第二百四十一話 彗星の守り人
ヴァーレは子ども姿で惑わされそうになるが、僕と同じ天の炎を継承した存在だ。
その証拠に僕と戦いを始めてからのヴァーレの動きは、常人とはかけ離れていた。
ヴァーレは自分の身長ほどもある大剣を大きく振り回し、僕の攻撃を軽く弾き飛ばしてくる。
軽く撃った魔法弾も瞬時に切り裂き、ついでに僕の腹にもいい蹴りを放ってきた。
ヴァーレのペースに呑まれそうになった僕は一度魔法弾で牽制して距離を開けた。連続で撃ち込んだ魔法弾はヴァーレの脚を上手く止め、ようやく息継ぎする余裕ができた。
「はぁ、はぁ……全く、その幼い姿で強いのは反則だよ。特別なのはリジーだけにして欲しかったね」
溜まった息を吐き出した僕は盛大に愚痴を吐いた。小さい体格の相手は慣れているつもりだったが、やはりやり辛い。
しかも昔の体術か知らないが、予想もしてない所から攻撃が飛んでくる。非常に厄介な相手だった。
「えっへへ、お兄さん強いんだね。ぼくの攻撃全然当たらないや。メローも苦労してるみたいだし、久しぶりに楽しめそうだよ!」
僕の愚痴は聞こえていないようで、ヴァーレは見た目の子供通りの笑い声を上げた。
戯けるような口調はこの戦いを楽しんでいるようだ。それにかなり余裕があるようで、弾む視線の先はメローとリーグの戦いに注がれていた。
リーグもメローに苦戦しているようで、歯を食いしばって大剣の攻撃を受け止めている。
何か策を練らないと消耗戦になるのは間違いない。
だがそれを考える余裕もなくヴァーレの連続攻撃が飛んできた。気を抜けばその大剣は僕の命を掠め取る。他に考えを巡らせる余裕はすぐになくなってしまった。
「ほらほらっ! もう少し頑張ってよおにいさん! これじゃ全然楽しくないよ!」
そう言って大剣を大きく回したヴァーレは、僕の懐に飛び込み鋭い突きを放ってきた。正確に僕の胸を狙ったそれをギリギリのところで受け流し、その剣の腹を蹴ってヴァーレの体勢を崩した。
勢いよく大剣が後ろに傾くと、ヴァーレは大きく仰反る。その隙を逃さず僕はヴァーレの首を狙って剣を振った。
しかしそれはヴァーレが崩れた態勢を利用した蹴りで弾かれてしまった。
「こっちは楽しんでる場合じゃないし、子守をしてる暇もないよ」
空中で一回転し、軽やかに着地したヴァーレにため息混じりに言った。
しかし、僕の最大限の嫌味もヴァーレは笑顔で受け流し言った。
「んん〜!! 今の反撃すっごくわくわくしたよ! お兄さんやればできるじゃん!」
ヴァーレは上機嫌に大剣を振り上げた。あれほどの剣を軽々と持ち上げる所を見ると、魔力強化の練度が僕より高いのは間違いない。
全くとんでもない化け物だ。こんな子が大昔にいたなんて、世界は広すぎるよ……
そんなことを考えながら、僕は大剣の攻撃を縫って進み、ヴァーレの腰に中段蹴りを繰り出す。
さっきまでと違い、体重移動のタイミングをずらしたので、ヴァーレは僕の攻撃を読み誤ったようだ。僕の脚はヴァーレの脇腹を正確に捉えてそのまま後方へと吹き飛ばした。
それを遠目で確認していたのか、リーグもメローを蹴飛ばしており、双子は空中で衝突することになった。
「みぎゃ!」
「きゃっ!」
ヴァーレとメローは短い悲鳴をあげて地面に激突した。
狙ってやったのならその妙技は素晴らしいが、恐らく偶然だろう。遠くで目が合ったリーグは苦笑いしていた。
「うう〜痛い。メローの肘痛いよ。膝も痛い!」
メローと絡まるように倒れていたヴァーレは呻き声をあげながら起き上がった。邪魔だと言わんばかりにメローを押しのける。
「もう、いいところだったのに、邪魔しないでよお兄ちゃん!」
それに合わせるように不機嫌になったメローはヴァーレの背中を小突く。
しかしそれはタイミングが悪く、前のめりになっていたヴァーレは見事に地面に落ち、ごんっと頭を打つ音が無駄に大きく聞こえた。
「いたーい! メロー今押したのワザとでしょ! にいちゃんでも怒るよ!」
「何よー! お兄ちゃんもさっきワザと押したでしょ! おあいこだよ!」
鼻を押さえて涙目になったヴァーレが怒るとメローも負けじと声を張り上げ、僕らがいる前で二人は口喧嘩を始めてしまった。
さっきこの二人は兄妹喧嘩で殺し合いしたと言っていたが、それも実は本当の話ではないかと思うほど二人の沸点は低かった。
「いや、どちらかと言えばまだ中身は子供。力を持ちすぎただけの哀れな子供なのかもしれないな……」
ギャーギャーと部屋に響くように言い合いをする双子を見て思わずそんな小言をこぼしてしまった。後ろの方ではオーヴェルも予想外の出来事に頭を抱えている。
だがこれは思わぬ転機だ。このまま二人を畳み掛ければここを脱出できるチャンスがやってくる。
リーグと目配せした僕は彼と息を合わせて同時に踏み込んだ。双子はまだ睨み合って気付いていない。
僕とリーグが同時に振り下ろした剣は真っ直ぐ双子へ向かい、その細い首を撥ねた。
衝撃で跳ね飛んだ二つの首は、二人の近くにボトッと落ちた。
首を失った体は痙攣し、抱き合うように折り重なる。
「よし、復活する前に魔核を破壊しよう。それで終わりだ!」
ようやく人心地ついた僕は深呼吸で整え、神器を構えた。しかし、二人にとどめを刺そうとした所で、僕の体は完全に固定されてしまった。
どうやらこの部屋の空間ごと固められたようで、目の前で剣を握っていたリーグも動かないようだった。驚愕の顔をするリーグと再び目が合う。
その時。ひたひた、とこの部屋に向かう足音が聞こえてきた。僕と同じ力を感じさせるその人物は、真っ直ぐ僕達のいる部屋を目指していた。
「全く、どこで暇を潰していたのか。危うく双子がやられるところだったぞ」
小さく鼻で笑ったオーヴェルは、部屋に入ってきた人物を咎めるように言った。
「ふあぁ、あら、ごめんなさい。小鳥達と遊んでいたらそのまま寝てしまいましたの」
そんなオーヴェルの言葉を欠伸一つで流した女性が現れた。鈴の音が鳴るような美しい声だった。
白く水が流れるような滑らかな長い髪。そして白いブラウスとロングスカートに身を包んでいる。顔立ちはやや小顔で欠伸をする彼女は目尻に涙を溜めていた。
未だに両目を閉じている寝ぼけ顔の女性だが、僕達を固定したのは彼女で間違いなかった。
僕を縛る魔力が彼女のものと一致している。
「なっまさか……クーチェ……なのか?」
だが彼女が何者かは聞くまでも無く、息を呑んだリーグが彼女の名を言った。




