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第二百十五話 山の亡霊

 私達が見つけた山の凹みは、空から見ても地上から見ても普通の山の景色と変わらなかった。

 その入り口も自然と茂みに覆われており、近づいて見なければ認識できないほど上手く隠されていた。


 その茂みを二人でかき分けると、人一人分通れる程の薄暗い通路が見えた。

 通路へ地検探知の魔法を送ると、その奥には広い空間と墓石と思われるものが感じられた。



 風が私達を押すように通路へ吹き抜け、そのすぐ後に通路の奥から冷たい風が吹き返してくる。まるで薄暗い入り口が呼吸をしているようだった。


「ひとまず奥へ進みましょう。何もなければまた別の場所を探せばいいだけですし」


 少々不気味な場所だが立ち止っている時間はない。

 白い明かりを灯した私はジークの裾を摘んで奥へと進んだ。怪しい場所もジークがいれば心強いかった。



 しかし、この通路はそんなことを気にしなくてもいいほど作られたものだった。


 この通路は一度掘り起こした後粘土質の土で塗り固めたようだった。極端に滑らかな土壁が私の作った明かりを反射している。


 これを作った人は王都の石碑を作った当時のパウリなのだろうが、この凝り方にはどこか尊敬の念すら感じた。



 それからしばらく通路をたどって行くと、最奥の広い空間へとたどり着いた。


 そこには探知した通り、所々欠けた直方体の石が中央に鎮座している。下の地面からは草や蔦が生え、この石が千年も大昔に作られたものだと物語っていた。



「あれが墓石……なのかな? ジークはどう思う?」


 周囲を魔法で照らし、他に何もないことを確認した私はジークに訊ねた。



「墓石のように見えます。ただ、気になるのは周囲の傷でしょうか」


 墓石を優しく撫でたジークは周囲を見渡せるように光源を設置した。



 周囲には円柱のような石が置かれていたが、そこにはいくつかの傷跡があった。斜めに真っ直ぐ走る白い筋。深く抉ったものもあれば、途中で潰れたように広がっている傷跡もある。



「見たところ武器による、人の手で付けられた傷ですね。それもまだ新しい」


 潰れた傷面をなぞると欠片がポロポロと下に落ちていく。風化によるものではなく、明らかに剣で破壊されたものだった。


「アルドベル達はここに来た……そして理由は不明ですが、二人はここで争った。ということでしょうか」



 ジークは思案するように腕を組んだ。

 彼の言う通りこの場所で争いが起きたのは確かだった。

 しかし、私はまだ違和感を拭えないでいた。



「ねえ、ジーク。この傷のつき方だけど、本当にアル達がつけたものなのでしょうか」


 一番深く抉られた傷を指さした私はジークに問うた。


 墓石に見える複数の傷跡。それらはどれも力任せに剣を振ってつけたものだろう。


 アルドベルとリーグはわたしやジークに匹敵する使い手だ。そんな彼らが戦いの中でこんな不恰好な傷をつけるとは思えない。


 私の説明にジークもふむ、と唸って片膝をついて傷口を覗き込む。


 それからジークは何かに気づいたように、指を石柱から地面へと滑らせていった。



「僅かですが足跡があります。それも複数人、素足が大半を占めているようです」


 ジークに言われるまま下を見ると、湿気を含んだ地面の中に素足の足跡が薄らと残っていた。

 そしてより注意深く観察すると、その足跡達はここの広場一帯に付いていることがわかった。



 ここに足を踏み入れた者を排除する者達でもいるのだろうか……


 そんなことを考え始めた瞬間、私の魔力探知に複数人の魔力反応が返ってきた。

 山の入り口に二人、この広場を囲むように約五十ほどいた。


「リジー様、囲まれています数は……」

「五十ですね。こちらからは仕掛けずに様子を見ましょう。


 ジークの緊張した耳打ちに私も小声で答えた。


 今は相手が何者なのかを見極める必要がある。ジークは無言で頷くと、静かに魔力を整え、いつでも動けるように準備を始めた。


 それを横目に、私はこちらに近づく者達を待った。



 足運びは素人だ。

 地面と皮膚が直接当たる乾いた音が墓地の中を反響する。全員が素足だろうか。



 一人だけ捉え、目的を聞き出すことも考えたが、それは止めた。

 と言うのも、明かりに浮かび上がる彼らが、どう見ても屍人だったからだ。



 彼らの殆どは上半身裸で、薄汚れた腰布を巻くだけの見窄らしい格好をしている。


 上から降り注ぐ光に白髪と白すぎる肌が異様に反射していた。ジークもそれに気付いたようで小さく息を飲む音が聞こえた。



「ここは主らが来て良い場所ではない。即刻立ち去れ。そうすれば我らから傷つけることはない」



 私達が動けないでいると、彼らの中で唯一まともな服を着ている屍人が口を開いた。上質な戦闘服に肩掛けの姿をしており、見るからにここのまとめ役だ。


 口ぶりからして彼らはここの守りをしているのだろうか。


 しかし、慈愛の国としてセレシオンを発展させたクーチェが、人道を無視して屍人を使うとは思えなかった。


 そうなると彼らは別の誰かに使役されていることになる。

 この場所を知っていて屍人魔法が使える人間と言えば一人しかいない。



「貴方、アルドベルに使役される屍人ですね? 彼はどこにいますか?」


 淡々と作業のように告げた。

 しかし、服を来た屍人は驚いたように目を見開いて言った。


「お前、アルのことを知っているのか……? それなら、お前はアルを狙う者なのか?」



 戦闘服の男性は口を震わせながら剣を構えた。恐怖、と言うよりは怒りが表に出ているように見えた。


「それを知ったところで貴方にはどうすることもできないと思います。その剣はどうかしまってください」


 彼と交渉するつもりで言った一言だったが、彼は怒りを露わにして私に噛み付くように言った。



「関係ないはずがなかろう。我が名はアルケイド・ケニス。お前のような娘でも、私の名は知っているだろう?」


 彼の名乗りに一瞬だけ耳を疑った。


 その名は幾度も聞いたことがあった。二十年前、ストルク王国に滅ぼされたケニス王国国王の名前だ。

 そしてアルドベルは当国の王子だ。目の前の彼とアルドベルの関係はそれだけ分かれば明白だった。

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