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第二十話 少女の理念

 いつの間にか審判のような立ち位置でキンレーン殿下が勝敗を宣言した。見物していた貴族たちはどよめきながらも賞賛の拍手を送っていた。


 ……いつの間に野試合に設定されたのやら。


 平民が貴族に楯突いたことに変わりはないが、決闘ではなく試合としてしまえば後のいざこざも薄れる。それを見越して魔法剣士の試合として処理したのだろう。


「殿下、お気遣いありがとうございます」


 彼の機転の速さに驚いたが、配慮してくれたことに感謝した。


 殿下は「気にするな」と言い、見物人達に撤収を言い渡した。そろそろ移動を再開するようだ。


 貴族達は面白いものを見れた、と興奮顔で話しながら各々の馬車へと戻っていった。


 その姿は普通の観客と変わらないように見えた。ジルのように少々過激な貴族もいるが、そうでない人の方が多い印象だった。



 アセット達も動けるようになっていたのか、仲間たちに抱えられながら離れているところだった。


 横を見ると、ジルは殿下に助け起こされていた。まだ膝が笑っているようで、半ば引き摺られる形で連れて行かれた。



「リジー、その……お怪我はありませんの?」


 背後で声がしたので振り向くとシェリーが心配そうな顔で立っていた。手を胸の前で握りしめ、震えていた。


「私はこの通り無事です。それより、シェリーの方こそ大丈夫ですか?」


「お、お兄様が家宝の剣を人に向けて、それも、向けた相手がリジーだったし、貴女が怪我でもしたらどうしようって、それで怖くなって……」


 今にも泣き出しそうな彼女はしどろもどろに説明してくれた。


 彼女自身、真剣を使った戦いを見たことはないらしい。初めて見る真剣勝負に恐怖しか感じなかったのだ。


 そして、私が怪我するかもしれないことに心を痛めてくれていた。倒れた兄のところに行かず、まっすぐ私のところに来たのがその証拠だった。



「私たちもそろそろ馬車に戻りましょう」


 他にかける言葉もあったが、それは彼女が自分で解決していくことだ。私はシェリーの手をとって馬車に向かって歩き出した。シェリーは抵抗することなく歩き出した。


「あの、私は……その、馬車に乗ってもよろしいんですの? 私は、あの人の妹なんですのよ?」とシェリーはおずおずと訪ねてきた。


 引け目を感じてのことだろう。

 横目で確認すると、シェリーの目には怯えの色が映っていた。


 確かにシェリーのお兄さん達に思うところはあるが、彼女は良い意味で貴族らしくないところに好感が持てた。


 私自身、こういう気持ちになるのは久しぶりだった。多分、メリル達がいた時と同じ気持ちなんだろう。


 そう思うと、忘れかけていたものを見つけたような気がして心が暖まった気がした。


「どうしてですか? 私を攻撃したのは貴女のお兄さん達です。シェリーじゃありません。同じ親を持っているからって避けたりしません。シェリーはシェリーですよ」


 思ったままのことを言った。シェリーを、他の誰でもないシェリーとして見ていると伝えたかったからだ。

 想いは伝わったのか、繋いでいたシェリーの手が一瞬強く握られた。


「……どうしてそんなに真っ直ぐ見てられるんですの?」



 彼女の質問に私は足を止めた。

 そこまで深く考えたこともなかった……。でも、私が手を差し伸べる理由はすぐに分かった。


「私を絶望から救ってくれた人は、無条件で愛をくれました。私の憧れの人です。その人からは、人を人として見る大切さを教わりました」


 孤児院にいた頃のストニアとの思い出を振り返りつつ、一言一言丁寧に伝えた。


「それに、シェリーは私の数少ない友人ですから、見捨てたりしませんよ」


 私はまた歩き始めた。

 王都では何人かの付き合いはある。しかし、同年代で友と呼べる人はいない。既に死んでしまったからだ。


 シェリーとは今日会ったばかりで、私が気まぐれで馬車に乗せたに過ぎない。それでも、この短時間で私は彼女の人柄が好きになっていたのだ。


「今まで私のことを真っ直ぐ見てくれる人なんて居なかったのに……貴女は違うのですね」


 シェリーの上気した息遣いが聞こえた。

 彼女は親から期待されていないと言っていた。貴族の場合、そういう子は別の扱いを受ける。女児の場合は政略上の道具として、別の貴族に嫁がされることになるのだ。


 私にも辛い経験はあった、だけど、シェリーも辛い思いをしているのは同じだ。


 親の愛を受けられず、認めてもらおうと努力しても誰も見てくれなかった。それでも、シェリーは貴族に生まれたプライドを捨てず、一人で戦ってきたのだ。


 だから、シェリー自身は真っ直ぐ見られることに慣れていないのだろう。振り返って見ると、シェリーの顔は熟れた果実のように真っ赤になっていた。



「な、なんですの? 人の顔を覗き込んで、何もついてませんわよ?」


 赤くなっているのが分かっているのか、首をブンブン振りながらはぐらかしていた。


 ただ、さっきまでの怯えた表情は嘘みたいになくなっていた。それだけで、彼女とは打ち解けられた、そんな気がした。


「さっきのしおらしい感じのシェリーも良かったですよ?」


 

 付き合いはまだ半日しか経っていない。それでも、せっかく巡り会えたのだから大切にしていきたい。私はシェリーの反応を待たずに馬車に向かった。



「なっ! さ、さっきのは無しですわ! あっ、ちょっと、まだ話は終わってませんわよー!!」



 完全に調子を取り戻したシェリーの叫びは虚しく空に消えていった。

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