第二十九話 星の雫
神アイルはかの者に告ぐ
生者にはいつか終わりが来る。
神もまた同じ、時の世界の住人。
例え永劫の呪いを持ってしても、世界は永遠ではないのだから。
受け身をとる余裕もなかった。魔力強化で最低限の強化はされているが、地面と激突するのは痛い。
私が痛みに呻いていると、二人ぶんの足音が聞こえてきた。正確には、一人と一匹が。
「リジー! お怪我はありませんの?」
駆け寄ってきたシェリーに抱き起こされ、傷がないか念入りに観察し始めた。
地面にぶつかった膝や肩はは痛かったが目立った外傷はなかった。それを確認したシェリーは安心したように胸を撫で下ろした。
「てっきり気を失っているのかと思ったが、案外元気そうだな」
私がシェリーの手を借りて立ち上がったところで雷獣が近寄ってきた。
「これで、力を示せましたか?」
私は念のため聞いた。正直、次の戦いがあったらどう転んでも勝てない。私の質問に雷獣はニヤリと口角が上がった。
「安心しろ。さっきの戦いで力は示された。儀式はこれで完了だ」
雷獣が言い終わると、足元の床が再び光り、小さな光の玉が浮き上がってきた。その玉からは計り知れない魔力を感じる……。
「神の使いの名において、これより『星の雫』を与える。星の雫は、大地の力を引き出すための魔核だ。多少、苦しいかもしれんが死ぬことはない」
宙に浮いていた『星の雫』は私の胸の中に吸い込まれていった。
「あっ!」
直後、自分以外の魔力が魔核に直接送り込まれる衝撃が走る。
私はこの感覚に覚えがあった。かつて、母の魔力を取り込んだのと同じ感覚だ。前回は一度に大量の魔力が入り込んだため魔力操作に集中しなければいけなかった。
しかし、今回はその心配はなかった。取り込まれた『星の雫』は私の魔核と融合すると、少しずつ魔力を放出し始めた。
そのおかげで体への衝撃はあったけど、苦労することなく新しい魔力を体になじませることができた。
それは時間にして僅かな間だった。深呼吸を十回終える頃には、私は「星の雫」を完全に取り込んでいた。
意識を集中させて体調を確認する。体に変化はない。意識も正常だ。少し胸が暖かく感じるくらいだろうか。
一通り確認したところで、改めて新しい魔力の凄まじさに驚いた。
私の魔力は普通の人と比べても桁違いに多かったが、その魔力ですら比べるに値しないほどだった。雷獣は大地の力と言っていたがそれも頷ける。
以前よりも強力になった魔核を制御しないといけない制約はあるものの、まさに無限の魔力がいつでも使える状態になったのだった。
「……驚いたな。この短期間で取り込んでしまうとは。お主は前の継承者より優れた使いになるかもしれんな」
雷獣は今日一番驚いたようだった。私でも、前に一度経験していなかったら、もっとかかったかもしれない。
「前の継承者、それはリーグ・ストルクのことですか?」
雷獣は首を縦に振って肯定した。リーグも同じように星の雫を継承した時、丸一日かかって取り込んだらしく、私が瞬く間に取り込んだのが衝撃だったのだ。
「昔、わしは奴に従っていた。雷獣は『星の雫』を継承した者に従事することになっているからな」
一度雷獣は言葉を切って、私の前に来ると青白い頭を伏せて言った。
「今日より、わしの主人はお主だ。我が主よ世話になるぞ」
神話時代から存在しているこの雷獣なら英雄リーグを知っているのも頷けたが、さらに彼に従事していたというのには驚かされた。
彼の伝記には雷獣の存在が書かれていなかったからだ。そのことを言うと雷獣は大口を開けて笑った。
「そりゃそうさ。奴はわしを表舞台で使うことはなかった。奴は慎重な人間でな、必要以上に目立つことをしなかったのさ。王になったのも周りに持ち上げられて仕方なく就いたくらいだぞ?」
わしは戦いたくて仕方なかったがな、と雷獣は昔を懐かしむように豪快に笑った。
私はガハハと笑う四足歩行の神獣を眺めて思った。
この雷獣、もしかして戦闘狂だったりするのかな。だとしたら、英雄リーグは無駄な殺戮を避けるために使役しなかったのかもしれない……。
「そう言えば、ここからはどうやって出るんですの?」
英雄リーグにひっそりと心を通わせているところでシェリーがポツリと言った。確かに、継承の儀が終わったのだから出口が現れてもおかしくはない。
「出口なら天井にある。上を見な」
雷獣に言われた通り見上げると、天井の真ん中に、大きな四角い穴が空いていた。
かなり上まで続いているのか、先が見えない。これを登っていけと言うことだろうか?
見た限り壁に窪みはなく、指をかけて登れそうにない。
「こんなの登れませんわ……」
同じく上を見上げていたシェリーが絶句していた。
「神が言うにはな、継承した力に慣れてもらうのが狙いらしい。わしもついて行くから、頑張って登ってくれ」
雷獣はことも無げに突き放す。この神様は本当に嫌なことをして来る。ただ、嘆いていても仕方ないので出る方法を考えよう。
「雷獣さん、そう言えばあなたのお名前は何と呼べばいいですか?」
脱出方法を考えながら名前を聞いた。これから一緒に行動するのであれば名前で呼びたかったからだ。
「わしに名はない。雷獣なり何なり、好きに呼んだらいい」
雷獣は興味なさそうに首を振って答えた。
それだと私が躊躇してしまうので何と呼ぶか決めよう。神獣だし、古代語とかいいかもしれない。
昔、母に教わった古代語から良さそうなものを一つ選ぶことにした。
「……それじゃ、あなたのことはシーズって呼びます。よろしく、シーズ」
そう言って手を伸ばすと、私のしたいことが筒抜けになってるようで、雷獣、シーズは頭を近づけて撫でさせてくれた。見た目に反して毛はふかふかで滑らかな手触りだった。
一頻り撫でるとシーズは半歩下がり、前足を器用に使って毛並みを揃えていた。
「古代語でシーズは『友』だったか。また洒落た名だな。ならば、わしもお主のことは名で呼ぶことにしようか、リジーよ」
シーズは照れる事もなく名前を受け入れた。毛繕いを終えたシーズはシェリーに近づき挨拶代わりに頭を擦り付けに言った。
「えっ、あのっ、ちょっ!」
シェリーは突然のことでしどろもどろに何か言おうとしていたが、シーズの毛並みの良さに気付いて撫でるのに夢中になっていった。
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