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第二百四十四話 友の背中

 この教会のどこまでがクーチェの作り出した空間かは分からない。だが、彼女の領域から抜け出せていない以上すぐに追いつかれることは容易に想像できた。


 しかし、壁を割って来るとは思いもよらず、クーチェ達の登場に思わず舌打ちしてしまった。


「かなり強力な命令を与えたからな、次は抵抗できんぞ。クーチェさんや」


 オーヴェルはそう言うと虚な顔をしたクーチェの肩に手を重ねた。さっきの魔法具で完全に彼女を縛ったようだった。


「敵、排除します。二人は下がって」


 無機質な声でそう言うと、クーチェは双子の頭を撫でてゆっくりと僕らの元に歩いてきた。手には何も持っていない。

 武器を持つ僕らと対等に渡り合う気なのだろうか。


 だがクーチェの前に立とうとすると、リーグに勢いよく引き戻しされてしまった。


「アル、クーチェの足止めはオレがやる。お前は隙を見てここら一帯の壁を全部吹き飛ばせ。それで出口が見つかるはずだ」



 リーグはそう言うと僕に背中を向け、クーチェに対峙した。妹と戦わせるつもりがなかった僕はリーグに手を伸ばしたが、その背中は遠かった。

 リーグの背中は間違いなく覚悟を決めたものだったからだ。


「リーグ、勝てるのか? いや、妹と戦えるのか?」


 僕は確認でリーグに聞いた。これで最後の会話にはならないだろうが、このまま離れてはいけないような気もした。

 しかし、僕の不安を他所に、リーグは振り向きニヤリと笑った。


「クーチェ相手なら負けることはない。これは妹の戦い方を知っているオレの方が適任だ。だからアルは脱出口作りの方、任せたぞ」


 そう言うとリーグはクーチェに向かって走り始めた。


 最近リーグはよく笑う。

 それは僕を信頼している証でもある。遠くなる背中はそれでも僕に笑いかけているように見えた。



「それじゃあ僕達の相手はお兄さんだね」

「私達相手に一人で大丈夫かしら?」


 リーグがクーチェと戦い始めてすぐに、双子の声が背後から聞こえてきた。



 いつの間に背後まで移動したのか、双子は剣を僕に突きつけていた。同じような勝ち誇った笑顔を並べている。

 確かにさっきはヴァーレ一人相手に苦労していたが、今は二人相手でも負けられない。リーグのためにも負けられないのだ。


「いいのか? そんなに余裕な態度で……僕を怒らせると怖いんだよ?」


 僕は短く息を吐き双子に笑い返し、赤炎を構えた。


 親友のリーグが心を殺し、最愛の妹と戦う覚悟を見せたのだ。そんな男の覚悟を僕の弱さで無駄にする訳にはいかない。


 僕が双子を倒し突破口を開く。それが無言で交わした約束だ。



「さっきは油断して切られちゃったけど、次は切られない。ぼく、お兄さんの実力わかっちゃったから」



 ヴァーレはそう言うと大剣を横に構えて飛び出した。そのすぐ後ろにメローが続く。

 それぞれの死角から連続して攻撃を当てにくる作戦のようだ。双子の剣が正面からだとヴァーレのものしか見えず、メローの動きは視認できなかった。


「連携がうまいのは認めるよ。でも、その子供騙しは僕には通用しないよ」



 ヴァーレの大剣を真上に受け流した僕は、次のメローの剣を受けるため体を限界まで縮めて丸まった。


 まだメローの剣はヴァーレの体で見えていない。

 しかし、目を閉じて剣が迫る音だけに注意を向ければ対処は簡単だった。


 ヴァーレの攻撃に少し遅れてやって来たメローの攻撃は下からの振り上げだった。空気を鋭く切る音を赤炎の腹で受け止め、そのまま宙へ飛び上がる。


 薄く目を開けると、驚いたように目を見開き、揃って剣を上に向けている双子が見えた。



 まずはあの厄介な大剣からだ。

 空中で一回転する時に双子の剣に浮遊魔法をかけ、天井に引きつけるように展開した。


「あっぼくの剣!」

「あっわたしの剣!」


 急激な引き込みは、一瞬気を抜いていた双子には効果的だった。


 僕が床に着地した時には二つの大剣は見事に天井に突き刺さっていた。驚く双子は虚しくも天井に手を伸ばしているだけだった。


「これで間合いは僕の方が広い。お子様達は帰って昼寝でもして来な!」


 恨めしそうに僕を睨む二つの視線を笑顔で返した。

 そして、そのまま双子を巻き込むように赤炎の力を解放して、全力で振り抜いた。

 巨大な炎の塊を生み出した赤炎は、簡単に双子を飲み込み通路の片側を吹き飛ばして行った。



 大きな音を立てて壁が崩れるとその先はやはり赤い壁だった。



 確かリーグはここら一帯の壁を全部壊せと言っていた……それなら、遠慮なく吹きとばしてやるよ!


「もういっちょ!」


 僕は掛け声とともに赤炎を全力で振るった。魔力は無限にあるので出し惜しみなしだ。


 過度な魔力放出で後で襲ってくる疲れも後回しに、僕は周囲の壁を破壊していった。そして、壁を奥まで破壊し切ると、その奥に白い壁と半透明な台座のようなものが見えた。



 その台座は僕の攻撃の余波を受け、数拍遅れて崩れた。その瞬間、後ろの白い壁に大きなヒビが入るのが見えた。


 どうやらこの空間はあの台座で守られているようだ。そして、全ての台座を破壊すれば、この迷路から脱出できるということだろう。


「なるほど、巨大な空間魔法の中で再現された巨大な建物だったのか。そして、ここがその中心。さすがリーグだ、対処法まで完璧だったよ!」


 彼は闇雲に走っていた訳ではなく、この空間の中心を探していたのだ。等間隔での攻撃が一番効果があるし、端にある台座も狙いやすい。


 リーグの意図が読めた僕は最大限の賛辞を送り、残りの壁も台座も破壊していった。



「クーチェ! 早く奴らを止めろ! このままでは突破されるぞ!」


 壁が崩れる騒音の中、オーヴェルの焦ったような声が聞こえるがもう遅い。この空間に残っている壁は残す所あと一方面だけだった。


「残念だったな、オーヴェル! これでっ終わりだー!」


 渾身の魔力を込めた一撃は残った壁を全て破壊し、その奥に鎮座する台座も破壊した。


 それを示すように、大きく弾ける音がすると僕達を囲っていた白い空間が消え失せ、教会の石壁が目に飛び込んで来た。


「よし、あとは逃げるだけだ! リーグ! 早く行くっーー」


 安堵の息を吐いてリーグを探した僕は、瞬間的に腹走った腹部の突然の痛みに息を止められた。


 熱く焼けるような痛みが僕の内臓を引っ張る。

 気がつけば、僕の腹からは血に濡れた剣が飛び出していた。

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