第二百八十話 王女の予感
リズはこの二年で驚くほど強くなった。
その成長速度は私の予想以上で、星の雫の力を解放しない状態なら、全力を出した私と長時間戦い抜ける実力だった。
大きく変わったのはやはりアネット山でフォレスと対峙してからだ。あれ以降、リズの攻撃の鋭さが一気に増した。そして、その成長は今もなお続いている。
戦いの才能は私以上だ。その全てを昇華させた時、リズは間違いなく私を抜いて王国で一番の使い手になるだろう。リズの猛襲をギリギリのところで全て弾きながら、私は内心でため息を吐いた。
彼女の急成長は嬉しいが、もう私が教えることはなく、今日で弟子を卒業する。そこに何とも言えない寂しさもあった。
しかし、これからは共に切磋琢磨していける相手ともなるので、やはり嬉しさの方が少し多いかも知れない。
一撃でも当たれば大怪我に繋がる攻撃だったが、私は不思議と口元が緩んでしまった。
「隙ありです!」
私の緩みを瞬間的に読み取ったリズが、間髪入れずに飛び込んできた。ただ、私は口元は緩んでいたが意識はリズに向いたままだ。
鋭い横薙ぎを近づいて勢いを殺し、そのまま足を踏み出して弾き飛ばした。
「詰めが甘いですよ、リズ。次は私の視線もみてくださいね?」
数歩離れた距離に着地したリズに容赦無く魔法弾を打ち込みながら言った。
リズも予想していたのかその攻撃は難なく処理する。その瞬間に彼女との距離を詰め、振り下ろしをリズに放ったが、それは同じく距離を詰めてきたリズに相殺されてしまった。
「さっきのはわざと見せた隙だったんですね。もう、危うく騙されるところでした」
互いに剣を押し付けていると、リズはにっこりと笑顔になって言った。今の状況では場違いな笑顔に、悪寒を感じながらも私は相槌を打った。
実はこの半年ほどはより実践を意識して本物の武器を使用した真剣勝負をしている。
初めこそはリズは緊張した様子で戦っていたが、ここ最近はその緊張も解れている。私の軽い指摘にも笑顔で答えてくるようになった。
しかし、戦い慣れている私でも、本気の戦いで笑顔になることはない。それなのに、リズは命のやり取りが挟まるといつにも増して笑顔になるのだった。
彼女に開いてはいけない扉を開かせてしまったのではないか、と不安にもなるが、彼女は無自覚でやっているらしい。快楽的な思考で戦っているわけでもないので、私が何かをする必要もなかった。
それに、戦いで笑顔を見せるとリズは攻撃が鋭くなるし、集中しているということでこのままでもいいのかも……
さっきより数段鋭くなったリズの攻撃を防ぎながら、そんなことを考えていると、
「ところでリジー姉様、一つお聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
とリズの方からも思案するような声が聞こえてきた。
戦闘中に聞きたいことがあると言うのはリズにしては珍しい。
すでに彼女の実力は測れているので試験はもう終わっている。彼女の話でも聞こうと、私はリズから距離を取った。
「少し休憩にしましょうか。その間、リズの質問にでも答えましょう」
私はそう言ってそのまま訓練場の壁を背に腰掛けると、リズも倣うように私の隣に腰掛けた。
「それで、リズの聞きたいことって何ですか?」
まだ荒い息をしているリズに訊ねると、彼女は真剣な面持ちで頷いて言った。
「リジー姉様はジークさんのことが好きですよね? そのことで少し教えてほしくてーー」
リズの最初の言葉が聞こえた瞬間、私の胸は激しく脈打った。
てっきり戦闘に関する質問だと思っていた私は、リズの不意打ちな切り出しに、彼女の話を聞くと言うことも忘れてしまった。
私がジークのことを好きなのはエメリナとシェリーにしか話していない。二人には念押しで話さないように言っているので、リズが知っているはずがないのだ。
「リジー姉様? あの、大丈夫ですか?」
思考の渦に陥っていると、横からひょっこりとリズの顔が飛び込んできた。
悪気がないリズは純粋な表情で首を傾げている。
「え、ええ、大丈夫よ。それより……私の話はどこから聞きましたか?」
遠くで聞こえていたリズの話を思い出しつつ、私は詰まりながらも聞いた。
私と目が合ったリズは一瞬の間に思案したが、すぐに合点がいったように薄っすらと微笑んだ。
「安心してください。これは誰からも聞いていませんし、リジー姉様がジークさんのことを好きなのは、私含めて皆さん気づいてますから」
「えっ……?」
リズの優しい微笑みに、私は思わず息を飲んでしまった。
エメリナとシェリーから漏れていなければ、リズの直感でも働いたのだろうか、と思っていた。
だがそれは私の予想以上の内容だった。
「リズ。み、みんな、と言うのは……誰のことを言っています?」
急に恥ずかしくなった私はリズの袖口を摘んで聞いた。その先の話は聞きたいとは思わなかったが、私のことがどこまで知れ渡っているのか気になってしまった。
「ええっと、そうですね。とりあえず王城勤めの方と魔法剣士隊の方々は殆どがご存知だと思いますよ?」
私の緊張をよそに、リズは顎に手を当てながら言った。
どうやら普段私とすれ違う人達には知られているようだった。
ジークと一緒にいる時は態度に出ないように平静を装っていたが、それほど分かりやすかったのだろうか。
「リズは……えっと、いつから気付いてましたか?」
私に聞きたいことがあるらしかったが、今はそれどころではない。心を落ち着けるためにも私は話を続けざるを得なかった。
「私は半年くらい前からそうなのかな、と思っていました。王城の皆が噂し始めたのは、二節くらい前だったと思いますよ?」
リズの女の勘はかなり優れているようだった。半年前と言えば、私がジークを強く意識し始めた頃と重なる。
しかし、その訳を聞くと私は一人納得してしまった。
リズが言うには、半年前から私の服装が変わり始め、見た目も清楚になってより女性らしくなった、と言われていたらしい。
そして、極めつけは私がジークを見る時だ。彼を見つめる時の私は、他の人の時と違って熱が篭っているようだった。
「皆さん言ってましたよ。ようやくリジー様にも報われる時が来たって」
私の恋の話なのに、リズは自分のことのように嬉しそうにして言った。しかし、私は彼女とは対照的に、余りの恥ずかしさに一気に顔が熱くなってしまった。
実践訓練を切り上げておいてよかった、と私はふと思った。戦いながら聞いていたらリズに一撃を貰っていたかもしれない。
戦闘中よりも熱くなった顔を、私は手で扇いで冷ましていった。




