第二十四話 少女の扉
私のせいだ。私が躊躇してしまったから。シェリーが危険な目に遭い、死んでしまうかもしれない。せっかく友達になれたのにまた失ってしまう。
心臓の鼓動がいつもよりずっと早い。胸に手を当てても、深呼吸をしても治ることはなかった。それが新たな焦りを生んでいく……。
焦る中、扉の先に魔力探知を放ったが、どう言うわけか何の反応も返ってこなかった。この先で何が起きているか感知することができない。
「挑戦者が扉を抜けると一定時間閉ざされます。これは、数にものを言わせて攻略されるのを阻止するためです」
私の欲しい情報をジークはすぐに教えてくれた。だが、それは一番聞きたくない情報だった。
一定時間、それは前の挑戦者が死んだ時を意味しているのではないだろうか。
浅い息遣いの中、扉が開くのを待ち構えていると、そっと肩に手をかけられた。振り返れば、そこにはエイン王女が立っていた。いつになく厳しい顔をしていた。
「リジー、気持ちは分かるが焦っては死ぬことになる。反省することがあるなら終わってからすれば良い。今はやるべき事に集中するんだ」
冷静になれ。エイン王女はそう言った。
私は目を閉じて浅い呼吸を繰り返し、冷静になるよう努めた。焦燥感は消えなかったが、周りを見廻す程度の余裕はできた。
「エイン王女、ありがとうございます。もう大丈夫です。少し落ち着けました」
そう伝えてシェリーの探知に集中することにした。
さっきは扉の奥を探知しようとしたから見つからなかった。
いきなり別の場所に転移されると探しようがないが、そうでないなら近くにいるのは間違いない。私は探知する方向を地下に向けてみることにした。
しばらく探していると、シェリーの魔力を探知できた。微弱な反応だけどまだ生きている。
「シェリーはまだ生きてる。でも、魔力反応が一人分しかないのはジルとはぐれた?」
彼女の近くを探したが、ジルの魔力は見つからなかった。一先ず彼女のいる所へ転移しようとしたが、魔法が発動しなかった。
「その魔法、かなり高度な空間魔法のようですが、扉の奥に移動することはできません。この奥は、神が自ら作った空間。現実の空間とは異なる場所です」
私の魔法を瞬時に見抜いたジークは丁寧に説明してくれた。現実とは違う空間という聞き慣れない単語はあったが、転移できない空間と考えれば予想はつく。
「この扉の先は、虚数空間になっているのですか?」
空間魔法の研究において、究極の課題が一つある。それは、虚数空間の存在の証明だ。
この空間は生命の存在しないもう一つの世界と考えられていて、時間の概念から外れた場所である。これまで幾人も挑み続けて未だに理論が構築されていない未知の空間なのだ。
エイン王女はよく分かっていないようで思案顔だったが、その横にいたジークは無言で頷いた。
……なるほど。この先が本当に虚数空間なのだとしたら、普通の空間転移で移動できるはずがなかった。
しかし、魔力探知にはしっかり反応しているのだから、紛れもなく別の空間があるのは確かだ。
今すぐに虚数空間への転移魔法を新しく構築することはできない。なので、扉が再び開くまで待つしかなかった。
こうしている間にもシェリーの魔力は小さくなっている。私は、はやる気持ちを抑え、閉ざされた扉を見つめた。
すると、紅い扉は重い音とともに再び開け放たれた。
「どうやら前の挑戦者は敗れたようです」
鮸膠も無くジークは告げた。
慌てて魔力探知に集中するとシェリーの魔力はまだ感じ取れた。
敗れたと言っても死んだわけではないようだった。それでも徐々に小さくなる魔力はもうすぐ消えて無くなりそうだった。急がないと!
間髪容れず私は扉の奥へと駆け出して行った。
儀式のことなど頭にはなかった。今は少しでも早くシェリーの無事を確認したかった。
暗い道は真っ直ぐ伸びていた。しかし、魔力探知が正しければ私は今地下を降り続けているようだ。恐らく、虚数空間による効果で、地下の空間へ連続して飛んでいるのかもしれない。
そう考えながら、魔法で灯した明かりを頼りに全速力で突き進んだ。
しばらく進むと前方にオレンジ色の明かりが見えてきた。通路が松明で照らされていた。その明かりの先に大きな扉があった。
扉は入り口と同じ紅い扉が設置されていた。押し開けようと手を伸ばすと扉は一人でに動き出す。
入れ。そう言っているようだった。私は躊躇することなく中へ入って行った。
そこは駄々広い空間だった。さっきの台座があった場所よりもさらに広い。松明は壁に立てかけられているが、その明かりは天井まで届いていなかった。もしかしたら天井自体が無いのかも知れない。
辺りを見回すと奥の方にまた紅い扉が見えた。あそこを通るのだろうか?
私は、何が起きるか分からないので慎重に進んだ。そして、進むにつれて床に散らばっているものに気が付いた。
最初は小石が大量に転がっているのかと思ったが、そこにあるのは骨だった。
ほとんど原型を留めていないものばかりだったが、頭蓋骨の特徴的な形状は残っていたので気が付いた。ずっと昔に挑み、敗れた者達の遺骸を注意深く観察しながら進む。
程なくすると、昔嗅いだことがある臭いが漂い始めた。
鼻を刺激し、胸を掻き毟りたくなる。血と臓物の臭いだ。扉に近づくほどに強くなる臭いに私は顔を歪ませた。
「この衣服、それにこの紋章は……まさか、ジルさんの?」
扉の前に血溜まりがあった。そして、見覚えのある服が血肉に塗れていた。ジルは原型も無いほどに潰れていた。
彼の魔力が探知できなかったのは既に死んでいたからだった。ここにある何かによって殺されたようだ。
シェリーの魔力を探知すると、彼女はここよりもさらに下にいるようだった。恐らく、目の前のこの扉を通って行ったのだろう。
「アワレナ、ニンゲンヨ……マタ、シニニキタカ」
突如、頭上より無機質な声が轟いた。上を見上げると巨大な岩が降ってくるところだった。それは轟音とともに地面に降り立ち、土人形へと姿を変えた。
背丈は私の三倍はあった。見上げるほどの巨大なそれは、巨大なハンマーをどこからともなく取り出し、
「ワレニ、チカラヲシメセ」
そう言い終えるや否やハンマーを打ち下ろしてきた。




