない場所だけど、不思議な場所ね……私、前にもここに来たことあるのかな」
揺れる水面に懐かしさを感じた私は、近くのあまり湿っていない草地に腰掛けた。
そのまま目を閉じると優しく吹く風の音と、さらさらと揺れる草の音だけが聞こえる。騒つく胸が落ち着くことはなかったが、少し冷静になった私は昼間に考えていたことを整理することにした。
私はこれからアニス達と戦うことになる。
それは誰のためでもなく、私自身が生き残るためだ。
その反面、シェリーを助けないといけない、世界を守るために戦わなければならない、と言う考えが私の力を奪っていくようだった。
それは自分自身の正義感に縛られていることが原因で起きている。いわば無意識にの内に自分に課した制約だ。
この考えがある限り、私は全力が出せずに負けてしまうのだろう。
だがこの正義感は、私が三年かけて手に入れて来たものでもあった。
復讐心しかなかった時にはなかった心の余裕を生み出し、私に感情を戻してくれた大切なものだ。色んな人と関わった大切な思い出もある。
それでも勝つためには一度捨てるべきなのかもしれない。今までよりも非情になれば、戦うことにだけ集中できるだろう。
「今の私にできる……かな」
冷えて来た両手を温めつつ独り言をこぼした。小さな私の独り言は風にさらわれて消えていく。
「ま、何に迷ってるかは分からないけれど、多分君ならできると思うよ?」
しかし、この場にいるのは私だけではなかった。突然背後に感じた声と気配に私は急いで立ち上がった。
悩み事を抱えている時は私は注意散漫になるようだ。私のすぐ後ろには青年が一人、微笑みながら立っていた。
見たことない顔だったが、彼の顔立ちは驚くほど整っており、どこかの王族と言われても納得できる雰囲気があった。
「あなたは……誰?」
優しそうな笑みを見せる青年に敵意はない。ただ風になびく服を抑えるだけで何もしてこなかった。
それでも最大限に警戒した私はゆっくりと訊ねた。




