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第二百三十三話 神獣の始まり

 エンカとの付き合いは数千年前、ハイドとアイルに出会う前から続いている。


 元々は野生で生きる物言わぬ獣で、生みの親は違うが近くの縄張り争いでよく喧嘩した仲だった。

 ただそれは本気の喧嘩ではなく、いわゆるじゃれ合いのようなもの。縄張り境で互いの存在を確かめ合う程度だ。


 本気でやらなかったのは他にも理由があって、互いの実力は同じで、決着がつかないと分かっていたからだ。

 だから争う気が無い時は互いに寝そべって微睡む日もあった。



 そんなわし等が神獣になった原因は、人間達の戦争が原因だった。


 当時は小さな国が乱立し、日々どこかで抗争が続いていた。そのうちの一つにわし等は巻き込まれた。ちょうどエンカと一緒に丸まっていた時だった。


 人間達の争いに巻き込まれたわしらは共に重傷を負った。元の体は人間の膝下くらいの小ささなので抗う術はなかった。


 だがそれはこの世界では自然のことだ。

 弱者は強者に喰い殺される。人間達の遺骸に混ざり、わし等も冷たくなるのを待つ身となったが、死の直前にハイドとアイルに連れだされた。


 最初は妙な二人組だと思った。二人は黒髪に赤い目をしており、他の人間とは纏う雰囲気が違う。逆らえば一瞬で消されるかのような威圧感さえあった。



 その恐怖の中何もできずに固まっていると、ハイドはわしとエンカを金色の光で治療した。


 抉れた腹も、皮で繋がっているだけだった脚も元どおりになり、光が消える頃には既に立って歩けるようになっていたのだった。

 そしてその時、わし等は天と地の魔核を与えられ、神に支える神獣として生きるようになった。


 元は死ぬ運命だったところを助けられ、力も知識も与えられた。憎い人間の仲間だったが彼らは別だった。


 彼らになら仕えてもいい。名を与えられ、エンカとも仲間になれたので当時は本当に感謝していた。ハイドとアイルが敵対し、エンカと幾度と殺し合いをするまでの間だったが。


 今となっては彼らへの感謝すら呪っているが、嘆いても仕方ない。


 エンカとの殺し合いも、昔の縄張り争いの続きと思えば少しは気も紛れた。当然、全ての力を使って本気でぶつかれば、相打ちで死ぬことは分かっているので本気ではない。


 この海岸での戦いも同じだ。互いに本気でぶつからなければ死ぬことはない。

 リジーには悪いが、ここはリズがフォレスを倒すまで平行線で行くしかなかった。



 新たに飛んできた炎弾を吹き飛ばし、巻き上がった土煙に紛れてエンカの背後へ移動する。魔力の塊を足元に残したのでエンカの反応は遅れるはずだ。


 わしの目論見通り、エンカは立ち止まって煙の中を凝視していた。


 その背後を音もなく近寄り、振り上げた前脚を渾身の力で叩きつけた。

 しかし風を押しのける音で気付かれたのか、エンカを叩き潰す瞬間にかわされてしまった。



「ふっふっふっ! その程度の攻撃であたしに当てようなんて甘い甘い! 後ろから忍び寄る癖、その一辺倒な攻撃もそろそろ止めた方がいいよ?」


 快活に笑ったエンカは小さく飛び跳ねながら言った。互いを知り尽くしている以上、わしがどんな攻撃をしても通用しない。もちろんその逆も同じだ。



 エンカの笑みの後、空気にピリッとした感触が走った。


 強烈な魔法弾の合図だ。それが到達する直前、思いっきって飛び上がり、エンカの頭上を越えて反対側へと着地した。

 その直後、地面が炎の柱で覆われ、わしが立っていた場所は土が融けて赤くなり湯気が立ち上った。



「エンカも下から狙うくせはどうにかした方がいいの。威力の高さは認めるがの」


 赤い地面からエンカに視線を移してため息を吐いた。

 どんな一撃でもいつ来るかを念頭に置けば避けることは容易いのだ。


「ふふっお互い様ってところかしらね。それとも……手を抜いてくれてたりする? 家族同然のあたしを殺したくないとか思ってるのかな?」


 憎たらしい笑い声をあげたエンカは跳躍してわしに左前脚を振り下ろした。


 力比べと言わんばかりの攻撃をわしも右前脚で受け止める。互いにぶつかった衝撃が防御魔法を通して伝わって来る。いつもより重い一撃はわしの脚を軽く痺れさせた。


「そう言うエンカはどうなんだ? 今の攻撃なんて虫も潰せんぞ」


 エンカから離れ、次の動きを警戒しながら言った。


 少なくとも前回戦った時よりエンカの攻撃には殺意が増えている。ただ、それは純粋な殺意ではなく、どこか八つ当たりに近いような気がした。


 すると、エンカは押し黙ったように下を向いた。

 さっき言ったことに気に障ったのか、小さくブツブツと言っている。



「何を言っておるんだ? はっきり言わんかーー」

「アルがあたしを置いて行っちゃったのっ! しかもあの無愛想なリーグだけ連れてよ? あたしだって、一緒に旅したかったのにー!」


 珍しく小声なエンカを心配した瞬間、わしの言葉を遮った絶叫が響き渡った。


 この場にいない男に文句を垂れ、近くにいた者に攻撃する。それは紛れもなく八つ当たりだった。



 今日のエンカが攻撃性が高かったのは、主人のアルドベルに長期間の留守番をさせられていたからだったようだ。


「それをわしに当たってどうする……本人に当たれ。帰って来るかは知らんがの」


 その場で地団駄を踏んでいるエンカに再びため息を吐いた。

 まだしばらくはこのエンカを宥めつつ相手をしなければならないと思うと、少し面倒な気分だった。


 アルドベルのことはリジーが追っているので、すでに決着は付いているかもしれない。


 今はどこにいるか分からないが、追う者と追われる者の戦いを想像したわしは、ゆっくりとエンカに向かって行った。

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