第二百三十一話 集中と微笑み
フォレスの攻撃は確実に私の命を刈り取る。仮にどこかに避けても追撃されて終わるはずだった。
しかし、次の瞬間には私はフォレスの手を取ってその体ごと地面に叩きつけていた。
以前、訓練中にリジー姉様に転がされた体術だ。
まるで時間が何倍も引き伸ばされたようだった。その世界で私は不思議とフォレスの攻撃を完璧に対処することができたのだ。
死が目前に迫った極限の状態になると、人の感覚は最大限まで研ぎ澄まされる。そして、普段よりも何倍もの実力を発揮できる、と聞いたことがある。
私の今の状態がそれを指すのかは分からないが、まだ生きていてフォレスに一泡吹かせられたことは間違いない。
そのフォレスは背中から受け身なしで落ちたようで、呻き声を上げて私から遠ざかった。彼の目は最初のやる気のなさはなく、怒りを溜めるように鋭くなっていた。
「このっ、ガキが! 大人しく殺されればいいものを!」
フォレスはそう叫ぶと再び攻撃してきた。前方からは振りかぶった剣と魔法弾、背後にからは魔法弾の気配と転移魔法の兆候が感じられる。
完全に私を閉じ込めてどれか一つでも攻撃を当てるつもりのようだった。
しかし今のフォレスは動きが遅い。全力で走っているように見えるが、その動きは非常にゆっくりだった。
どれだけ格上でも遅ければ意味がない。私に近い順番で攻撃を捌いていけばいいだけだ。
大きく息を吸った私は、転移魔法の攻撃を避ける為フォレスの方に向かった。その流れで魔法弾を二つ、フォレスの弾の射線上に展開して相殺する。
そして魔法弾同士の衝突の隙間を縫い、フォレスへと接近した。
私の行動は予想していたのか、フォレスは既に油断なく剣を構えている。自ら攻撃するより反撃で倒す方を選択したようだった。
さっきの体術を警戒してのことかもしれない。
確かにあの攻撃は反撃を前提とした技だ。敵が攻撃してこなければ、非力な私では押し切れず、返り討ちにあうのは目に見えている。
それでも私は前に進んだ。今は集中力が高まりどうにか戦えているが、長期戦になれば恐らく負ける。短期決戦でフォレスを倒すしかないのだ。
フォレスと目と鼻の先に迫った瞬間、剣をフォレスの左肩目掛けて振り下ろした。左腕に傷を負わせれば、両腕が使えなくなり、フォレスの攻撃手段は格段に減る。
しかし、それを待っていたようにフォレスは私の剣を片腕で受け止めた。鋭い金属音が響く。
「その小柄な体で随分重い攻撃をするんだな。おかげで腕が痺れたよ」
私の全体重をかけた振り下ろしを余裕で受け止めたフォレスは、嫌みたらしく口角を吊り上げて言った。
何が楽しいのか分からないが、彼の目はすでに私を通り越した先を見て笑っている。もう勝った気でいるようだ。
フォレスは今のこの状況を楽しむように、私を押す力を少しずつ強めてきた。
しかし、この状況を望んだのは彼だけじゃない。私の望んだ結果でもある。
次の動作のため深呼吸で整えた私はフォレスを睨みつけて言った。
「貴方が受け止めることは承知の上です。本当の目的は、貴方に触れるためですから!」
フォレスが私の言葉に反応する前に剣を支える力を緩め、フォレスの剣を私の後ろへと流した。
直前まで私を押しつぶそうと圧をかけていたので、彼の上半身が大きく私に傾いて来る。
そこを身を屈めて避け、隙間の空いたフォレスの鳩尾に手を当て、魔法弾を直に打ち込む。その衝撃でフォレスは後方へ吹き飛び、数歩離れた地面に背中から落ちた。
「がああああ!」
腹部を抑えたフォレスが呻き声を上げて転げ回った。
防御魔法に魔力強化を施していても、前かがみで緩んだ腹部に至近距離で打ち込んだのだから当然だ。
ただフォレスの周囲に異様な魔力が漂ったため、追撃には行けなかった。
恐らく近づいたところに剣を転移させて攻撃するつもりだったようだ。私が一歩引いた直後にフォレスの周囲に結界のように黒い短剣が何本も出現した。
今近づいてたら確実に死んでた。これが、戦い。殺し合いなんだ……
そう思った直後、背筋にひやりとした感触が襲ってきた。いつの間にか汗をかいていたようだ。
一瞬でも気を抜けば即座に死が待っている。今もフォレスが攻撃を再開するかもしれない。
「ふっふっ、ははは……二回も続けばまぐれじゃないということか? まさか今この瞬間に覚醒するとは思わなかったよ」
フォレスの出方を伺っていると、彼は不気味に笑った。さっきより強く魔力が練られている。
ただ座っているだけの状態なのに近づけない威圧感があった。
「お前はねっとりといたぶって殺そうと思っていたが、やめだ。お前は……強い。この先の未来で必ず脅威となる存在だ。今ここで、確実に殺しておかなければならん」
そう言うとフォレスはゆっくりと立ち上がり、私にまっすぐ剣を突きつけた。
漆黒の剣はフォレスの魔力を受けてさらに黒くなり、日の光を全て吸収するような黒さだった。本当にその空間に亀裂が入ったように見える。
ただ、その異様な空気の中でも私は心が少し弾んだ気がした。
死ぬかもしれないと思った戦いで、未だにしぶとく生き残り、おまけに敵から賛辞まで貰った。
極限状態のせいで頭がおかしくなったのか、私の口元は勝手に緩み、無意識のうちに口に出していた。
「お褒めに預かり光栄です。ですが、そう簡単に殺されるわけにはいきませんので、倒させてもらいますね」
この人を圧倒して、私は今ここで強くなる。
そう決心し、深呼吸で再び整えた私は、フォレスに笑いかけた。




