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第百九十六話 網の館

 情報屋。それは求められた情報に対して対価を要求し、それが十分なものであれば嘘偽りなく渡す。その逆もまた然り。


 彼らは一般の人間が知り得ない情報を金や同じ情報で売り買いする印象が強い。



 それは殆ど正解で数年前までの僕の認識だった。


 だがメウラを仲間に迎えてからはその認識が大きく変わった。



 彼らは確かに求められらば必要な情報を渡すが、時には誤魔化して曖昧にすることがある。

 不思議なことにそういう時はどこの情報屋に当たっても同じ結果が返ってくる。


 それは彼らが一つの組織のように、目に見えない誰かの意思が反映されるように連動していく。


 これが世界に張られた「網」と言う情報屋の集まりだ。どこか一点に物が落ちた時、網が振動で波打つように情報屋の網も揺れ動く。


 統率の取れた軍隊のように一意の動きを見せる。

 普段は自由気ままに動く彼らが一つの方向に動く光景はある種不気味である。



 さらに言うとその動きは、まとめ役のメウラでも制御ができないらしい。


 殆ど寝てばかりの彼女だが、実は僕がいない場所ではかなり活動している。リジーの開発した伝搬魔法が普及した今、離れた土地から指令を送ることがある程度は可能になっているためだ。


 もっとも金持ちでないと手が出せない高度な魔法なので、一般人が使えるのはもっと後になってからだろうが。


 そのメウラは時折り通信具を使用して彼らに指示を与えていくのだが、網自体は彼女所有の組織ではない。この国の屋敷の主人が取り仕切っているのだ。


 そのため、館の主人とメウラの意向が異なれば、彼女の指示が反映されないことが多々発生する。



 今回の情報もかなり凝った内容なので、僕に情報が渡るかは運次第。前回ここに来た時もきちんと情報は買えたので、手に入れる自信はあったがそれでも緊張するものだ。



 早めの夕食を食べた僕はリーグを連れて夜のセレシオンへと繰り出した。宿の人は僕らが娼館に行くと思っているのか、この時間の外出に特に反応を示さなかったのは想定内だ。



「しかしいつも思うが、その楽器を持って移動する意味はあるのか?」



 薄暗くなった城下町を黙々と歩いていると、リーグの単調な質問が飛んできた。

 人通りも少ないので彼の小声でも響いて聞こえる。


「前にも言ったけど、これは大事な母の形見だよ。大体の外出は持っていくと決めてるんだ」


 周囲に人がいないことを確認した僕はリーグに耳打ちした。



 まあ昼間は逆に持って行かなくて助かったので、今後は持ち出しを控えてもいいかもしれない。

 特に今のセレシオンにはリジーもいるから尚更だ。



 彼女は唯でさえ変身した僕に気づいたのだから、この形見を背負っていたら次こそは正体を見破るだろう。



「まあ、この話は置いといて。それより着いたよ。ここが今日入る場所さ」


 僕は不思議がるリーグとの話を切り上げて目の前に現れた大きな屋敷を指差した。


 黒を基調とした屋敷は壁に窓すらなく、夜の街に溶け込むようにおぼろげに揺らいでいる。

 正面に見える唯一の入り口には、金に縁取られた豪華な戸が施され、周囲に灯された光を反射していた。


 初見で見れば怪しさしか感じない。そんな大きな屋敷が小さな区画を占拠していた。



「着いた? ……ここはただの更地だぞ?」


 リーグが珍しく口を詰まらせながら言った。


 そう言えば彼はまだ登録していなかったな。

 リーグがここに来るのは初めてなので見えないのは仕方ない。ここはそう言う場所なのだ。


 腰袋から魔法具を取り出した僕はそれをリーグの背中に当てた。


「今から見えるようにするからちょっと待ってね……よし、君の魔力も登録したからこれで見えてるはずだけど、どうだい?」


 僕がリーグに当てた魔法具は魔力を記憶する魔法具だ。


 この屋敷は、記録された魔力の持ち主にしか見えないよう、認識を阻害する魔法がかけられている。



 こんな高度な魔法をどこから仕入れたのかは分からないが、そこは情報屋と言うことで片付けてしまえばいい。


「驚いたな。今の時代にはこんなことも可能になっているのか……」


 僕の説明を聞いたリーグは心底驚いたように感嘆の息を漏らした。


 この男も新しい魔法が大好きなのだ。より高度な魔法を知って子どものように楽しむ。僕と反りが合う訳だ。


「僕も初めて来た時は驚いたよ。何せこの屋敷の阻害魔法は百年前からかけられているらしいからね。屋敷の魔法陣を見てみたいものだよ」


「それはいくら灰王であっても叶わないことですよ」


 リーグにため息混じりに言った瞬間、僕を否定する声が突然背後から現れた。



 だが前回も同じような現れ方だったので流石の僕も驚かない。

 後ろを振り向くと厚手の服を着た若い男が立っていた。


 肩まで伸びた艶やかな髪を後ろで括っている。目元も綺麗に整えられた小顔は一見すると女性とも見紛う。


「誰だ」


 しかしここに初めて来たリーグは警戒心を全開にして背後の人物に呼びかけた。



 当然と言えば当然の反応だが、予め言っていなかった僕の責任でもある。彼の機嫌を損ねないように僕はリーグを片手で制した。


「リーグ、この人は情報屋のパウリさんだよ。この屋敷の主人でもあるから手荒な真似はしないでね」


「そうですよ。でないと貴方の欲しい情報は二度と手に入りません。ここではね、私達が絶対なのですから」


 僕の注意に同意したパウリは大きく頷いて言った。



 彼の口調はねっとりと僕に絡みつくようで薄気味悪い。力はなくても僕が歯向かえないような雰囲気を醸し出す。

 まるで牙を持たない獣に心臓を鷲掴みにされるような気分だ。



「さてと、貴方たちがここに着た理由は大体察しがつきます。ここではお身体も冷えますので、一先ず屋敷にご案内致しましょう。そこでゆっくりとお伺いしますね」


 怪しく白い歯を見せたパウリは、服の衣摺れも立てないしなやかな動きで屋敷へと歩いて行った。


「僕らも行こうか。くれぐれも中の物は極力触らないでくれよ? 下手すると僕が追い剥ぎに遭う」


 パウリの気持ち悪さを振り払った僕は、隣で目を細めているリーグの背中を押した。

 彼との接触はうまく行ったので、後は大事な交渉だ。


 パウリとの舌戦を覚悟した僕はゆっくりと足を屋敷に向けた。

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