第二百話 石碑の謎
パウリから買った情報はどれも信頼のおけるものばかりだ。
それはパウリが情報屋としての矜持を高く持っているからなのだろう。正確無比な情報は文字通り汚れひとつない高級品を買うのと同じことだった。
リーグの遺骨収集も、実は経路と手順を彼から買って実行したのだ。しかも渡された情報に寸分の狂いもなく、その通りに実行するだけで完遂できるという完璧さだ。
今回仕入れた情報も完璧な物なのは間違いない。
僕とリーグはパウリから情報を受け取って三日後の今日、王都墓地の石碑に向かっていた。
すぐ行動してもよかったが、三日と経っているのには理由がある。
一つはリジーがこの国に滞在しているので、鉢合わせを警戒して即日動くことは控えたかった。
彼女がこの国に来た理由はシェス・ルードベルの足取りを追うためだ。
偶然かどうかは分からないが、シェスはこの国を経由して僕の拠点まで転移して来ている。
黒石の転移魔法具をリジーが辿って来ている場合、同じ魔法具を持っている僕たちは偶然見つかってしまう可能性もあった。
それを回避するための策を、王都の外まで出て用意したのでそれも時間のかかる要因になっていた。
しかし僕が安心して王都を移動するには必要なことだったので仕方ない。
そしてもう一つの理由は、パウリから与えられた情報の解読に手間取ったことだ。
機密性の高い情報は魔法で封入されているのは勿論のこと、文章が全て古代語で書かれていたのだ。
古代語なんてほとんど読めない僕とリーグは、古代語に関する書物を集め、知恵を出し合って解読するしかなかった。
普段から読み物や調査をしない僕らにとって、古代語の解読は苦痛以外の何者でもない。
昨夜の解読を終えた後の達成感は、ここ最近では一番気持ちの良いものだったくらいだった。
しかし実際に解読した内容は普通に読むだけではヒントになっていない曖昧な内容だった。
そのため、後のことは現地で確認しようということになり、一晩ぐっすり寝た僕等は石碑へと足を運んだのだった。
「しっかし、情報の通りだけど、石碑の警備は結構雑だね。見落とす穴が多いから入りたい放題だよ」
墓地の入り口でのんびりしている警備の人間を見ながら言った。
「彼らの仕事はここにいることだからな。雑と感じるのも当然だ」
僕の小言にリーグは頷いて言った。
警備と言っても墓地の出入りを禁止している訳でもないし、僕は今は変身中なので止められることもない。
と言うよりも、止めるということ自体おかしな話でもある。
王都クーチの墓地は、天教会の元本殿だった場所よりさらに南地区に広がっている。
港町と王都のちょうど中間の場所に位置する。
雲ひとつない空からは陽の光が強いくらいに照りつけてくる。墓地はだだ広い平原と同じなので遮るものがないとただ暑い場所だ。
歩くたびに体から水分が奪われるような感覚になる。すれ違う人達も暑そうに額を光らせていた。
「暑い……このままここにいたら干物になっちゃうよ。リーグ、早い事済ませて宿に戻ろうか」
リーグに口早に言った僕は彼の返事を待たずに歩く足を早めた。彼も暑いことには同意しているのか何も言わずに僕の歩くペースに合わせる。
そのまましばらく歩いていると、墓地の中心地と思しき場所に人二人くらいの高さのある大きな黒い石が見えて来た。
円錐形の形をしたそれは、陽の光を吸収するほど真っ黒だ。この墓地の中で一際異彩を放っている。
「これが表の石碑か? 本物の石碑に行くにはこの謎を解かねばならんのか……」
石碑の前にたどり着くと、リーグは怠そうに周囲を見回して言った。
パウリの情報によると、僕が求める鍵は目の前に見える石碑には記されておらず、どこか別の場所にある石碑に記されているらしい。
そしてその石碑の場所は、目に見える石碑の裏面に記されていると言う。
だが見ての通りこの石碑は綺麗な円錐形で、裏面というものが存在しない。
そこには謎があって、この石碑の裏面を見ることができれば自ずと入り口が見つかるということだった。
そして、それを解くヒントは「無を掴め、未来の世界が入り口となる」と言う古代語の一文だけで、それ以上の情報は存在しない。
苦笑いしながら情報を差し出していたパウリの顔が思い出される。たぶん彼はこの内容を知っていて、僕らが苦労することも目に見えていたのだろう。
あれはそう言うことだったのか、とパウリの方に紙束を放り込みたくなった。
無を掴む? 未来の世界が入り口?
やっぱり分からないな。何を言ってるんだこのヒントは……
「ほんと、君の時代の人達ってすごいよね。実際見てもヒントがヒントになってないよ……」
頭を掻きながらリーグに愚痴を言った。それで謎が解決できることもないのでただの八つ当たりだ。
「そうだな。最もこの石碑は俺が死んでからできたものだからな。誰がこれを作ったのかは検討もつかん」
しかしリーグも僕と同じ気持ちのようで、天を仰いだままぼやくように言った。
途方に暮れるとはまさにこう言うことだろう。
僕とリーグは互いに無言のまま石碑で立ち尽くしてしまった。
だがじっくりと謎を解く暇はなさそうだった。
「おい、あんたらそこで何してる?」
じっくり考えようと円錐の石碑の観察を始めてすぐに、僕らに声をかける人物が現れた。
警備の服を着ているので入り口に立っていた奴だ。
しかしその顔はさっき見たのんびりな人間じゃない。
僕もよく知っている顎髭が生えたベルボイドが目の前に立っていた。




