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第二百八十七話 仮面の素顔

 アル様からの告白は私を存分に満たしてくれた。


 告白から日没までは僅かな時間だったけれど、彼から受け取った愛情はかけがえのないものになった。


 彼との確かな絆は、どんな事があってもなくならない。

 これから殺し合うことになっても、しっかり向き合える気がした。


 そして最後にもう一度だけ唇を重ね、またね、とだけ言って別れた。


 さよならだけは言いたくなかったので、アル様も同じように返してくれたのは嬉しかった。


 さよならでなければ、また今日のように会える日が来るかもしれない。そう思い、少しだけ気が軽くなった私は転移魔法具で天教会の自室に戻った。



 今日だけで何回も転移魔法を体験したので、腰が引っ張られる感覚にも慣れた。移動時の違和感がなくなるといつもの部屋の感覚に切り替わった。


「おかえりなさい、今日は楽しかったわね」


 一息つこうと椅子に腰掛けると、聞き慣れた自分の声が背後から飛んで来た。今日一日、この天教会で留守番をしてくれた私の分身だ。



 とは言え、彼女は私の魔力だけで作られているので感情というものはない。私が触れれば私の中に戻っていくだけの存在だ。

 それでも彼女の存在がなければ、私はアル様と会うこともできなかった。


「お留守番ありがとう。今日は本当に幸せだったわ。それもこれも、あなたがいてくれたおかげよ」


 そう言って私は自分の分身を抱き寄せた。


 待つだけと言うのは存外に辛いものだ。感情はない魔力なのに、それでも私は礼を言いたくなってしまった。自分自身にお礼を言うなんて可笑しな話だ。


「うふふ、自分にお礼を言うのも変な気分ね。同じ魔力で同じ記憶も持ってるのに」


 分身の私も可笑しくなったのか口を緩ませて笑った。そしてそのまま形が崩れて私の魔核へと戻って行った。


 その瞬間、分身が持っていた記憶が流れ込んで来た。


 今日はオーヴェルは教会の仕事で忙しかったらしく、幸いにも私の様子は見に来ていない。後はヴァーレとメローが昼頃に遊びに来たくらいで、平穏な一日だったようだ。


「さ、まずはお着替えね。いつまでも余所行きの服だと気づかれてしまうわ」



 一日分の記憶を消化した私はすぐにブラウスを手に取った。


 いくら分身がいて気付かれなくても服装が違えば誤魔化せない。教会全体に探知魔法を飛ばし、誰も近くにいないことを確認しながら急いで着替えていく。

 後はこの服を見つからないように片付ければ完璧だーー



「戻ったようね、お忍びのデートはどうだったかしら?」

「ひっ!」


 着替え終わって気が緩んだ瞬間だったので、突然背後から飛んで来た陽気な声に私は思わず悲鳴をあげてしまった。


 慌てて探知魔法を飛ばすと、仮面の下でほくそ笑んでいる主人が開け放った窓辺に腰掛けていた。



「あ、主人様、な、なんのことでしょうか。デートだなんて、私そんなこと……」


 無言で歩いてくる主人に私は口がうまく回らなかった。


 さっきの口ぶりからして私の今日の行動は筒抜けのようだった。言い訳をしても意味はなかったかもしれない。


 無表情で近づいてくるので怒っているのかどうかも分からない。二年前のオーヴェルの仕打ちを思い出した私は身がすくんでいた。


「そんなに怯えなくても大丈夫よ。別にアルドベルと密会してても怒らないわ。強い女だって、時には休息が必要よ」



 しかし主人は何をするでもなく私を通り過ぎ、手近にあった椅子に腰掛けた。


 私が無断で外出していたことは全く気にしていないようで、彼女の口もゆっくりと緩んでいた。

 ただ一点、言葉の節々に棘が抜けていないところだけは気にかかった。


 そんな私の疑問に答えるように、彼女は仮面の奥からため息を吐きだした。


「私が気に入らないのはね、あのパーリルって男よ。全く、いくら私が手を出せないからって、断りもなく侵入してくるなんて自由人にもほどがあるわ」


 しかも私への挨拶は適当に済ませていくから余計に腹がたつわーー



 最後は小声で言った主人は小さく首を振った。彼女が私を待っていたのは、この愚痴を言いに来ただけのようだった。


 パーリルはこの世界で唯一中立な存在。

 それでいて今日のように自由に動き回ることもあって、仮面の主人がため息を吐くのも分かる気がした。



 恨み節を一通り吐き出した彼女は、しばらくすると落ち着いたように椅子に深く腰掛けた。


 少し疲れたような仕草をしていたが、それが逆に人間らしい一面だったので、私は思わず口を緩めてしまった。



「主人様はやはり不思議なお方です。残忍な一面を見せたと思ったら、人付き合いに苦労する普通の人の一面もあって……まるで別人の二人が交互に出てるみたいね」


 彼女の怖い面と話すのは躊躇するけれど、今の優しい彼女とは気軽に話せた。


 この二年で会話して分かったことは、普段の彼女は温厚で優しい性格の持ち主だ。私やヴァーレ達を相手にする時は聖母のような柔らかさもあった。


 双子も彼女には懐いているようで、時折り彼女の膝を取り合うように寝ていることもあったくらいだ。

 その光景は仮面などなければ、親子と言われても納得できたかもしれない。



 そんなことを考えていると、主人は私の頭を人差し指で小突いた。



 その瞬間、彼女から魔力が溢れ出し、私を覆い始めた。


 全てが凍りそうな冷たい魔力。余りにも冷たい魔力に当てられ、私の背中は本当に凍りつくようだった。



「私のことは詮索しないほうが身のためよ? オーヴェルのようになりたくなかったらね。でないと悪戯するわよ?」


 そう言ってクスリと笑った主人は立ち上がり、扉の方に向かった。さっきまで私を覆っていた彼女の力はどこにもなく、いつも通りの部屋に戻っていた。


「ああ、それと……計画は明日から始めるから双子達にも伝えておいてね」


 呼吸も忘れて彼女の背中を追っていると、主人はついでと言わんばかりに言い残して部屋から出ていった。


 さっきのあの瞬間、仮面の下の彼女は凶暴な性格をしていた。少しでも動けば消されそうな恐怖が目の前にあった。



「計画……そうだわ、あの子達にも説明しておかないといけないわね」



 しばらく恐怖で動けなかった私は、どうにか用事を口にし、無理矢理動くことにした。

 もうすぐ戦いが始まる。体の震えが治るまでの間、その考えは私の中からすっぱりと抜け落ちていた。

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