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第二百十話 二人の王族

 リジー達が石碑の謎に取り掛かっている間、王城の王室では滅多に顔を合わさない二人が会談を行なっていた。


 一人はセレシオン王国、現国王のクエン・セレシオン。

 彼は二代目の国王から続く王族の家系の人間だ。千年もの間セレシオン王国を導いてきた実質的な王族である。


 そしてもう一人は網館の主人、パーリル・セレシオン。

 普段は本名は明かさずパウリという名で生活しているため、彼が正統な王家の血筋を引くことは知られていない。


 彼は初代国王クーチェの血筋で、本来なら彼が国王になってもおかしくはないのだ。


 と言うのも、パウリはクエンには何度も情報を与えて国の政治を支えてきた。


 彼が国王に就任した時期、国が飢饉に陥りそうになった時や、先日の戦後の立て直しに助力してきた実績がある。



 クエン国王はそんなパウリにはいつも頭が上がらないでいた。


「パウリさん……いや、パーリルさん。今日はどうしてここまで?」


 護衛の人間を退室させたクエン国王は、対面に座るパウリに問いかけた。

 今王室には二人の王族しかいない。クエンは薄ら笑いを浮かべながらクエン国王を見つめ返す。


 しばらく二人の間に沈黙が流れた。

 一人は緊張した面持ちで、一人はこの状況を楽しむようにしている。その様子を側から見ると、どちらが国王か見間違えてしまうだろう。



「そう畏まらなくても何もしませんよ。クエン様は国王なのですから、もっと堂々としていればいいのです」


 クエンがさっきの質問に落ち度はなかったか、と三度目の振り返りを始めた時、パウリは沈黙を破るように言った。


 国王はその優しい語りかけに深く礼をしてほんの少し緊張を解いた。尊敬する相手に緊張するなと言われても難しいだろう。


 その様子を前にパウリの目が細められる。慈愛の篭った彼の目は、どこか親が子を諭すような空気が出ていた。


「今日ここにきたのはあの子、リジーのためですよ」


 クエンを一通り眺めたパウリは、何でもないただの散歩だと言わんばかりの態度で言った。


「彼女の、ため?」


 何か新しい助言に来たのかと思っていたクエン国王は、パウリの意外な答えに素っ頓狂な声を上げた。

 パウリは国王の素の表情に微笑み言った。 


「時代は今はリジーの方に向いています。彼女はいずれ、この世界の闇から皆を救う英雄になるでしょう。来る時に乗り遅れたくありませんからね、そのための先行投資ですよ」


 それは世界中の情報を知ることができるパウリだからこそ見通せるものだ。彼は今この世界で何が起ころうとしているか、大方の予想はついていた。


 しかしパウリはそれを第三者、他の誰にも告げることはない。どの勢力に対しても中立な立場をとること、それが網の主の掟なのだ。



 しかし、とクエン国王はパウリの今回の行動に違和感を感じ取っていた。中立を謳う彼がたった一人の少女に肩入れしたのだ。

 そのことを訊ねると、パウリは目を伏せて言った。


「私とて一人の人間。世界の平和を願っていますからね。世界のバランスを崩さない程度には彼女を補助します」


 パウリは全ての勢力に対し中立な立場を取っているが実態は少し違う。


 彼の基本理念は彼自身が世界を楽しめるのか、彼の大好きな商談が楽しめる世界かどうかだ。


 世が滅べば彼の楽しい交渉ごとができなくなるため、有利な勢力には情報をぼかしたり、不利な方に無償で情報を提供する。それにより、互いの勢力が拮抗するように調整する。



 アルドベルが時たま情報が仕入れられなかったことも彼の気紛れによる。灰が情報を持ちすぎては世界が滅ぶと危惧したパウリの指示だった。


 そして、今回はリジーがアルドベルと同じ場所に行けるよう、彼女に情報を提供したのだ。



 しかし、そんなパウリの思惑など知る由もないクエン国王は彼の答えに困惑するしかなかった。

 ただ、彼が世界の平和のために動いてくれると分かったため、クエンはそれ以上の質問を重ねなかった。


「それにしても、前回お会いした時よりは随分と顔色が良くなりましたね。解放された直後は栄養不足でしたものね」


 再び無言の時間が流れるかと思われた時、パウリは話題を移すように窓の方に視線を向けて言った。

 少ししんみりした、彼には珍しい声色にクエン国王は思わず息を呑んだ。


 昼の日差しが顔に差し込み、パウリの整った顔を照らす。物憂げな美形顔も相まり、国王の胸を騒つかせた。


 彼の仕草一つ取っても自分とは天と地ほどの差がある。セレシオンの国王はやはりパウリが適任なのではないかと思わせた。



「貴方は、なぜ国王になられないのですか? 私なんかよりずっと良い王になるはずです」



 クエンは窓を見続けるパウリに思い切って訊ねた。国民のためならパウリに就任してもらうことも考えたのだ。


 しかし、パウリは何かが面白かったのか、唇を湿らせ静かに笑った。

 透き通るような笑い声はクエンの思考までも止める。美しい笑い声にクエンは見惚れる以外のことができなかった。


「うふふっ、私のような人間が国の主を務められるはずありません。私は裏を知りすぎている人間ですからね。光の世界に住む貴方の方が相応しいでしょう」



 しばらく笑ったパウリはそう言うと、テーブルクロスを魔力操作で折り込み、立体的な城を作り上げた。


 切ってもいない一枚の布からよくもこれだけの物が作れるものだ。

 そうやってクエンが見惚れていると、パウリは悪戯っ子のように彼に手を伸ばして言った。



「この折り城を貴方の城と思ってください。貴方はこの城の主。そして、この中には何百人と貴方に従う人々がいる」


 パウリは光の粒をいくつも作り出し、城の周りに漂わせた。


「ここで問題です。ある日、この城に敵が現れ、城の人間を全員人質にとりました。敵の要求は国王である貴方の命。クエン様、貴方ならどう決断しますか?」


 パウリはそう言うと城を赤い光で包み青い光を消した。

 何かを試している。それを直感したクエンは少し考え、意を決して口を開いた。



「私自ら敵の手中に収まる。そうすれば敵は安心感と満足感でしばらく現状を維持するでしょう。そして、その間に信頼できる者達に敵の情報を集めさせ、城の奪還を目指す」



 実際どう言う状況で、味方の生き残りをも考慮しなければならないが、ここではクエン国王の意思をとうている。

 彼が示した答えは自らも危険に立ち向かい、一人でも多くの民を助けたいというものだ。



 自己犠牲とも取れる回答だったが、クエンの回答に満足して頷いたパウリはゆっくりと立ち上がった。そして、クエンが反応する前には扉の前に移動し、扉の取っ手に手をかけていた。


 去り際に振り返り、呆気に取られているクエンに目を合わせた。



「民の命のためなら自分の犠牲を厭わない。その答えこそ、貴方がセレシオン王国の正当な国王であることの証です。胸を張ってくださいね」


 そう言うとパウリは静かに去って行った。


 彼の滞在期間は僅かな時間だった。しかし、それでもクエン国王は彼から多くの勇気と決意を貰ったようだった。


 パウリとの会談を終えたクエンの心は、窓の外よりもずっと晴れ渡っていた。

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