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第二百二十二話 再会の父子

 そいつらは地面から湧いて出たように現れた。薄暗い空間に白く不気味に浮き上がって見える。


 数は五十人ほどだろうか。僕らを取り囲むよう配置されていて、服もほとんど来ていない。

 薄汚れた布を腰に巻いただけの裸同然の男たちが各々短剣を手にしていた。


「こいつら、どこから現れた? 入り口は僕の魔法弾で塞いでたから通れないはずなんだけどね」


 まさかリーグが用意した軍勢か? とも思ったが、リーグは周囲に敵意を飛ばすように睨んでいるので違うようだ。

 となると、この墓場を守る連中だろうか。



 そう思って改めて彼らを見回した瞬間、彼らが白すぎることに気づいた。


 薄暗いから白い訳ではない。青く揺れる目以外は髪も肌も全てが白かった。それは僕がいつも見慣れている存在と同じだ。



「まさか、全員屍人か? 誰がこんな場所に?」

「さあな。だが、こいつらは敵であることは間違いない。見ろ、少しずつだが輪が小さくなっている」


 彼らが近づいてこないか注意を払いながら疑問を口にすると、警戒を解いたリーグが僕の横に並んで言った。

 少し前の殺気はなく、いつものリーグに戻っている。



 確かに明らかに敵意を向ける連中がいるならそれを対処する方が優先だろう。

 思わず口元が緩んでしまった僕はリーグに相槌を打った。


「それじゃ、一時休戦だ。まずはこいつらを片付けて、それからどうするか考えようか」


 僕の提案にリーグは無言で頷いた。

 見た所どの屍人も強そうに見えない。剣の構えはほとんど素人同然だった。


 しかし妨害をするならもっと強い奴を配置するはずだけど、こいつらの屍人使いは一体何が狙いだ?

 殆ど動かない屍人たちを観察して思考を巡らせていると、僕の背後にいた屍人から声が飛んで来た。



「ここは主らが来て良い場所ではない。即刻立ち去れ。そうすれば我らから傷つけることはない」


 静かにしかしはっきりと聞こえるハリのある声だった。それはどこか懐かしい響きでずっと昔に聞いたことがある声のように感じた。


 どうしてそう感じたのか不思議だったが、振り返って声の主を確認した瞬間、僕の頭は冷水に浸されたように血の気が引くのを感じた。


 僕の目の前に一人だけ服を着た屍人が立っていた。その屍人はケニス王国の紋章が入った戦闘服に身を包み、見慣れたシワを顔に刻んだ屍人だった。


「ま、さか、貴方は……父上? アルケイドなのか?」


 急に息苦しくなった僕は舌が上手く回らなかった。いつの間にか浅い呼吸になっていて一瞬だけだが目眩も感じた。



 二十年も前のことなので、両親の姿はもう朧げにしか覚えていない。

 だが優しい人達の記憶はそう簡単に忘れられるものではない。覚えのある顔と声があれば思い出すには十分だった。


「……いかにも、私の名はアルケイド・ケニス。お前がなぜ私の名を知っているかは分からないが、私はお前の父親ではないだろう。私の息子はもっと幼いぞ」


 父上はそう言うと僕の姿を上から下まで観察した。

 初めは興味がないような視線だったが、僕と目が合った瞬間、何かに気づいたように目を見開いた。


「お前、まさか……アルなのか……?」


 父上は二十年も前に殺された身だ。僕の姿も二十年前で止まっているので最初は分からないのは当然だ。

 それでも幼少期の面影が残っていたのか、僕がアルドベルだと気付いたようだった。


 彼の問いに僕は無言で頷いた。


 その瞬間、父上は目尻に涙を溜め始めた。

 死んでもう会えないと思っていた息子の成長した姿を前に感動していた。


 その仕草が僕の乾いた心を揺れ動かし、奥底に眠っていた昔の記憶が蘇ってきた。


「父上……」


 父を呼ぶと同時に頬が濡れるのがわかった。十年も前に枯れたはずの涙が一滴一滴頬を伝い落ちた。


 だがそれを止める方法が分からなかった。強く感情が溢れたことも、胸が熱くなったこともこの十年の間一度もなかった。


「アル、立派になったな……」


 父は僕の呼びかけに反応して再び涙を拭った。父上も言葉が詰まって上手く言えないでいた。


 大の大人の男が二人揃って嬉し泣きをするのは側から見れば格好悪いが、今はそれでもよかった。死別した家族と再会できたこの瞬間を目に焼き付ける方で一杯一杯だった。


 今この場で僕ら二人の対話を邪魔する者はいない。僕の横に立つリーグも黙ったまま軽く背中を叩いてくれた。

 僕の今の気持ちを察してくれるリーグはやっぱりいいやつだ。


 それに、僕を取り囲む屍人達もよく見れば皆腕や手で顔を拭っていた。

 彼らも間違いなくケニスの国民なのだろう。

 顔までは分からなかったが、嗚咽まで漏らす姿がそう連想させられた。


 父上を含め、彼らが何故この場所にいるのかは分からない。良からぬことを企む他の連中がいて、僕の国を冒涜していることは確かだった。


 しかし、それも悪いことだけではない。二度と会えないと思っていた家族に会えたのだから。



 それからしばらく、僕らは再会の喜びを分かち合った。



「……そう言えば、父上はどうしてここに?」


 少し落ち着いた僕は未だに涙を拭っている父上に訊ねた。



 感動の再会はもっと堪能したかったが、それ以上に死んだはずの父上を誰が使役しているのか知りたかった。

 僕の大事にな家族の死体を使い、僕の邪魔をさせようとしていることが何より許せない。


 未だに男泣きしていた父上だったが、目を赤く腫らしながらも頷いて言った。


「私は……名前は知らないが老人に操られている。その男は今どこにいるか分からないが、くれぐれも注意してくれ。奴は危険な思想を持っている」

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