第二百七十五話 王女の成長
シーズの悪戯は私の心臓に悪い。それも、私の気持ちに気付いているシーズがやれば確信犯だろう。
動悸が激しい中シーズに文句を言おうとしたが、シーズは今までにないほど素早い動きで外に消えていってしまった。その驚くべき身の軽さは、一瞬シーズが風になったのかと思うほどだった。
ただシーズが逃走したことで、その後はジークと二人きりになってしまった。彼の話も途中だったため、気まずい空気の中彼の話を聞くことになった。
一度集中が切れた私は、しばらくの間ジークを直視できなかった。申し訳ないと思いつつも、終始自分の膝を見ながらジークの話を聞くことにした。
それでも何とかジークの話をまとめた私は、一日挟み、今朝やっと陛下への報告を終えた。
キンレイス陛下は混沌神のことには大層驚かれていた。
しかし、元々敵がいると分かっていた状態だったので、元凶が明確に分かっただけでも前進した、と眼光を鋭くしていた。
その後陛下は緊急で会議を開くべく、大陸の国々に情報を発信した。大きな敵と戦う以上、国同士の連携は必須事項だ。
この時のために二年もかけて各国と対話を重ねていた陛下に抜かりはなかった。
ここまで来ると国家間の交渉なので私の出る幕はない。
セレシオン王と通信を始めた陛下に見送られ、私は数日ぶりに王城横の訓練場へと向かった。
ここ三日程ジークのベッドに張り付いていたので体をほぐす目的もあったが、もう一つ目的があった。
朝の訓練を終えた兵たちに挨拶されながら進むと、訓練場入り口に背中を預ける少女を見つけた。
ストルク王国の第二王女リズだ。
彼女はこの二年で私よりも身長が高くなり、見た目もエイン王女のような凛々しさと、美しさが引き立つようになった。
両手を腰あたりで絡ませ、遠くを見つめている姿だけでも王族としての気品を引き立てているようだった。
「あ! リジー姉様、おはようございます!」
リズは私の姿を見つけると顔をぱっと輝かせて私の元に駆けてきた。
二年で姿も声も私以上に大人ぽくなったリズだったが、私の前では無邪気な明るさを見せていた。彼女なりの親愛の証なのだろうが、リズから受けるとむず痒く感じる。
「リズ、お待たせ。少し待たせてしまいましたか?」
私の前でピタリと止まった笑顔のリズを見上げた。
近くで見るとさらにその美しさが目立つ。パッチリとした宝石のような青い瞳に、金色に反射する長く艶やかな髪。それが水色を基調にした制服が一つにまとめていた。
「いえ! リジー姉様の用事の方が優先度は高いですから、それに姉様相手でしたら私はいくらでも待てますとも!」
リズは分かっています、と言う風に胸に手を当てて頭を下げた。勢いよく下げたところからふわりと爽やかな香りがやってくる。どうやら私が来るまでにある程度汗を流していたようだった。
「もう準備はできているみたいね。それじゃ、早速行きましょうか」
そう言って私はリズと一緒に訓練場に入った。この時間になると通常の仕事がある兵たちは訓練場から捌けるので、彼女を実力を測るにはちょうどいい。
今日はリズのこれまでの成長を見る日だ。魔法剣士の技術もこの二年で私が教えられることは全て教えた。
彼女ももうすぐ十五となって成人を迎えるが、その前に私の元からも独り立ちするのだ。
もちろんまだ未熟な部分もあるが、それはこれから自分の力として昇華させていけばいい。リズにはそれができるだけの素養もあるので大丈夫だろう。
私の前でゆったりと構えるリズはもはや頼もしい存在に見えた。
そう言えば、三年前に最後の試験を受けた時、ストニアも私と同じように笑っていたことを思い出した。教え子の成長が嬉しいと言っていたが、その言葉は今になって分かる気がした。
「リジー姉様? どうされました?」
「ううん。何でもない」
リズは私の顔を不思議そうに見つめた。その仕草も表情も三年前の私を見ているようで可笑しかった。
小首を傾げるリズに笑いかけ、訓練用の剣を手に取った。
普段使っているものより無骨で重い。しかし、魔力強化で身体能力が向上されていれば剣の大きさは問題なかった。
私が戦闘準備を始めたところでリズも静かに魔力を高めていく。
その練度も速度も、私に並び立つと言ってもいいほど洗練されていた。
「さ、今日はリズのこれまでの訓練を全て見せていただきます。前回の課題も解決したのか、ここで見せてくださいね?」
「はい! 今日もよろしくお願いします!」
悪戯する気分で笑いかけるとリズもつられるように顔を綻ばせた。顔に緊張感はなく、自身に満ち溢れた余裕が伺える。
魔力強化で青く光る剣を向けると、リズも私に剣を向けた。光の影響か、彼女が魔力強化した剣が仄かに赤く煌めく。
「リジー姉様は準備運動は必要ありませんか? 私、遠慮なく戦いますよ?」
私に気を遣ってか、リズは少し剣を下げて言った。
三日と動かなければ体は鈍ると言われるが、それを言い訳に弟子には負けられない。
「大丈夫。私はその程度でリズに負けないから。安心して来なさい」
私はリズに近づきながら微笑んだ。
二年前の自信なさげな少女は目の前にいない。立派に成長し、自信に溢れた一人の王女がいるだけだ。
アネット山でフォレスと戦い、命のやり取りを経験したリズはその時から甘さが完全に抜けた。
あの時からリズは大きく成長し、今も驚く速度で強くなっている。そして、いつかは私を超えるだろう。
そんな彼女を見ていると不思議と私は頬が緩んだ。
そして、あと数歩でリズの間合いに入るところまで近づき、そのまま一気に距離を詰めていった。




