第二百八話 墓地の先
パウリは網館の主人で屋敷から外に出ることは滅多にない。たまの外出で王城に向かうこともあるらしいが、人目につくことなく目的地へと辿り着く。
いつどこで誰が通るのか、全てを把握しているような行動は不気味さを通り越して尊敬すらできる。
そんなパウリから石碑に関する情報をもらった。それも無償での提供だ。
彼はどの組織にもどんな相手も善悪問わず中立な立場を取る。そして、情報交換という形式で売買すると聞いていたので、彼の行動は意外だった。
私への接待と言っていたが、他の理由もあっただろう。
しかし今はアルドベルを追う方が優先度が高い。
彼の行動の理由は後で考えるとにして、私はアレク将軍を連れて墓地へ直行した。
リズ達には一度シェリー宅に戻って魔法具の修復に専念してもらうことにした。
戦う相手がアルドベルと決まっているのでリズを無理に戦わせる必要はない。
彼女は私について行きたそうにしていたが、これから先の戦いでは足手まといになる。それを知っていたリズは大人しくジーク達と一緒に戻って行った。
「しかし、ストルクの第二王女があそこまで積極的な子になっていたとはね。感慨深い物があるよ」
墓地の入り口を潜ったところで隣を歩くアレク将軍が口を開いた。彼はリズが小さい時から知っているようで、懐かしむように説明してくれた。
アレク将軍がリズと初めて対面したのは彼女が八歳の頃で、ストルク王国軍と合同演習の為に訪れた時だったそうだ。
当時のリズは引っ込み思案の恥ずかしがり屋で、演習に参加するエイン王女の後ろにしがみついているだけだった。
公務の見学として参加していたが、アレク将軍とは一言も交わせずお別れとなった。それどころかアレク将軍の顔を見て怯えたように隠れてしまう始末。
それから毎年演習では顔を合わせるものの、エイン王女の背後から現れることはなかったらしい。
「そこまで引っ込み思案だったなんて、今の快活なリズからは想像もできないくらいですね」
自嘲気味に話すアレク将軍を気の毒に思いつつ相槌を打った。
だがアレク将軍が言ったことは正しい。王城でも最近リズ王女が変わった、と聞いたことがあったからだ。
彼女が変わった理由には思い当たるところがある。変わったと言われる時期と重なるのでたぶん正しい。
恐らく数節前に起きた戦争がきっかけだ。あの戦いでリズは尊敬する兄キンレーンを失った。
兄の凶行に部屋に引き篭もり、一言も言葉を交わせずの別れはショックだったろう。
リズはそれで後悔したくない人生を歩もうと決めた。そしてそれと同時に王族としての生き方を覚悟し、私の元に来たのかも知れない。
当時のことを思い出しつつ語ると、アレク将軍は神妙な面持ちで頷いた。
「なるほど、言われてみれば納得だな。あの事件は本当に痛ましいものだった……」
アレク将軍は戦争のことを思い出したのか、言葉を詰まらせ無言になった。
あれから数節だったとは言え、彼は親友と仲間を失っている。生き残ったアレク将軍が普段通りに見えるのは、セレシオンの騎士としての誇りから来るのかも知れない。
しかし、当事者の私からはかける言葉もないので、彼の呟きには当たり障りのない返事だけ返した。
それから暫く歩くと、前方の方にせきひが見え始めた。フィオ達を助ける際に見たが、墓地の中で一番大きく、幾何学的な形は違和感を感じてしまう。
この場所だけ特別な何かに守られている。そんな気がした。
「さて、この石碑の裏面を探そうか……と言っても裏面なんてどこにもないがね」
石碑の前で立ち止まったアレク将軍は右手で頭を掻きながら言った。
パウリから受け取った情報の意味が飲み込めていないのがわかる。
彼から渡された内容は二つある。
一つはアルドベルの行き先はセレシオンの初代国王の墓で、この石碑は私の読み通りその場所を示す鍵だと言うこと。
もう一つは、その墓の場所はもう一つの石碑に記されていて、目の前の石碑の裏面が入り口だと言うことだ。
そしてクエン陛下の持っていた石版に記された古代語。これが今手元にある全ての情報だった。
「無を掴め、未来の世界が入り口となる……この言葉のどこかにもう一つの石碑に繋がる何かが隠れている、と言うことですね」
真っ黒な円錐の石碑を見回した私は石版の文字を再び読み上げた。
一見何を言っているか分からないが、落ち着いて紐解けばある程度のことは分かった。
この中に隠れている情報は二つだ。
まずはこの石碑のどこかにある無を掴むこと、そしてそれがきっかけで入り口が見つかると言うこと。
無を掴む、未来の世界の二つはどちらも現実には触れないものだ。それはこれらが比喩表現であることを示しており、目に見えないものがこの石碑には存在すると示している。
恐らくそれは、視界に入る場所でありながら、人が触れそうにない場所だ。
「アレクさん、この石碑に触れてもよろしいですか?」
念のため石碑に触れる許可を取る。緊急時ではあるが隣国の歴史物だ。無許可で触れるわけにはいかない。
腕を組んで頭をひねっていた彼は、私の問いかけに目を輝かせて言った。
「それは構わないが、何か分かったのか?」
「ええ、たぶん間違いありません」
アレク将軍の許可が下りた瞬間に浮遊魔法を展開させ、円錐形の頂点へと向かった。
この石碑は大人の男性の身長二人分は軽く超える高さがある。
裏を返せば、そこは人の目には入るが触れられることのない場所だ。そして、この国で重要な石碑であるため、年間で見ても触れようと考える人間は少ない。
更に言えば、そう考えてから実際に実行に移す人間はほとんどいない。理想の隠し場所と言えるだろう。
「ここなら誰も触れようとしませんよね」
石碑と同じ高さまで浮いた私は、日を強く反射する石碑を見て言った。
円錐形の頂点は他の場所と変わりない黒色だった。
しかし、光に照らされたそこには不自然な影が揺らめいていた。透明な何かに光が屈折してできた影に見える。
試しに円錐の頂点の少し上に手を伸ばすと、固い棒のような透明物質が私の手に収まった。




