第二話 少女の涙
陽の光が顔に差し込んできた。うっすら目を開けると、見知らぬ天井が目に入ってきた。
ここはどこだろう?
それに、さっきまで酷い夢を見ていた気がする。母が殺され、わたしが父を殺す夢だ。
起き上がって周囲を見渡そうとすると、不意に横から声をかけられた。
「あっ! 目が覚めた!」
声の方に顔を向けようとしたら、栗色の髪をした少女が心配そうに覗き込んできた。年はわたしと同じくらいか少し上と感じさせる顔立ちをしていた。
とにかく起き上がろうと思ったが、体が鉛のように重くて起き上がらなかった。
「ここはどこ?」
動けなかったので首だけ動かし、栗色の子に聞いてみた。
「ここは病院だよ。あなたはもう何日もここで眠ったままだったの。あ、あたしはメリルって言うの。あなたは?」
ぼやけた頭に一度に情報が入ってきたが何とか内容は理解できた。
「わたしはリジー」
話す元気もないので言葉少なめに返した。メリルはそれでも返事が来たことが嬉しかったのか、「リジーかー、いい名前だねー」、と褒めながら話を続けていた。
「でもよかった! 最初、リジーが運ばれてきた時は血まみれだったし、ストニアさんがもう目が覚めないかもとか言ってたから、みんな心配してたんだよ?」
「ストニアさん? みんな?」
とっさのことでオウム返しに質問した。
……それに、血まみれ?
胸の奥がチリッと痛む感じがした。橙色の悍ましい光景が脳裏をかすめる。
「ストニアさんは隣の孤児院を運営してくれてる人で、ここの病院の先生なんだよ。で、みんなっていうのは孤児院にいる子供たちのことだよ」
それからね、と続けて話そうとして、メリルは思い出したように慌て出した。
「あっ! そうだ、ストニアさんを呼んでこないと! すぐ戻るからそのまま横になっててね!!」
そう言い残すと、パタパタとかけていってしまった。あっという間だったので、呆気に取られているうちに音も聞こえなくなった。
静かになったところで入り口から目を離し、部屋の中を観察した。
白で統一された壁は清潔感があり、どことなく落ち着く感じがした。部屋は1人分の広さで他の人はいないみたい。
……血まみれ。
ふとした言葉でさっきまで見てた夢のことが脳裏に蘇ってきてしまう。
「違う、あれは夢。夢……」
わたしは首を必死に振って赤い悪魔を振り解いた。
あれが現実なわけがない、父も母もきっとどこかにいるはず。
気持ちを切り替えようと、無理をして上体を起こしにかかる。家の手伝いで重い家具を動かした時より苦労した。
やっと上体を起こし終えたところで再びパタパタと音が聞こえてきた。足音は2人分聞こえる。多分、メリルとストニアと言う人だ。話し声も聞こえてきた。
「本当にあの子の目が覚めたの?」
「ほんとだよ! 意識もあるし、ちゃんと受け答えもできてたよ!」
女性の声とメリルの声がはっきり聞こえたあたりで2人が部屋の中に入ってきた。
「ほら! ってあれ? もう起き上がってるの?」
メリルが駆け寄ってきて、「まだ寝てないとダメだよ?」と言いながら、強引に横に寝かされてしまった。
介抱されている間に女性が徐に近づいてきた。
母よりだいぶ年上だが、どことなく雰囲気が似ていてとても優しそうな感じがする。
「目が覚めたのね? 気分はどうかしら?」
優しく話しかけられてさっきまで感じていた胸の痛みが和らぐ感じがした。
「……あまりよくないです。体が怠くて動かせません」
本当は大丈夫と答えたかったが、正直に答えることにした。女性は静かにうなずいた。
「無理して起きてはダメよ。貴女の体は目には見えないけど傷だらけなんだから。」
そう言うとそのままわたしの状態を診察し始めた。さっきの夢から意識を切り離したかったので、自分が何故眠ったままだったのか聞くことにした。
「わたしが眠ったままだったのは、魔力の暴走が原因なんですか? えっと、ストニアさん?」
ストニアさんは一瞬驚いたようだが、すぐに柔かい表情に戻った。手に取った腕を観察しながら会話を続けてくれた。
「よく私の名前が分かったわね。メリルから聞いていたのかしら?」
わたしは相槌を打ちながらストニアさんが続きを話すのを待った。
「そうね、貴女が昏睡していた原因の一つに魔力暴走が関係しているわね。でもまだもう一つ原因があるんだけど分かるかしら?」
ストニアさんは何かを確認するようにわたしに尋ねてきた。
魔力暴走が本当に起きたと言うなら、あの夢の中の通りであれば……。
わたしはあの夢で思い当たることがあった。
あの宝石のような魔法具だ。あれが壊れた後、魔力が溢れて暴走しかけたんだった。確かその魔力は取り込んだはず……。
「もう一つは、わたしが他人の魔力を大量に吸収して、体に拒絶反応が起きたから?」
人は一人一人固有の魔力が存在する。当然、それぞれ魔力の特徴が違ってくるので、別の人の魔力を取り込むことはできない。
取り込もうとしたら一旦自分の魔力へと変換してからでないと吸収できない。母から教わったことを思い出した。
あの場では魔力が暴走する前に急ぐ必要があったので、魔力の変換を省略して吸収したはず。
自分のとは違う魔力が大量に入ってきて、体が順応できずに眠ってしまったのだろうか。
メリルはよく分かっていないようでキョトンとしていたが、ストニアはもう一度驚いた表情を見せた。
「すごいわね、正解よ。あなたの魔核が拒否反応を起こしたことが原因よ。少量の魔力を取り込んだだけだったらあそこまでの反応はないんだけどね。ただね、貴女は普段ではありえない量の魔力を取り込んだのよ。だから体が慣れるまでに何日もかかったの」
ストニアの後半の話はほとんど耳に入ってこなかった。自分の考えが肯定されたことで、もう一つの考えたくない真実にたどり着いたような感覚になっていた。
あれは夢じゃなく現実? それじゃあ父と母は……。
「死んだの?」
誰がとは言えず、ポツリと呟いた。
夢だったらこんな場所で寝てるはずがない。ストニアの表情が陰って口を固く結ぶのが見えた。さっきの言葉も肯定されているようで嫌だった。
「もう少し落ち着いてから説明しようと思っていたのだけれど……貴女の考えている通り、ご両親は亡くなられたわ。葬儀はもう終わっているわ。一節前に起きたことだからね……」
彼女の言葉にずっしり何かがのしかかる感覚に襲われた。それに、一節も前だから40日は寝てたことになる。何もできなかったことへの罪悪感がのし掛かってくる。
「メリル、ここは大丈夫だから、一階に行って食事の準備をしてもらえるかしら?」
気を使ってかメリルに依頼をし退室を促した。メリルは心配そうにストニアを見つめるも、諦めたように出て行った。
今度は足音はなく静かに歩いて行った。
部屋の中はわたしとストニアだけになった。お互い話すことなくしばらく静かに時が過ぎていった。いつの間にか、わたしの左手を手に取り両手で優しく包み込んでくれていた。
「辛かったよね。それに貴女はよく頑張ったわ。あれだけの量の魔力を暴走させずに抑えたんだもの」
優しい言葉に胸が締め付けられる。それでも、わたしは一度暴走して父を……。
「でも、わたしがお父さんを死なせて、しまった、んです」
最後の方は嗚咽混じりだった。
それでもすがるように訴えることしかできない。わたしが子どもで未熟だから暴走したんでしょ?
わたしが早く帰ってればお母さんも死なずに済んだかもしれない……。
気がついたらわたしはストニアさんに抱き起こされていた。抵抗せずに体を預ける。心地い温もりが伝わってきた。
「貴女のせいじゃないわ。だから、自分を責めないで。貴女は十分辛い思いをしたんだから」
溢れてくるものが止められない。頭の中がぐちゃぐちゃになって、全部吐き出していった。
それでもストニアさんはずっと抱きしめていてくれた。だから、安心して泣き続けた。
そのまま泣き疲れて寝てしまったらしく、次に目が覚めた時には翌日になっていた。