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第二百三十九話 老人の白

 愛するリジーのため、僕は全ての元凶を葬り去る。

 それが僕に残された唯一の戦う理由だ。


 今までは世界に復讐をと自分を奮い立たせていた。時には辛く、丸一日悩む日もあった。それは心に雲がかかったように霞んだ感覚に近い。


 しかし、リジーを意識した今、そんなもやもやは綺麗になくなった。愛する者のために戦う。その一言だけだったが、今までの何倍も体が軽くなった気がした。


 愛を知った人間は強い。そんな言葉をメウラから聞いたことはあったが、その一言が今ようやく分かった気がした。

 リジーのためと銘打てば、今の僕は何でもできる。それだけの自信があった。



「どう言う心境の変化かね? 君は世界を壊すつもりなら、わしが何をしようが問題ないだろう?」


 僕の剣を前に眉を動かしたオーヴェルはこの時初めて困惑したように言った。

 復讐者と謳っていた僕が、いきなり正義の味方を演じたのだから当然と言えば当然だろう。


 だがもう僕は以前の僕ではない。



「僕の本当の敵はあんただった。ストルク王国でもストニアでも、リジーでもなかったんだ。そのあんたは僕が愛してるリジーの敵でもある。だったら僕のやることは一つだ!」


 僕はもう復讐者じゃない、愛に目覚めた戦士だ。

 愛の戦士は自らの正義のため敵を倒すことが使命となる。


 そうオーヴェルに勝ち誇って言った。少なくとも信念の強さは負けていないはずだ。



 しかしそれが気に食わなかったオーヴェルはやれやれと言うように首を振った。



「残念だよ。君なら闇を走り抜けると思っていたが、やはり元が王子だからだめだったか」


 そう言うとオーヴェルは両手をゆっくりと広げ、何かを煽るような仕草をとった。



 何かしてくると身構えた瞬間、後ろの壁だった部分が裂けて扉のように開いた。その奥からぞろぞろと白い集団が歩いてくる。一人一人戦闘服を身につけ各々がよく手入れのされた武器を持っていた。


「君には消えてもらおう。利用価値のなくなった君にはもう用はないからね。それに、君は知りすぎてしまった」



 そう言うとオーヴェルは右手を上げて僕を指差した。

 それを合図に屍人の集団は僕達を取り囲んだ。感情のない彼らは無言で剣を構える。その洗練された動きに彼らが訓練を受けた者達ということが伺えた。


 その後ろでオーヴェルも魔力を高め臨戦体制に入っていた。


「リーグ、こっからは本気で行くよ。ついて来れるかい?」


 屍人達を一瞥した僕は背後にいるリーグに声をかけた。作戦は簡単だ。全力で敵を吹き飛ばし、その流れでオーヴェルも倒す。


「もちろんだ、だがあいつは得体が知れない。注意しろ」



 僕の耳打ちにリーグも頷いて言った。彼の心配も考慮する必要がある。クーチェも後ろに控えている筈なので、速攻で決着をつけるべきだろう。


 背中越しに合図を送った僕は真っ直ぐオーヴェルに向かった。


 その進路を屍人達が塞ぐように立ったが、横から白い筋と共に飛び出したリーグが全て切り飛ばして行った。


 宙を舞う白い顔や腕が光となって消えていく。ほんの一瞬で僕とオーヴェルの間を阻むものはいなくなっていた。


「さすがリーグ! 惚れちゃうよ!」


 絶妙なリーグの補助に笑顔で感謝した僕は、ありったけの魔力を込めた一撃をオーヴェルに振り下ろした。


 高火力の一撃は目の前のオーヴェルを巻き込み、音を置き去りにして奥の壁を吹き飛ばした。

 遅れて発生した轟音は床を踏み鳴らすように振動して消えていく。


 真っ二つに割れた壁からは見慣れた赤い通路が広がり、その奥も余波を受けて大きく崩れていた。


 衝撃の中心にいたオーヴェルは塵も残さなかったようで、彼の立っていた場所は黒いシミとなって広がっている。


 妙な魔法を使っていても所詮はただの人間だ。

 天の炎を継承した僕の全力を受けて生き残れるはずがない。



 やけに呆気ない終わりだったがそれでいい。こう言う相手は何をするか分からないので、変に長引かせるのは危険だ。


「ふう、終わったな……リーグ行こうーー」

「アル! よけろっ!」


 一息ついてリーグの方を振り向いた瞬間、僕は魔力の塊に押し飛ばされた。

 そのすぐ後に僕が立っていた場所に剣が振われるのが見えた。その銀線はちょうど僕の首元だった。


 しかし何が攻撃してきたのかを見る前に僕は床に背中から落とされた。

 とっさに押されただけなので補助魔法もなかったが、それでも僕はリーグに助けられたようだ。


「いたた……リーグ、助けるんならもうちょっと優しく助けてくれ」

「そんな無茶を言うな。俺の魔法がなかったら今ので死んでたぞ?」



 リーグに助けられたのが照れ臭くてつい言って言ってしまったが、リーグは気にしていないように僕の右手を取った。


 立ち上がって攻撃された方を見ると、そこには全く煤汚れのないオーヴェルが半透明な剣を片手に持ち立っていた。

 さっき持っていた杖がないところを見ると、どうやら仕込みの剣のようだった。


「はっはっは、若いとは恐ろしいものだ。怖いもの知らず。それに、恋だの愛だのに惑わされやすい」


 オーヴェルの剣に注意を払っていると、彼の不快な笑い声が響いた。


 どうやったのか分からないが、オーヴェルは無傷で僕の渾身の一撃を避けた。

 快活に笑っている姿が不吉な雰囲気を見せてくる。



「おかしいね。あんた、さっき僕の攻撃をまともに受けなかったかい?」


 彼の言葉には聞こえないふりをして、僕とリーグはオーヴェルを挟むように立った。

 だがオーヴェルが法衣の袖をまくった瞬間、あり得ないものを見て僕とリーグは互いに見合ってしまった。


「答えはこの肌を見れば分かるだろう。私は人間を超越した存在だ。君の攻撃は、核をずらせばいいだけだからな」


 オーヴェルの袖口から覗く腕は生者の色ではなかった。屍人特有の白肌が覗いていた。そして、オーヴェルが顔を拭うとその肌も白くなっていった。


「あんたは……一体何者なんだ?」


 それは僕が言ったのかリーグが言ったのか分からない。ただぽつりと溢れた疑問が静かな部屋に反響した。

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