第二百一話 灰王と謎解き
不測の事態はいつやって来るか分からない。どれだけ気を付けていても予想外のことは突然やって来る。
それはストルク王国でリジーに見つかった時も、セレシオン王国で彼女と再会した時も同じだ。
そして、彼女がこの国にいるなら、ベルボイドやフィオがいても不思議ではない。
ただ三度目の変身をした僕の元に、彼が来ることは予想していなかった。警備の服装をしているから彼はここで僕らを張っていたのだろうか。
「僕達はこの石碑を見にやって来ただけなんだけど、何か不味かったかな?」
実はまだ僕達の正体は知らないのかもしれない。
そんなことを考えながら当たり障りのないことを言った。
この石碑はセレシオンでも有名な物なので物好きな人間なら観光に訪れることもある。
僕の今の姿は細身の男なので、そんな人間を演じれば乗り切れる可能性もあった。
だが僕の期待を裏切るように、ベルボイドは不敵な笑みを見せて静かに首を振った。
「誤魔化す必要はない。お前とその横にいるあんた。アルドベルとリーグだろう? 今この場所に来る人間はあんたらくらいだからな」
ベルボイドがそう言われ、周囲を観察するとさっきまで墓地を歩いていた人が一人もいなくなっていた。
「今この国はお前を警戒した態勢で動いていな。目立った変化はないが、住民達は国の指示にしたがって避難する。この墓地だと速やかに離れるという決まりだ」
勝ち誇ったように笑ったベルボイドは、少し離れた墓地の入り口を指差した。その少し上にいつの間に点灯したのか、青い魔法弾が浮かんでいる。
「この王都の住民ならあれが避難の合図ってのは周知の事実だ。それに気付かないあんたらは余所者の証」
僕が無言でいるとベルボイドは続けて説明した。
つまり僕はこの国の仕組みに炙り出された人間ということになる。誰が考えたかは分からないが良く練られたいい策だ。
「だけど、それだけで僕がアルドベルだって断言はできないよね。どうして分かったんだい?」
未だに余裕の態度でいるベルボイドに警戒しながら訊ねた。
普通に戦えば彼一人なら瞬殺できるのは互いに知っている。それでもこの男が引かないのは後ろに僕を押さえられるリジーがいるからだろう。
僕の問いかけに、ベルボイドは贈り物でも受け取った時のように笑顔になって言った。
「簡単に言えばお前が網を利用した日と目的地をリジーの指示で買ったからだよ。お前はリジーの用意した囮に食いつき、俺達の接近に気づけなかったんだ」
彼の説明を聞いた瞬間大体のことが理解できた。
リジーとの戦いは網の館に行った時からすでに始まっていたということだ。そして僕はまんまと彼女の策に引っかかり、ここにおびき寄せられたということになる。
僕の目的地が分かっているならその場所で網を張り、獲物がかかるのを待つだけでいい。それにリジーは僕が変身することも気付いてるようだし、そう弁えていれば見落とすこともない。
僕は最初の情報戦で負けたようだった。館でのパウリとの交渉が思い出される。
リジーがどこまで作戦を練っていたかは分からないが、結果として僕は追い詰められているのだから変わりない。
「なるほどね、あの絵はそう言う意味だったのか……君らにはしてやられたよ」
素直に負けを認めた僕は頭を掻きながらどうしたらいいか考えを巡らせた。
恐らくここは既にリジーの縄張りだ。早いこと逃げないと彼女ががやって来る。
もしそうなった場合、戦力で劣る僕達の負けは確実だ。
「リジーには既に情報を渡した。ここで俺を殺しても、お前は追ってきたリジーに殺される。悪いが時間稼ぎをさせてもらうぞ」
ベルボイドは眼光を一際鋭くすると、背中に背負っていた剣を引き抜く。
するとそれを合図にしたように頭上から女が一人降ってきた。
黒い戦闘服に身を包み、肩まで伸びた髪を後ろで一つに括っている。
音も出さずにしなやかに着地したフィオは、ベルボイドの隣に並ぶと同じように僕に剣を向けた。
「久しぶりだね。まさか君まで生きているとは思わなかったよ」
「アルドベル……サーシャの仇、ここで討たせて貰うわ!」
僕の陽気な挨拶も聞く耳はないようだ。真っ直ぐ睨む彼女の目は僕を八つ裂きにしそうなくらいだった。
あの目は死を覚悟した戦士の目だ。勝てないと初めから分かっているから道連れにするつもりだろう。
さて、役者が揃う前に逃げないといけないな。
「リーグ、二人を殺せ。リジーが来る前に謎を解いてここから離脱するぞ」
一瞬で考えをまとめた僕はリーグに命令した。
手ぶらで逃げればここまでの苦労が水の泡だ。クーチェへの手がかりを手に入れなければ意味がないのだ。
「ああ、分かっている。そんな謎、さっさと解いてしまえ」
リーグは僕の命令に頷いて返事をすると、臨戦態勢に入ったベルボイドへとフィオに向かって行った。
これで少しは邪魔されない……いつもより冷静に、迅速に頭を働かせろ!
白王の大きな背中を見届けた僕は石碑の方に向き直った。
彼らの戦闘は見届けたかったが時間が惜しい。
背後で既に激化しつつある戦闘音を聞きながら僕は石碑に触れた。
冷たい石の感触が伝わってくる。触れた限りこの石は魔法具ではない。
この石碑が魔法具であれば、それを起動させると答えが見つかるとも思ったのだが違うようだ。
それなら、あのヒントの言葉通り無を掴む必要があるのかもしれない。
「無を掴む、未来の世界が裏の入り口……無は何もない物、空虚……いっそのこと空を掴んでみるか?」
僕は言葉の連想で思いついた事を実践することにした。
とりあえず石碑の先端でも掴んでみるか。
そう思い、僕の背丈の二倍はある円錐の先に手を伸ばした。実際に掴むことはできないが、握り拳を作って先端に重ねれば掴んでいるように見える。
しかしそれで何か起きる訳でもない。ただ手を伸ばしているだけなのだから当然だろう。
次の試行に移ろうと手を下ろしたその時、石碑が変に光ったような気がした。
僕の手が遮断していた光が一瞬だけ透過したように見えたのだ。
先端に何か仕掛けがあるのか?
それともただの見間違いか?
逸る気持ちを抑えた僕は、石碑の先端に触れるべく浮遊魔法で宙に浮いた。
見た目は何の変哲も無く、他の部分と変わらない石だ。
しかし、その先端に触れた瞬間、一瞬にしてヒントの意味が理解できた。
この石碑の先端の少し上、そこには目には見えないが確かに物質があった。触れた感じでは長さは僕の腕くらいで、円錐の頂点から真っ直ぐ上に伸びている。
そして、掴んでいる僕の手から光が漏れていた。
無を掴むとはつまり、この透明な石碑を掴めという意味なのだ。
これがどう言う理屈で作られている物なのか分からない。だが今は謎解きが進められるので無視できる内容だった。
難解なヒントだと思ったが、一度気がつけばそこから先は容易だ。
バラバラに散らばった思考が元どおりになり僕の思考を加速させる。
同じ発想で行けば、未来とは今から先の世界と言う意味だ。僕が掴んでいる無の先が未来なのだとすれば、裏面は石碑の上空のどこかと言うことになる。
「分かったぞ! そう言うことだったのか!」
次の行き先が手に入ればここにはもう用はない。
早速移動しよう。
行き先が決まった僕は、転移魔法の準備をしながらリーグを回収しに戻ることにした。




