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第二十七話 夢と現

「お母さん見て見て! わたし今日ね、新しい魔法を覚えたの!」


 近所の子達と遊んでいた私は、そこで初めてできるようになった魔法を母に見せようと家に入った。


 母も娘の成長が嬉しいのか、私が嬉々として披露する姿を嬉しそうに見つめていた。ただ、いつもは頭を撫でてくれるのに今日は撫でてくれることはなかった。


 それに、嬉しそうなのに、どこか寂しそうな表情だった。


「……お母さん?」


 どうしたのか聞こうとすると、母の後ろから父が現れた。突然現れた父に驚いていると、彼は無言のまま長剣を母に突き刺した。


 「っーー」


 私は唖然と見ていることしかできなかった。いつか見た光景。変えられない過去。


 剣を引き抜かれた母は涙を流しながら倒れ、絶命した。呆然とその光景を見つめていると、剣を持った父はそれを自分の胸に突き立てていた。


「すまない、リリー。許してくれ……こうするしか方法がなかったんだ」


 父は母に懺悔するように言い残すと、彼女に折り重なるように倒れた。


 また、助けられなかった。これが夢の中の世界なのは分かっている。それでも、夢の中でも両親を助けられないことに焦燥感が募る。



「ージー! リジー、しっかり!」


 誰もいないはずの家で、死んでいるはずの母の声が聞こえた。


 声のした方に首を向けるとそこにはメリルとカインがいた。二人とも魔法学院の紋章のついた服を着ていた。


「メリル、カイン……」


 気がつくと場所は昔いた家から孤児院へと変わっていた。


 懐かしい顔に溢れそうな感情を押さえ込んで呼びかけた。二人は私の呼びかけに嬉しそうに手を振った。ただ、それ以上は何もして来なかった。


「リジーは生きて、私達の分までね」


 それだけ言うと二人は泡となって消えていく。体を動かせると気付いた私は、消え逝く泡を掴もうと手を伸ばした。


 しかし、それも虚しく泡は消えていった。


 その代わりに、私は冷たく硬い金属の刃を掴んでいた。かつて、メリルとカイン、ベネスの魔法師達を殺した剣。私が殺したクライオ先生の剣だった。



「君は……やはり私の思った通りの人間だよ。過去に縛られ、時代の流れに抗えず、こうして地面に這いつくばっている」


 後ろから聞こえた声は全てを見透かしたような無機質さを感じさせた。


 振り向くと、胸に大きな穴を開けたクライオが立っていた。場所は孤児院から薄暗い何もない空間へと変わっていた。


 私が目にした死を再現しているようで、クライオはぽっかり空いた穴を指で撫でていた。


「私は……縛られてなんかいません」


 そう言ってクライオを睨みつけるも、彼は飄々としていて気にしていなかった。



「そう邪険にするな。それに、賢い君は気づいているはずだ。これは君の見る夢の世界。そして、私の言葉は君が考えている内容に過ぎないことをね」


 閉口するしかなかった。

 彼の言っていることは真実だった。結局、私は彼らの死を乗り越えられていない。


 国軍に属しているのも復讐相手を探すには恰好の職だったに過ぎない。夢の中まで彼らが出てくるのがいい証拠だ。



「だが、君の根は非常に真面目だ。救えるものは手に届く限り差しのべようとする優しい子だよ。だから、あの子にも手を差し伸べた。だが……」


 一度言葉を切ったクライオは私に覆いかぶさるように上から覗いてきた。不敵に笑うその顔が憎々しい。


「君に救えるものは自分の命だけだよ。高望みをしてはいけない。カインの死を思い出せ。彼は君が側にいながら、私にむざむざと殺されたじゃないか」


 そして、また一人ずつ死んでいく。ジル・ルードベルは死んだ。次はシェリー・ルードベルが死ぬ番だ。


 いつの間にかクライオは首から下が吹き飛ばされていたが、それでも尚話し続けた。


 私は耳に両手を当ててしゃがみ込んだ。彼の話はそれ以上聞きたくなかった。


 私はまだ誰も救えていない。死んだ人たちの無念も晴らせていない。


 シェリーだって、馬車に乗れなかったらそのまま王都に戻っていて危険な目に遭わなかったかもしれない……。



「そうして、うつむいているだけでは、本当に誰も救えなくなるぞ?」


 クライオの叱咤が飛んでくる。反射的に彼を睨みつけると、驚いたことに彼は優しい表情をしていた。そう、それは彼が教鞭をとっていた時に見せていた顔だ。


「リジー、君は誰よりも優しい子だ。だから余計に傷つき、闇へと堕ちている。だが、世界は君が想像しているよりもずっと美しい。いつか君の傷ついた心を癒し導いてくれるだろう。覚えておきなさい。これは、私からの最後の授業だよ」


 いつの間にか体が元に戻っていたクライオ先生は、私の頭を優しく撫でた。張り詰めていたものを緩めてくれるその手に、いつしか私は頭を預けていた。



「クライオ先生……貴方は一体だれーー」

「ーージー! リジー! 起きてくださいまし!」


 彼に質問しようと声を出したが、唐突に聞こえてきたシェリーの声にかき消されてしまった。

 夢の中なのにリアルな肉声がこだまする。


 ……いや違う! これは夢なんかじゃない!



 ぼんやりしていた頭が急にはっきりし、高速で現状を整理していく。


 私はさっきまでデンベスと戦っていたはずだ。ということはシェリーのこの声は本物。


 彼女は気絶した私に必死になって呼びかけてくれている。こうしている間にもデンベスは私達にとどめを刺すかもしれない。


 早く戻らないと!


 弾けるように立ち上がる私を見たクライオはほくそ笑んだ。


「そう、それでいい。君は生きることを選んだ。君のその選択は、必ず報われる時が来るだろう」


 私達のいる空間が急に明るくなり始めた。もうすぐ私の意識が戻るのだろう。クライオ先生も光の中に吸い込まれていく。


 ここは夢と現実の狭間。私は君のイメージで作り出されたクライオであり、三年前に死んだ本人でもある。君がこちら側に来るには早すぎる。現実の世界で存分に踠いてきなさい……



 薄れゆくクライオの言葉を聞きながら、私の意識は現実の世界へと浮上して行った。

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