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第二百八十九話 早朝の動悸

 頬に冷たい風を感じ、私はいつもより早く目が覚めた。


 窓に目を向けると空はまだ薄暗く地平線からはまだ太陽が出ていなかった。空の暗さから見ても日の出までまだ少し時間があるだろう。


 ふわりと吹き込んで来る風が少し肌寒い。ただ、その冷たい風が私の寝ぼけた頭を引き戻す。


 この窓を開けるのは、日中、私がいない間にエメリナが掃除をする時と、シーズが外に散歩に出かける時だけだ。


「シーズはお出かけ中なのね、どうりで目が覚めるわけね」


 恐らく早朝の散歩にでも出かけたのだろう。

 私はここにはいないシーズにほくそ笑み、開きっぱなしになっていた窓を閉めた。


「けどシーズがいないと暇ね……どうしよう」


 ベッドに腰掛けた私は金色の文字を書いて宙に浮かべた。いくも浮かんだ文字は、私の周囲を踊るように周回を始める。


 私はそれを摘んだり頭に乗せたりして時間を潰した。

 普段、起きてすぐはシーズを撫でて過ごしているので、今日のように一人の朝は手持ち無沙汰なのだ。



「そうだ、朝の訓練にもまだ時間があるし、久し振りに読書でもしようかな」


 周回する文字を見てふと思いつき、私は寝巻きのまま応接室に向かった。


 この時間なのでエメリナもまだ来ていないはずだ。ジークもこの前まで三日間寝ていたので、体は本調子ではない。日が昇っていない今ならまだいないだろう。


 しかし、その考えは私の油断だった。

 応接室の扉を開けた瞬間、対面の壁側で本を手に取っているジークが目に飛び込んできた。


「あっ、えっ、ジーク……?」

「リジー様?」



 ジークも扉の開く音で振り向き、私と同時に声をあげた。


 彼はすでに普段着に着替えており、数冊の本を抱えている。私よりも早く起きたらしく、ここで待ちながら読むつもりだったのかもしれない。


 互いに目が合った状態で私達は固まってしまった。何と挨拶するのか忘れてしまうほど静かな時間が流れていく。



「えっと、お、おはよう。ジークも早起きしてたのね」


 しばらく見つめ合い、私はどうにか挨拶を絞り出した。起き抜けで喉も乾いているので少し声が掠れてしまう。


「おはようございます……リジー様も、早かったですね」


 ジークはそれも同じだったようで、掠れた呼吸音と一緒に挨拶を返してきた。


 未だに本棚に手をかけたままなジークだったが、彼はそれを思い出したように、手に持った本を机の上に置いた。


「静かに入ったつもりでしたが、起こしてしまいましたか?」


 ジークの動きを黙って見つめていると、彼は視線を私から外して言った。その不思議な行動に疑問を浮かべた瞬間、私は寝巻きのままだったことを思い出した。



 最近は着替えていたので、彼に寝巻き姿を見られるのは随分久しぶりだった。髪も梳かしていないので横に跳ねた寝癖もたくさんある。



 それに気づいた瞬間、私は熱湯に浸かったように顔が赤くなるのが分かった。以前は何とも思わなかったが、最近は寝癖を見られるのも恥ずかしかった。


「あっ、その……わ、たし、着替えて来るね……」


 それだけ言い残し、私は踵を返して手にかけたままだったドアを閉じた。



 激しい胸の音が耳の裏から聞こえて来る。

 ドアを挟んだ向こう側では困り顔のジークがいるはずだ。顔を手で覆っても本を手に佇むジークの姿は消えなかった。


「ううっ、また失敗した……今の逃げ方は絶対に変だって思われたよね……」


 ベッドに飛び込み枕に顔を埋めると、自然と声が漏れた。


 目を閉じるとついさっきの光景が繰り返される。あの時のジークの視線、間違いなく私の服と髪を見ていたはずだ。


 羞恥心に支配された私は枕を抱きしめて転がった。そもそも私の反応は城の人達が遠目で見ても気づくぐらいだ。

 間近で見ているはずのジークだけが気付かないと言うのは不自然だ。


 しかし、それだとジークが何も言ってこないのは変だ。少なからず異性としての好意があるなら、私に対して何らかの行動を取ってもおかしくない。



 むしろ今まで何もしてこないのは、ジークが私に特別な感情を持っていないからなのかもしれない。


 ただ従者としての立場を弁えているからと言うことも考えられたが、負の思考が張り付くと中々抜け出せなかった。


「私、魅力がないのかな……ジークってどんな人が好みなんだろう」


 枕を手放し寝巻き姿の体に視線を落とした。もう十八歳になるはずの体は三年前から変わっていない。


 身長も伸びなければ、起伏が大きく出ることもない。大人の女性には程遠い体つきだ。

 彼の好みは分からないが、代わり映えしない体に思わずため息が出てしまった。



「お、起きておったか。すまんの、窓を閉め忘れておったようで、起こしてしまったか?」


 その時、かたん、と音がして窓が開いた。朝の散歩からシーズが戻ってきたようで、外の冷気を纏いながらベッドに着地する。



 シーズに気づかれれば後で絶対に悪戯して来る。


 寝巻きを持ち上げ胸元を広げていた私は、慌てて手を離して起き上がり、膝元にあった薄いシーツを羽織って寝巻きを隠した。


「ん? どうした? そんなに赤くなって、変な夢でも見たか?」

「ううん、何でもないの、気にしないで」


 どうやら私が寝巻きを弄っていたことには気づいていなかったようで、シーズは不思議そうに小首を傾げていた。変な方に邪推はしているが、いつものことなので軽く流すことにする。


「それより、今日は珍しく朝の散歩に行ってたのね。何か面白いものでも見つかった?」


 シーツを握って胸元を閉じた私は話題を反らすつもりで訊ねた。


 シーズの散歩は気まぐれで日によって違う。王城の上から鳥を追いかける日もあれば、郊外に出て走り回る日も、街中を散策する日もある。

 日によって変わる探検話を聞くのは全く退屈しない。


「ん? ああそうだの、今日は別塔に行ってリズとシェリーで遊んで来たの」


 シーズは私と目が合うと、何でもないと言わんばかりにそのままベッドに寝そべった。


 しかし、私はそれで一気に頭が冴えてしまった。

 普通なら聞き流してしまうところだったが、今はまだ日も登っていない早朝だ。そんな時間にリズとシェリーとシーズが遊ぶなんて変だ。


 それにシーズはそれ以降私と目を合わせようとはせず、ソワソワとしていて落ち着きがない。何かやましいことでも隠しているのだろうか。


 小型化しているシーズの両脇を挟んで持ち上げ、私は無理やりシーズと目を合わせた。


「お、おいリジー? これは一体何の真似だの?」


 いつも冷静なシーズが小さく抵抗する。視線も右左に飛び回っているので尚更気になってしまった。


「シーズ、私に何か隠していることがあるなら教えてくださいね? こんな朝から何を企んでいましたか?」


 私は持ち上げる手に力を込めながら聞いた。少し魔力強化もしてシーズが大型化しても逃げられないようにする。


 ほんの少し漏れた魔力も効果があったようで、シーズは大きくびくりと跳ねると、観念したように耳と尻尾が垂れ下がった。

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