第二百十四話 深緑の墓地
山肌を魔力でなぞり、その形状を追っていくことは意外と大変な作業だ。常に魔力の先端と自分のいる座標を認知し続けなければならない。
しかもこの深い山の中を面で捉えるため、必要な座標が一度に何十個と発生する。それを連続で休む間も無く処理していく。気の遠くなる作業だった。
丸一日この魔法を使えば、疲れで頭痛がするのではないかと思ってしまう。
しかし、慣れというものは恐ろしいもので、手始めにこの一帯を探知し終えた時には何の苦もなく探知できるようになっていた。
山の中が草木や岩、時折川があるくらいで動くものは野生の動物ぐらいだ。
ある程度の形状を記憶すれば、あとは同じことの繰り返し。地形探知の魔法は人里よりもこういう自然界で使う方がより効果的な方法なのは間違いなかった。
「リジー様、少し休憩しましょう。もうすぐ昼食のお時間になります」
近くで見つけた川の上流を調べたところでジークの囁くような声が聞こえた。
どうやらかなり集中していたらしかった。さっきまで木漏れ日は斜めから差し込んでいたはずだが、今はほぼ真上から降り注いでいる。
お腹をさすると小さく空腹を訴える音が聞こえた。
「すっかり忘れていました。ジークも一緒に食べましょう」
急がなければならないが、食事を抜けばいざと言うときに戦えなくなる。一度魔法を解いた私は腰掛けている木の幹を軽く叩いてジークに座るよう誘った。
ジークは言われるがまま私の横に腰掛けた。
私より身長も足も長いので、彼の膝は私よりずっと前に飛び出している。その膝頭は僅かに木漏れ日を受け、地面から浮き上がって見えた。
「ふふふっ」
何故か分からないが、それが無性に面白くて少し笑ってしまった。
「リジー様? どうなさいました?」
私の突然の笑い声にジークは不思議そうに首を傾げた。その仕草に思わずどきりとしてしまう。
少し頬が赤くなるのを感じた私は、光から顔を遠ざけて言った。
「大したことじゃないの……ただ、こうやってジークと二人でいるのも新鮮だなって思ったの」
苦し紛れの言い訳だったが、ジークは違和感なく受け取ってくれた。彼はほんの少し目を細め、嬉しそうに頷き言った。
「私もずっとリジー様のお側にいれて嬉しく思います。最近は気を張ることも多いですからね。リジー様が柔らかい表情をされるのを見られるだけで私は幸せですよ」
ジークの褒め言葉に顔がさらに熱くなりそうだった。今まで人に褒められても何とも感じなかったのに、昨日に続き今日も心臓が激しく動いた。
リリーやシェリーがジークのことを気に入ったのも何となく分かる気がした。この人はいつも真剣で、恥ずかしい褒め言葉も平気で言えてしまう。
「さ、さあそろそろお昼にしましょう。この後も探索がありますし、急がないと日が暮れます!」
ジークに褒め殺される前に私は意識を昼食に向けた。
さっきの言い訳は自滅だった。他の言い訳をしても同じ結果になったかもしれないが、それ以上考えないようにした。
これ以上踏み込めばジークとの関係も変わってしまう。そんな直感が働いたのかもしれない。
私は揺らいだ心を落ち着けるため、ジークが準備してくれた昼食を無心になって食べていった。
山菜と魚を焼いただけだったが、どれも美味しい。
粗熱の取れた魚は口の中で身が簡単に崩れ、スープの時より違った味わいを見せてくれる。
山菜の方もより甘みが増しているようで一口一口が楽しい気分にしてくれた。
食事を終えて小休止した後、午前の探索結果を共有した私達は再び探索に取り掛かることにした。
その頃には私の心音も落ち着きを取り戻し、昼前よりもずっと集中して探索に取り組めた。
昼からは二人揃って地形認識の魔法で探索を進めていくことになった。
と言うのも、魔力探知自体は地形把握に比べればずっと簡単なのだ。ジークはどの技量なら半日あれば山一つ分の探知は終わる。
そしてアルドベル達の魔力が見つからなかったため、昼からは私と一緒に地形探知を進めてもらうことになったのだ。
初めて使う魔法でもジークは直ぐに覚えてくれ、即戦力となって動いてくれた。
しかしまだ慣れていないところもあるようで、たまにジークの魔力が乱れることもあった。
ただその度に私が補助魔法をかけてあげると、乱れは収まって順調に進んだ。
そうやって私が山の西面を、ジークが東面の探索を進めていく。
草、木、地面、岩、苔だらけの倒木や岩。枯葉の密集する場所や池溜まり、新しい川の流れ、茂みを進む動物達など、それは山の中で見かけるごく自然なもの達はばかりだった。
もしかしたらこの方法では墓地は見つからないのかも知れない。
丸一日かけて山のほとんどを調べた頃、私の脳裏には作戦変更の言葉がチラつき始めていた。
探索を初めてまだ一日も経っていない。もしかしたら取りこぼした情報もあるかもしれない。
しかし、今までの探索に少し不安が出てきた瞬間、私の魔法に不自然な形をした地形が出現した。
山の中腹辺り、西の海岸からは死角になっている場所だ。
そこは山の斜面を垂直に切り取ったような構造で、その上からは木々が蓋をするように根を伸ばしていた。
その中は王城の謁見の間と同等の空間が広がり、石造りの墓らしき物が中央にある。
情報の通り、そこがクーチェの墓である可能性が高い。
「ジーク、見つけました。今すぐ行きましょう」
安堵のため息を吐いた私は隣で頑張っているジークに呼びかけた。
ここからが追跡の始まりだ。
既に日は傾き始めていたが、私達は直ぐに墓地へと移動した。




