第二十八話 少女の全力
「……ジー! リジー、しっかりしてください!」
シェリーの声がはっきり聞こえると同時に、視界がぼんやり明るくなってきた。どうやら気絶していたようだ。シェリーの顔を見ると目が赤く泣き腫らしていた。
「リジー! よかった! 生きてましたのね!」
私が目を覚ましたのに気づいたのか、シェリーは泣きながら喜んだ。
周囲を見回すと、後ろに壁があった。反対側の壁にはほデンベスがこちらの様子をじっと窺っている。
どうやら私は反対の壁まで吹き飛ばされ、衝撃で気絶したようだった。
記憶が混濁してるのか、何か夢を見ていたような気がする。
「シェリー、私はどれくらい気絶していましたか?」
立ち上がって体の調子を確認した。背中は少し傷むが、それ以外に怪我という怪我はなかった。デンベスの攻撃はマジックアーマーを破壊しただけで済んだようだ。
「ほんの少しの間ですわ。そんなことより……怪我の方は大丈夫ですの? あんな攻撃、普通の人間なら死んでいてもおかしくないのよ?」
私が思いの外元気にしているのを見て、シェリーは泣くことも忘れて呆気にとられていた。
「さっきのは危なかったですね。私のマジックアーマーが消し飛んでいますから、次受けたら確実に死にます」
尻尾の攻撃だけでこの威力なら、あの爪の攻撃は絶対に受けてはいけない。
それに、ギリギリでかわしてカウンターを狙うのも得策ではない。カウンター諸共、体当たりで吹き飛ばされる可能性がある。
そう戦闘の分析をしていると、音もなく雷獣が近づいてきた。
「さっきの攻撃で死ななかったのはさすが継承者の器だな。わしも驚いたぞ?」
表情の変わらない雷獣だったが、それでも興奮しているように見えた。鼻息荒く喋るこの雷獣はこうして見ると可愛く見えた。
「大きさの割に速いんですね。完全に油断してました」
そう言って、私はデンベスに再び向き直った。私が気絶している隙に止めを刺すこともできたはず。そうしなかったのには何か意図があるのかもしれない。
「あのデンベスは君が動き出すまで動くことはない。次はどうするかね?」
雷獣は私の考えを読み取ったように話しかけてきた。私が起きるまで待っていたのはそれが理由かと一人納得した。
それでも問題は大きい。対人間の間合いで戦えば間違いなく殺される。陽動の魔法弾も弾かれて意味をなさない。
あれほど巨大な生物を相手にするなら一撃の破壊力を上げて隙を突くしかない。
手元にある剣を見る。デンベスの尾の攻撃で刀身が粉々になっていた。あれと戦うには武器が必要だ。
ふと視線を下に向けるとシェリーの腰にある剣が目に入った
「シェリー、貴女の剣を貸してください。私のは折れてしまいましたから」
「えっ? それは構いませんが、こんなので太刀打ちできるんですの?」
シェリーは私の腰に下げてある神器を見て言った。これを使った方が勝機が高いと思っているようだった。確かに、この剣を使えれば対等以上に戦えるかもしれない。そう、鞘から引き抜ければの話だ。
「この神器、継承者として選ばれるだけでは抜くことはできないみたいです。恐らく、『星の雫』の力がないと剣本来の力を引き出せないのでしょう」
先の土人形の時に神器を使おうと試していたのだ。だが、シェリーに説明した通りで引き抜くことはできなかった。
つまり、神器を持つための資格と実際に神器を扱うための力、その両方が必要ということだ
「よく分かったな。その通り、神器は『星の雫』がないと扱えない。それがないなら、そいつはただの頑丈な棒だ」
雷獣が私の分析を肯定した。シェリーは完全には理解できていない顔だった。しかし、神器が今使えないことは理解したらしく、自身の持つ細身の剣を渡してくれた。
それは普段私が使う剣とほぼ同じデザインの片刃剣だった。程よい長さで持ちやすく、手に馴染んだ。丁寧に手入れされているその刀身は、薄く光を反射していた。
私はその刀身に魔力を充填させていく。
防御をしてもデンベスの破壊力に耐えられない。魔法弾による攻撃もあの硬い体に弾かれて効果はなかった。
となれば、残る選択肢はその防御力を上回る攻撃で破壊するだけだ。なので、最低限の魔力強化だけ維持し、残りの魔力は全て刀身の強化に使用した。
危険だが近接型の攻撃で確実に仕留めよう。
私の全魔力を集めた刀身は鋭い輝きを放ち始めた。剣の耐久からしてチャンスは一撃だけ。あとは、タイミングを見てあのデンベスにぶつけるだけだ。
剣をまっすぐ構えたところで反対側にいるデンベスと目が合った。低い唸り声だけが聞こえる。
さっきのように突進してくることはなかった。私の攻撃を警戒しているのか黒い両目がギラギラしているように見えた。
何とかして隙を狙いたかったが、警戒態勢に入ったデンベスに隙はなかった。
それなら、こっちから動いていくしかない。
私は攻撃のタイミングをはかるため呼吸を整えていく。
「ふっ!」
短く息を吐く音を残して俊足で移動した。魔力強化をしているため、移動速度は数倍になっている。
その速度で意表を突くつもりだったが、デンベスはしっかりと私を両目で捉えていた。
「ガアァァァ!」
デンベスは大きな口を開けて咆哮すると魔法弾を連続で撃ち込んできた。一発一発が私の魔法弾と同じくらいの威力だった。
防御魔法を展開していない今の私にはどれも致命傷になる攻撃だ。
しかし、私は足さばきだけで全ての魔法弾を回避した。
命のやり取りをする時、人は集中力が最大になる。
自分の鼓動をはっきりと感じ、相手の動きが手に取るようにわかる。
それは、この空間だけ時間が引き伸ばされたような感覚に近い。
集中力が増した私の目には、デンベスの魔法弾はゆっくり動いているように見えたのだ。
ストニアとの訓練で何度も味わった感覚を少し懐かしみながらデンベスへと接近した。
そして近接攻撃の間合いに入ると、デンベスは鋭い爪で攻撃を仕掛けてきた。その攻撃を剣の腹で流すように受け、直進する勢いのまま剣を振り抜く。
硬い表皮を、肉や骨を断ち切る感触が剣を通して伝わった。
「ギ、ギャァァァァァ!」
さっきと違い、叫ぶような鳴き声が響いた。デンベスは左肩から右腹にかけて切り裂かれ、大量の血飛沫をあげていた。
骨と筋を断ち切られた左半身は血溜まりとなってぶら下がっている。どうにかして動こうとしているのか残っている右手で這って動いていた。
「その傷でまだ意識があるんですね……っ!」
まだ動けることに驚くのも束の間、デンベスは血を吐きながら魔法弾を撃ってきた。私はそれを横に飛んで避け、次の攻撃に備えた。
神獣ならどんな傷でも攻撃する可能性があるからだ。
しかし、デンベスは一発撃った後は地面に倒れ、再び攻撃してくることはなかった。
これ以上苦しませることもない。
最早、その場から動くこともできないデンベスにとどめの一撃を頭に叩き込んだ。
最初の一撃でヒビが入っていた剣は、二回目の攻撃で砕け散ってしまった。
「ァァァァァ……」
頭を潰されたデンベスは一度大きく痙攣して絶命した。直後、その体は光の粒子となって消えていった。
「どうにか勝てましたね……」
今の攻撃で魔力を使い果たした私は、そのまま床に倒れこんだ。




