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第二百六十八話 限られた時間

 アイルらしくないしおらしい態度。小さく内股にしてもじもじとする仕草は、まるで少女が何かを謝ろうとしている仕草そのものだ。


 私のこの体の変化にアイルが少なからず関わっているのだろう。


「話してくださいませんか? ハイドの神殿で、何があったのかを」



 深呼吸した私は黒髪の少女に訊ねた。

 もちろん自分の体のことも気になったが、ベオがどうなったのかも気になる。


「お、怒らんで聞いてくれるか? 約束じゃぞ?」


 私の静かな口調に小さな肩をびくりと震わせたアイルは、びくびくとしながら私に言った。


 アイルがここまで引き延ばすのだから相当悪いことなのだろう。ただ、彼女から話を聞かない限りは先には進めない。


 アイルの潤んだ念押しに私は黙って頷く。一先ず彼女への怒りは先送りすることにした。

 それよりも、今は事の経緯を聞く方が優先される。


「う、うむ。では、初めから説明する前に、お主の体のことを話さねばならんの」


 小さく頷いたアイルは私の前に膝を抱えて座った。柔らかい黒髪がふわりと遅れて落ちてくる。

 そして、深呼吸を挟んだ彼女は意を決したように私を見た。


「既に察しておるじゃろうが、お主は既に死んでおる。混沌神に……いや、お主の親友だった男に殺されてな。今のお主は、妾が屍人魔法で復活させた仮初めの肉体じゃ」



 見た目が死人のようだ、と感じた直感はどうやら正しかったようだ。


 アイルが天の神殿に駆けつけた時には、私は既に胸を穿たれ絶命していたらしい。

 そのベオもアイルによって倒されたようで、世界の危機は人知れず終焉を迎えていた。


 だがそこまでの話を聞いて、解せないことがあった。


「アイル様、二つほどお聞きしたいことがあります。答えてくださいますね?」


 彼女が言葉を切ってしばらくして、私は頭の中に浮かんだ疑問を彼女に尋ねた。

 アイルもそれは予想していたらしく、今度はびくつくことなく頷く。


「天の神殿の異変にはアイル様は初めから気付かれていたはず。どうして私が死んでから駆けたのでしょう?」


 アイルはハイドの死に気付いていたはずだ。同じ神で敵対している相手を見落とすはずがない。

 それなのに、彼女が神殿に乗り込んだのはハイドが死んでから数日後、そして、私が死んでから後だった。


 アイルはその見かけの性格によらず、常に前倒しで動く行動力がある。その彼女が数日も後手に回って動かなかった理由が知りたかった。



「それは、本当にすまんかった。実はな、その時……妾はベオの魔法で神殿内に閉じ込められておったのじゃ」


 そう言うとアイルは私の腕に手を置き、人差し指で文字を書いていった。

 彼女の指を辿るように、私の腕からは白い文字が浮かび上がり、アイルの周囲を回り始めた。


「閉じ込められていた?」


 私は彼女を周回する文字を目で追いながら聞き返した。

 空間魔法を得意とするアイルが閉じ込められるなど聞いたことがなかった。ベオの魔法の実力がアイル以上だったのだろうか。


「ベオはな、妾を閉じ込める空間魔法を一年も前から準備しておった。相当量の魔力を練りこまれての、解除するのに数日もかかってしまったのじゃ」


 私の呟きに大きく頷いたアイルは罰が悪そうに言って俯いた。彼女を周回していた文字もそれに吊られるようにしょげた姿勢をとる。


「では、もう一つの質問。死んだ私を復活させた理由をお聞きしても?」


 アイルの行動が遅れた理由に納得した私は、彼女の肩で小さくなっている文字を摘んで尋ねた。



 私に摘まれた文字は声こそ挙げなかったが、字の切れ目を必死に動かして逃げ出そうとする。単純な遊戯の魔法だろうが、自我を持つような動きは本当に不思議だ。


 しかし、その文字をよく見ようとする前に、アイルに文字を引ったくられてしまった。


 この魔法は後で教えてやるから妾の分身を摘まんでくれ。そう言ってアイルは取り返した文字を胸に抱える。


「こほん、質問に戻るがの、お主を復活させたことには二つ理由がある」



 咳払いを一つしたアイルは、小さな手で二の形を作った。


「ベオは妾が確かに討ち取った。じゃが、世界の闇はあやつだけではない。その者を倒さぬ限り、この大陸に真の平和は訪れない。お主には、その敵を倒す者を導いて欲しいのじゃ」


 アイルは人差し指を立てて言った。

 どうやらベオ以外にも混沌の種はどこかに潜んでいるらしく、それを次の継承者に倒してもらおうと考えているらしかった。


 そして、力を持った者を正しく導く扇動者として私を遣わすつもりらしい。


「なぜアイル様が戦わないのですか? 貴女ならば、どんな敵でも簡単に倒せるでしょうに」


 この大陸内で最強の存在と言えば神アイルだ。大陸を脅かす敵がいるなら、アイルが直接手を下した方が早く確実だ。

 何も力を人間に分け与え、その者に代行させる必要もない。



 アイルは私の当然とも言える疑問に小さく頷き、私に右手を翳した。


 さっきは気がつかなかったが、彼女の右手は透き通り、奥の赤い瞳が薄く覗いていた。


「アイル様、その手はまさか……」

「察しが良くて助かるの。実のところ、妾にはもう時間が残されておらん。神とて永遠に生きることはできんのでな」


 アイルはふわりと微笑むと私の顔を突いてきた。


 神アイルが消える。そのことに少なからず狼狽しかけたが、彼女に口を突つかれすぐに現実に引き戻された。


 そして私は唐突に理解した。彼女がなぜ私を復活させ、次の者を導けと言ったのかを。


 混沌神のベオは消滅したが、その力の種は世界中に残っている。そして、それらが力をつけて神になるには長い時間がかかる。


 しかし、次の新しい混沌が生まれるまでの間、アイル自身は生き長らえない。だからこそ、次の時代を導ける継承者が必要なのだった。

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