第二十五話 少女の救済
巨大なハンマーは空気を押し退けながら迫ってきた。私は冷静に後ろに下がって回避した。
地面とハンマーが衝突する音が鳴り響いた。ジルだった肉片は更に押し潰されて飛沫が飛び散る。しかし、その事を気にする間もなく、土人形の二つ目のハンマーが打ち下ろされてきた。その攻撃も人形の下をすり抜けて躱した。
危険な攻撃も当たらなければ問題ない。特に体の小さい私は回避訓練は人一倍積んでいるのだ。土人形はハンマーを一つずつ持って交互に振り下ろす単純な攻撃を繰り返しているだけなので難なく躱すことができる。
ただ、いつまでもこの場所に足止めされている訳にはいかない。早く行かないとシェリーの命が危ない。
土人形の何度目かの攻撃を躱したところで魔法弾を発撃ち込んだ。巨大な土人形だったので通常の魔法弾よりも魔力を多めにした。
威力を高めた魔法弾は光の球となって戦人形の右肩を貫通し、その衝撃で人形の右腕が吹き飛ばす。
「ギ、ナカナカ、ヤル」
しかし、生物でない土人形は、残った左腕で尚も攻撃を仕掛けてきた。完全に破壊しないと止まらないようだ。
「いいえ! これで終わりです!」
迫りくるハンマーを紙一重で回避し、人形に隙ができたところへ連続で魔法弾を撃ち込んだ。なんの抵抗もなく貫通した魔法弾は土人形を蜂の巣にしていった。左腕が吹き飛び、脚、胴体部分も吹き飛んでいった。
ゴトン、と残った頭部が落ちて転がってきた。
まだ何かしてくるかもしれない。警戒しながら近づくと、土人形は口がないにも拘わらず無機質な音声を発した。
「チカ、ラ、ヲシメシタ、ツヨキモノヨ、サキヘ、ススメ」
すると、後ろの方で音が聞こえた。振り向くと先へと続く扉が開いていた。扉が開く音だったようだ。
土人形の方に向き直ると、それは既に土塊となって崩れていた。
もうここには用はない。シェリーの元へ急ごう。
ジルの横を通り過ぎると、近くに彼が持っていた剣が落ちているのに気付いた。血のついたそれは、柄の根元から刀身が無くなっていた。私はそれを拾い上げ、腰ベルトに括り付けていた袋に放り込んだ。
「貴方に恨みはありませんが、哀れですね。こんな所で誰にも知られず死んでいくなんて」
この神殿内で起きたことは外に出れば思い出せなくなる。その事実は、彼の死が誰にも認知されずに過ぎ去る事を意味している。
この場に足を踏み入れたのは彼の責任なので、自業自得ではある。しかし、それだけで忘れ去られるというのは不憫に思えた。自己満足に過ぎないが、追悼の意を込めて少しだけ黙祷した。
その後すぐに移動を再開した。シェリーの魔力はまだ微弱ながら感じ取れる。
彼女はジルに巻き込まれて強引に連れ込まれただけだ。責任を取る人が死んでしまった以上、私が何としても連れて帰らなければいけない。
しばらく進むと明かりの先に人影が見えた。俯いていて顔がよく見えなかったけど、魔力で誰かは分かる!
「シェリー!」
私が呼び掛けると僅かに顔を上げた。光のない瞳が微かに動いた。駆け寄って抱き締める。体温は下がって冷たくなっていたけど、生きていた。
シェリーは震える手で腕を回してきた。声も出ないくらいに疲労していた。症状を見るに、明らかに魔力切れを起こしている。あと一歩遅かったら危なかった。
一先ず彼女の体温が戻るように魔力を送ることにした。すぐ取り込めるようにシェリーの魔力に変換して渡していく。
「リジー、ごめんなさいですの……」
回復し始めると絞り出すように謝ってきた。シェリーはどこも悪くない。そう言おうとしたけど、口には出さなかった。
恐らく目の前で起きた惨劇に、動揺や罪悪感やらで頭の中がぐちゃぐちゃになっている筈だった。だから、彼女の謝罪に答える代わりに魔力を送り続けた。シェリーの腕の力は徐々に強くなり、体温も戻りつつあった。
「体温も戻ってきましたね。疲労の方も改善してる筈ですが、立てますか?」
シェリーの体温が戻ったのを確認し、立ち上がろうとするとシェリーが頑として動かなかった。不思議に思って顔を見る。
顔を見られたくないのか、彼女は明後日の方向に顔が向いていた。表情は見られなかったけど、頬は少し赤くなっていた。
「その……あまり見つめないでください。恥ずかしいですわ」
少し上擦った声を出すシェリーだが、立ち直りつつあるようだった。そこはやはり貴族としてのプライドがあったのか、彼女自身が強かったのかは分からない。
ただ、この場においては非常に助かるのは事実だ。まだ儀式は途中なのだから、いつ何が迫ってくるかも分からない。ここで俯き続けていては非常に危険だった。
「シェリー、そろそろ先に進みましょう。儀式を終わらせないと出られません」
そう言うとシェリーは小さく頷いた。今度は私が立つ動きに合わせて一緒に立ち上がった。シェリーの顔を見ると泣き腫らした跡が見受けられた。
「お兄様は死んでしまいましたわ……あの土塊に叩き潰されて……」
それは凄惨なものだった。ジルは果敢に土人形に挑み、なす術なく潰されたようだ。そうなると、シェリーはどうやってここまで来たのだろう?
通路を進みつつその事を聞いてみた。あの部屋は土人形を倒さないと先に進めないはずだった。
「私も殺される所でしたわ。ただ、私は運良く魔力が暴走してあの人形を破壊しただけなんですの」
それを聞いて理由が分かった。魔力暴走は、体内の魔力をほぼ全て消費して周囲の物を破壊し尽くす人災だ。それは通常の何倍もの威力となる。シェリーの魔力もそこそこあるので、あの戦人形を破壊できたのだろう。
そして、魔力を使い果たしたシェリーは凍えながらこの場所まで歩いてきたのだ。
「でも、リジーが来てくれて本当に助かりましたわ。でなければ、私はここで死んでいましたもの……」
シェリーの顔は未だやつれたままだったが、少し持ち直したようで声に張りが出てきていた。
継承の儀式と謳っていますが、ろくな場所ではないですね。力を求める代償を命で払うなんて、神様は何を考えてるんでしょうか……。
私は頭を軽く振って考えを切り替えた。神様に文句を言うのは後にしよう。
とにかくここを出るには前に進まないといけない。黙して通路を進んでいくと、見覚えのある松明の灯りが見えてきた。次の部屋が近いことを示していた。
程なくして紅い扉が視界に入ってきた。この扉も触れる直前で自動で開いた。この部屋もかなり広そうだった。
シェリーの方を見ると、同じくこちらを見た彼女と目が合った。
「行きましょう」
シェリーは小さく頷いた。覚悟は決まっているようだった。
私達は意を決し、中に足を踏み入れた。
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次回も戦闘が続きます




